第二章 奴隷が生産チートで自重しない ⑫

 これは完全に私の勇み足。早計だわ。

 とはいえ──。

 私とノエルが買った奴隷たちはかつて私たちと同じように身体からだに欠陥があった娘たち。

 活躍の未来を無慈悲にも奪われてしまった女の子ばかり。

 だからこそアレンの慈悲に彼女たちは感謝と疑心を抱いている。

 お金も身体も才覚も求めないなんて無欲にもほどがあるわよ。

 だいたい、

 負債は購入にかかったお金だけでいいなんてどれだけおひとしなのよ。

 普段はぽけ〜とけている(ように見せている)くせにいざとなったら隠している【再生】を惜しみなく発動するなんて──そんな光景を見せられちゃったら……カッ、カッコいいって思っちゃうのも当然じゃない!

 だから私が呆れてしまったのは仕方がないこと。こればかりはアレンが悪いわ。

 これからは彼のことをちゃんと監視しておく必要がありそうね。無自覚に女をたらしていくタチの悪い災害みたいだもの。

 奴隷商からやってきたエルフ──二十五人を集めてアレンの決定を説明する。

 すると案の定、


「あのシルフィさん……恩人であるご主人様を疑うようなことはしたくないんですが、私たちには美味し過ぎてにわかには信じられないんですけど」


 ほらね。やっぱりこうなるじゃない。半信半疑になって当然だわ。

 一体どこの世界に奴隷を解放するために労働対価に給金を与えるご主人様がいるのよ。


「ごめんなさい。これがアレンという人なの。悪いけれど早く慣れてもらえると助かるわ」


 余談だけれど新しく迎え入れることになったエルフを束ねるのは私で、ドワーフたちはノエルに、というのがアレンのお達しだった。

 私が最上位かつ希少種であるエンシェント・エルフであることに気がついた彼女たちが様付けで呼んでくるのを急いで制止、さん付けさせる。

 なにせアレンがみんなの【再生】後に「俺のことはアレンって呼び捨てで。最初は難しいかもしれないけど、フランクに接してくれる方が嬉しいな。できるかぎり相談やアフターフォローもしていくつもりだから、その……ね?」なんて言っているのに私だけ様付けさせるわけにはいかないでしょ。

 ……はぁ。これが頭痛が痛いというやつかしら。


「シルフィ様……いえ、親しみを込めてシルフィとお呼びしても?」


 私と同い年でエルフの上位種、ハイ・エルフのアウラが聞いてくる。

 彼女には私の補佐をお願いしようと思っていたから、向こうから踏み込んでくれるのはありがたかった。

 もちろん返答はイエス。


「お話を整理しますと、わたくしたちはアレン様にご奉仕──つまり躰を差し出さなくてもいい。そういうことですの?」

「ええ。そうよ」


 即答する私に集まったエルフたちからあんの声が漏れる。信じられないのも無理はない。

 私たちの種族は男女ともに容姿が整っている。だからこそ健康な状態であれば貴族しか手の出せないような大金で取引されることもしばしば。

【再生】後は遜色ないわけだから、男ならば当然そういう欲求が湧いてもおかしくない。

 これに対していい迷惑だと思うのと同時に己たちが美の象徴であることを認識し、きょうがくすぐられるという矛盾した感情を抱いてしまう生物。

 つまり、ご主人様とはいえ、見知らぬ男に肌を許さなくていいという安心感と性奉仕をさせるほどの魅力に欠けているのではないか──エルフとして屈辱を感じてしまう相反した気持ちになっている、といったところかしら。

 だからこそここにいるエルフたちはどよめいている。


「もしかして女性に興味がおありでない?」

「それはない──とは思うわ。たまにだけれどその、胸やお尻、脚に視線を感じることもあるから」


 アレンは基本的に私たちの目を見据えて話すことがほとんど。

 ただ対局時のまえかがみになったときに、チラッと視線を感じることはある。

 むしろつかみどころのない言動のギャップが可愛くて、いけないとは思いながらもわざと前傾になったりもする。

 あまり褒められた趣味ではないことは重々承知しているのだけれど。

 もし一言「見せて」と頼まれたら──。

 現在の私なら奴隷とか命令関係なく見られてもいいと思ってしまっているのは事実よ。恥ずかしいけど。


「信じられないことや納得できないことはたくさんあると思うけれど、ご主人様──いや、アレンは無意味に他人を傷つける人じゃないの。それはエンシェント・エルフとして、せいじゅに誓うわ。だからみんなも騙されたと思ってついてきてちょうだい」

「もちろんですわ」




【アレン】


 女神「女神界で『絶対こいつには異世界転生したくないランキング』1位です! おめでとうございます! どんどんぱふぱふ〜♪」


 ぶっ◯すぞピー

 アレンです。シルフィの突き上げにより強制的に村長させられることになりました。

 都合の良い操り人形、傀儡に近づいているような気がしてなりません。

 パワハラでストレスが積もった俺は女の子の柔肌に癒やされる権利があるのではなかろうか。いいや、ある!

 しかし俺は変態ドスケベでありながらムッツリドスケベという一面もあるわけで。

 面と向かって「揉み揉み!」とは言いづらい。

 全身に黄金比が適用されているシルフィと違ってアウラはグラビアモデル顔負けのスタイル。いや、むしろ勝っているレベルだ。

 シルフィを美乳美人と表現すればアウラは巨乳美人。

 その豊かな双嬢の女神に埋もれたい、いや埋もれパイと考えてしまっても無理はない。

 そこで俺は新入り奴隷との親交を深めるという名目でアウラと対局することを決意する。

 切り出すタイミングを見計らっていたときのことだ。

 相変わらず芋畑を耕すこと以外能のない俺にアウラは、


「お可愛いこと」


 なんと嘲笑を浮かべて煽ってきた。

 こいちゅ……!

 つきちゃんから「お兄ちゃんって将来、すぐキレる老人になりそうだよね。でも私が介護してあげる。真冬の商店街に放置してあげるから安心してね」と言われたことのある俺は怒りを表に出すようなことはしない。

 というか、つきちゃん! 当時はなんて優しい妹なんだろう、なんて思ったけど、後半ただの虐待じゃねえか!

 そんなわけでぐいぐいアウラに近づいていく。

 このときの俺は本気。マジである。おっぱいやお尻、脚から視線を引き剝がしアウラの目をしっかりと見据える。

 くそっ……! 見たい! 本当は見たい! 男を惑わせずにはいられない凹凸のあるアウラをかんしたい。だが、我慢だアレン。

 いずれ奴隷紋解除解雇するつもりの奴隷とはいえ、俺は村長。立場的には社長である。

 女性の噂が伝達するスピードは相対性理論をりょうすると聞く。

 休憩中に「もうマジ最悪。セクハラ社長にめっちゃ脚見られてさあ」「うっそ。キモーい!」などと盛り上がらせるわけにはいかない。これからマジマジと凝視するのはやめよう。

 とはいえ、だ。俺もお猿さんなのである。たわわに実った果実があるなら収穫して楽しみたい。

 ではどうするか。みなさんお分かりだろう。そう。罰ゲームを利用する。


「リバーシで勝負だアウラ!」


 これを付ける薬がないと言います。



「……一色に染まった場合はわたくしの勝利でいいんですのよね?」

「チェックメイトですわ」

「もう詰んでおりますわよアレン様」

「え? 繊細な風で一片を抜き取るのは卑怯? ジェンガをなんだと思ってるんだ、ですの?」


 なぜだ!? まさか俺はタイムリープしてきたのか!? この既視感デジャブはなんだ!

 案の定、返り討ちにあった俺はアウラに命令権を譲渡するだけの悲惨な結果に終わっていた。完パイ、いや完敗。


「俺はまだ本気出してない」


 小物! 圧倒的小物感!!!!

 なんたる器の小せえ男だ! お願いだ女神様! 俺に大きな度胸とイチモツをください!!

 そんたくのその字も知らないアウラに若干の不満が募るものの、それどころじゃない。

 逃げなければ……!! 一秒でも早くこの場を去らなければ!

 勝者は敗者に一つだけ好きなことを命令できる? ワシ聞いてへん!

刊行シリーズ

奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが4の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが3の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが2の書影
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