第二章 奴隷が生産チートで自重しない ⑬

 会社や役所の幹部がやたらと抜く宝刀「ワシ聞いてへん」を今こそ発動するときだ。

 俺は自分の両目が潤んでいることを自覚しながら、シルフィママに泣きつくことにした。

 なーにが、


「アウラの実力が知りたいから本気でお願い」やねん。おもいっきり振りになってやがる。もはやピエロじゃねえか!

 撤退! 撤退だ! パイパイ! 間違えたバイバイ!!


「シルフィ! シルフィ!!!! アウラが俺のことイジメる! ご主人様に全然花を持たせてくれない! 俺の代わりに叱っといて」


 アウラを含め新入り奴隷のしつけがなっていないと感じた俺は部下(あえてこの表現を使用)であるシルフィを呼びつける。

 新人教育を言い渡してあったのだから、先輩エルフであるシルフィさんの管理不足でもあるわけで。

 俺は嫌な感じが出ないように細心の注意を払いつつ、けれどもプリプリお怒りになっていますよ感を出す。

 でも捨てられたくはないからあとできちんと労おうと思う。『料理チート』で褒美を出そう。これをあめむちと言います。

 後のことを任せて去ろうとした次の瞬間。

 俺はアウラの次の言葉を一生忘れることはないと思う。


「お可愛いこと」


 クソが!



【アウラ】


 ごきげんよう。アウラですわ。

 100万年に1人のエンシェント・エルフ──シルフィのせいで影が薄くなっていますけれど、こう見えてもわたくしエリートだったんですのよ?

 ハイ・エルフは魔法式の構築や魔力の感知に優れた種族。

 奴隷に堕ちるまでは憧憬と畏怖を覚えさせたものですわ。

 ですが、それもわたくしが不治の病にかかるまでのお話。

 魔法の根幹を司る心臓に致命的な欠陥が見つかってからというもの、驚くほどの速度で転落しましたわ。

 気がつけばわたくしの価値はエルフ自慢の美貌と子宮。

 娼館か性奴隷しか残されていないことを悟ったわたくしは肌を火魔法であぶり、自ら全身火傷やけどを負いましたの。

 これは本当に苦渋の選択でしたわ。わたくしは自他共に認めるナルシスト。自分が大好きでしたから。

 美を手放すのは文字通り地獄。けれども搾り尽くされる現実とてんびんにかけたとき、わたくしは畜生の──奴隷商人の負債となり、大いに悔しがらせることを選びましたわ。

 豚小屋のようなおりの中で絶望しながら、死を待つ人生。

 そこに彼らは現れましたの。そうアレン様とシルフィですわ。

 前者はその……とても独特な感性の持ち主で、誤解を恐れずに言えば……変人?

 彼は【再生】という神に近いチカラを持っておきながら、その真価に気づいていないような──いえ、シルフィから聞いた話によりますと、誰よりもそのチカラの偉大さに気づいているからこそ馬鹿を装っているとのことでしたが──言動。

 いずれにしても、憎かった火傷とそうするしかなかった運命──心臓の致命的な欠陥。それはたった一瞬で完治。

 奴隷にこそ堕ちたものの、わたくしは再び大好きだった自分に戻ることができましたの。

 不特定多数の男性と肌を重ねるぐらいならばと火魔法で自ら醜くなることを選びましたわ。

 ですが、わたくしの身に起きた奇跡はこれまで信じていなかった神に感謝をささげたいほどのものでしてよ?

 ですからご主人様となったアレン様だけには躰をゆるしてもよいと思っておりましたの。

 そう思っていた矢先のこと。


「……はい?」


 わたくしは相手が希少種であるエンシェント・エルフであることも忘れて呆けた顔をしてしまっていたと思いますわ。

 奴隷たちに労働対価を支払う?

 それで負債(アレン様が支払ったお金)を返済? 完済したら奴隷紋を解いてもいい?

 はい? はいいいいいい?

 全くの意味のわからない、真意を読めない決定に品行方正のエルフたちは皆、驚きと疑いを隠しきれない様子。

 事実、


「あのシルフィさん……恩人であるご主人様を疑うようなことはしたくないんですが、私たちには美味しすぎてにわかには信じられないんですけど」


 わたくしと同じように修道院にやってきたエルフの一人が信じられないとばかりに聞いていましたもの。

 もしかして何か裏があるのでは。警戒心をグッと引き上げ、シルフィを観察。

 彼女はエルフの最上位かつ希少種であるエンシェント・エルフ。同族を騙すような存在でないことは理解しているつもりですの。

 ですが、それでもこの話は美味しすぎますわ。

 わたくしたちは皆何かしらの怪我や欠陥により市場価格の何十倍も安い金額で取引されていた存在。

 当然、アレン様の【再生】後ではその価値の差は雲泥ですわ。それはご主人様はもちろん、猿でもわかること。

 中には『発動不可』や『無効』だった才覚の持ち主が『発動可』や『有効』になった奴隷もいることは想像に難くありませんわね。

 奴隷商人から【鑑定紙】を引き取ったご主人様がその現実を知らないはずはないですし。


「ごめんなさい。これがアレンという人なの。悪いけれど早く慣れてもらえると助かるわ」


 額に手を置くシルフィは演技には見えず、本当に頭痛に苦しんでいるかのように見えましたわ。

 この決定に一番理解に苦しんでいるのは私なのよ、とでも言いたげですわね。

 まるで奇才の上司に振り回されている鬼才の部下、とでも言えばいいのかしら。そんな哀愁をシルフィから感じ取れますわ。

 それとシルフィから様付け禁止のお達し。

 アレン様が「俺のことはアレンって呼び捨てで。最初は難しいかもしれないけど、フランクに接してくれる方が嬉しいな。できるかぎり相談やアフターフォローもしていくつもりだから、その……ね?」とおっしゃられていた手前、彼の奴隷であるシルフィが様付けで呼ばれるわけにはいかないのでしょう。

 うたぐぶかいわたくしですが、なんと奴隷紋解除の条件はすでに【聖霊契約】済みであることがシルフィから説明されましたわ。

 こうなるとさすがのわたくしも現実を受け入れざるを得ないですの。

【聖霊契約】は絶対遵守。聖霊の強制力はエルフであるわたくしたちがどの種族より把握していますわ。

 つまり、これ以上疑うのであれば、アレン様にとって引き取った奴隷が奴隷でなくなる方が都合が良い何かがあるということ。

 …………そんなの思い浮かぶわけがありませんわよ。一体どういう思考回路をされているんですの。

 ごくり。

 もしかしたらわたくしのご主人様は本物のバカ、もしくは遥か高み、決して手の届かない殿方なのでは?

 好奇心旺盛であるエルフの血が騒ぎましたわ。

 エルフという種族は矜持と見栄の塊。

 女なら誰でもいいようなせんの言動は一切受けつけない代わりに、好感を抱いた殿方から興味を示されないと、燃え上がってしまう種族。

 もしもこれがエルフであるわたくしたちを落とすための計算なのでしたら、なかなかの恋愛プレイヤー。相当のれであることは間違いありませんわ。きっとこれまで星の数ほど女性を泣かせてきた殿方ですわ。

 早くもアレン様の掌で踊らされていることを自覚しながらも大切なことを確認するわたくし。


「お話を整理しますと、わたくしたちはアレン様にご奉仕──つまり躰を差し出さなくてもいい。そういうことですの?」

「ええ。そうよ」


 ざわめき。

 殿方がエルフを奴隷にしておきながら性奉仕させるつもりがない。そんな話信じられるわけがありませんわ。


「もしかして女性に興味がおありでない?」

「それはない──とは思うわ。たまにだけれどその、胸やお尻、脚に視線を感じることもあるから」


 わたくしから見ても美人──美の女神の生まれ変わりと言われても信じてしまいそうになるシルフィの表情に一瞬メスがチラついたのをわたくしは見逃しませんでしたわ。

 あら。あらあらあら。なんですのそのそそる表情は。わたくし綺麗な女性や可愛い少女に目がありませんでしてよ?

 シルフィにとってアレン様は恋慕とは言わないまでも気になる異性になっていることは間違いなさそうですわね。

 なんでも器用にやってしまいそうなエンシェント・エルフが一人の男に振り回されている現実。

 …………燃えるシチュエーションですの。れますわね。


刊行シリーズ

奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが4の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが3の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだが2の書影
奴隷からの期待と評価のせいで搾取できないのだがの書影