第二章 奴隷が生産チートで自重しない ⑩

 けれどアレンは私とノエルをねぎらうように何でも好きなものを買うと、全身汗まみれでそう言ってくれた。奴隷である私たちに。本来骨の髄までしゃぶりつくして搾取する存在に。

 だから私は彼の悲願──飢饉をなくすために必要な人材を奴隷商から買うことにした。



【アレン】


 ハーレム。

 それは男ならば誰しもが憧れる楽園シャングリラ。俺の性別はオス。一匹のお猿さんだ。当然興味関心は尽きない。

 いつか俺も──なんて夢見たことがないと言えば噓になる。

 でも……、


「エリーです」

「ティナです」

「レイです」


 ……美人エルフが次々と自己紹介し、頭を下げてくる。二十五人目が、


「アウラと申します。よろしくお願いしますわねご主人様」と優雅な礼をする。

 いや、展開早すぎィ! 人数多すぎィ!

 なんじゃこりゃぁぁぁぁ!

 所狭しと並ぶ美人エルフたち。食っちゃ寝リバーシ修道院にようこそ! とでも言えばいいのだろうか!?

 というか、彼女たちの生活の保証ってご主人様である俺が負うのよね? 責任重大過ぎんぞ!

 なにやってくれとんじゃワレ!

 クワッと両目を見開き、顎をしゃくる──元凶であるシルフィに視線を向けると、


「ふふっ」


 美人過ぎィ! お美し過ぎて微笑を浮かべただけで背景にお花咲いてんぞ!

 いや、だまされるなアレン。これでようやくシルフィの正体が判明しただろう!?

 色仕掛けのスペシャリスト、美人局つつもたせだ! 俺の女に甘い性格に付け込みやがって……キミには失望した!

 ぐぬぬ……しかできない俺をよそにもうひとグループの自己紹介が始まる。


「カレン」「エマ」「アリア」……(無機質な瞳で淡々と告げてくるドワーフたち)。

 さすがモノづくりにしか興味関心がないノエルが選んだ娘たちである。

 見事に愛想がない。顔はめっちゃ可愛いのにもったいないよ。女の子はただでさえ可愛いのに笑顔なんて反則の武器を持っているんだよ? 有効に活用しなくちゃ。

 シルフィみたいに女の武器をちゅうちょなく使ってくるしたたかさを少しは見習わなくちゃいけないよ。


「今日から村長ねアレン」

「期待してる」


 奴隷商からエルフを二十五人買ってきたシルフィとドワーフを二十五人買ってきたノエルが俺に言う。

 おのれシルフィ&ノエル……!

 さてはエンシェント・エルフ&エルダー・ドワーフという希少性、カリスマ性を利用して彼女たちの上に立つつもりだな!?

 養うより養われたいマンの俺に五十人の奴隷を押し付けるとは……一体どういう思考回路をしてやがる!?

 シルフィから「真意をそろそろ聞かせてもらえるかしら」などと詰め寄られたことがあるが、俺の台詞じゃねえか!

 俺は全く予想していない現状にこれからの生活をどうするか──買ってしまった以上、どうにかするしかない奴隷たちの生活をどう保証していくのか、思考の海を潜り始めていた。DIVEダイブ! 現実に戻って来られなかったら思考の海でDIEダイ──水死したと思ってくれな!

 記憶の海を潜ると、どうしてこんなことになってしまったのか、その経緯と情景が浮かんでいた。



 遡ること、水商売で働く彼女を持つ恋人の気持ちを理解した場面。

 俺が商業ギルドに駆けつけ「食べたいものや欲しいものはない? 何でも言っていいよ!」と声をかけた次の瞬間。

 シルフィは



 泣くほど欲しかったものがあったんですかシルフィさん!?

 急いで口座を確認。

 そこには見たことのない0の数と振込日──今日の日付──が書かれていた。

 なにこの大金! まさかまた何かやっちゃいました!? 全く身に覚えがないんですけど!

 頼りないご主人様に代わってシルフィたちが躰を売っているかもしれない不安や恐怖、全く想像していない通帳残高に対する動揺、クール系美人のシルフィが目尻に涙を浮かべてあたふた、という困惑トリプルパンチで正常な思考ができない。

 とりあえず女の子の涙は絶対に消したいマンの俺は裏側守備表示の『ビッグ・シールド・マネーガードナー』をオープン。

 資金力300万ドール!!!! 女の涙を無効にする!!!!

 これを金の札束で黙らせる、と言います。クズい手段しか思い浮かばない自分に失望を隠しきれないが、わらをも摑む気持ちだ。

 頼むビッグ・シールド・マネーガードナー! シルフィの涙を消してくれ!

 そう意気込んでいたら奴隷商を転々としていました。

 えっ、なんでですか? 俺が聞きたいです。わかるやつがいたらここに来い。そして説明しろ。


「あの娘、その娘──それから最奥の娘全員買うわ。えっ、○万ドール? 悪どい商売してるんじゃないわよ。彼女たち背中に大きな傷があるじゃない。だからこれぐらいの金額が妥当よ。それともこのまま売れ残りの在庫を残しておくつもり?」


 なんとシルフィが百戦錬磨の奴隷商人を相手にふっかけ・交渉・値切りという高等話術を駆使して次々に奴隷をあさっていく。

 かつて奴隷だった彼女は売れ残りの在庫、なんて言葉を本来使わない。これが本心じゃないことは見てわかる。

 きっと奴隷商の立場になって考え、交渉人として徹する中でそういう表現がベストだと判断したのだろう。

 さすがだ。カッコ良過ぎる。そこに痺れる、憧れるぅ!

 けどそれ本当は俺の役目なんだわ。俺がキレた頭を使ってスマートにやることなんだわ。

 美人で頭の回転も良くて、スタイル抜群でいい匂いがして、脚が長くて、商売上手。順応性抜群、農業チートもできて交渉も抜かりがないとか、キミ主人公やないか!


『エンシェント・エルフシルフィはうつむかない〜Sylphy Wilts No More〜』始まっとるやないか! ちょっとご主人様に気を遣ってうつむいてよ! 俺に日の光浴びさせてよ!

 まるで大きく育つ植物の葉の裏に咲いた雑草のように枯れていく気分である。

 無自覚カンストチートはやめてくれ! なんで異世界転生者の俺がその気持ちにならないといけないんだよ! 俺、言われる立場なんですけど!?

 自重しろ! 頼むから自重すると言えシルフィ! 死ぬ、死んでしまうぞ……俺の存在感が!


「シルフィ、この娘は潜在力ポテンシャルがある。あの娘も磨けば才覚を発揮する。間違いない」

「わかったわノエル。その娘たちも引き取りましょう」


 吸い込まれそうになる瞳の奥で奴隷の秘められたチカラを見抜いていくノエルたん。

 キミたちさ……【鑑定紙】も確認せずに才覚や負傷、怪我を見抜くとかご主人様を立てる気あんの?

 しかもノエルのそれは、まだ【羽化】してないやべーやつじゃねえか。

 この世界にはスキルと呼ばれる才覚(才能とは別)がある。これには先天性、後天性のものがあり、上限に達するとそれが【鑑定紙】に記載される。

 後天性のスキルは性別、年齢、血統、遺伝などから対象に備わるかどうかが決まる。

 これを【羽化】というらしい。

 これはいかなる魔眼、鑑定も見抜くことができず、商人をはじめ目利きの腕の見せどころとなる。

 この分野で成功している者は間違いなく天性の勘、天才的な直感が備わっていることが多い。

 もしも潜在力があるドワーフたちが後に覚醒すれば、ノエルはどの世界でも喉から手が出るほどの目利き職人ということになる。

 はいはい鑑定チート乙。それも俺が本来するやつね。ホンマ勘弁してや。主人公役取らんといてや。霞むで──俺が。

 これは冷静に戻れたときに知ったことなんだけど、シルフィとノエルは俺が発案した娯楽を売りさばき、ボロもうけしていたらしい。

 奴隷のお金はご主人様のポケットに入るというお約束が機能していたおかげで、結果的に得をすることにはなったわけだけど……キミたちには失望したよ。

 人のアイデアでボロ儲けしてたとか、ネコババと一緒やで?

 にゃんにゃんもさせてくれへんのに。

 シルフィの噓泣き(俺はそう結論づけることにした! 涙は女の武器だってアレン知ってる! 女の子を泣かすほど恋仲に発展したこと皆無だけど! でも本で知ってる!)により、いつの間にか残高は100万ドールに。

 つまり2億円ものお金で奴隷五十人を購入した計算になる。

 あれ……ちょっと待って。

刊行シリーズ

奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが4の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが3の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが2の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだがの書影