第二章 奴隷が生産チートで自重しない ⑭

 シルフィからいくつかの指示と注意を聞き終えると、アレン様がトチ狂ったように鍬で畑を耕しておりましたわ。

 チラチラと、「こんなこともできるんだよ! 褒めてー!」とでも言いたげにシルフィへ視線を送る姿はなんというか……、


「お可愛いこと」


 主人であることも忘れてしまったわたくしはつい、アレン様に聞こえるように口にしてしまっていましたの。

 負債を返済すれば奴隷から解放されることが【聖霊契約】済みとはいえ、わたくしはまだ彼の命令には背けない身。

 機嫌を損なわせることは御法度。

 アレン様はわたくしの言葉が耳に入ったのでしょう。あれだけ狂ったように振っていた鍬を止めて、こちらにズンズン歩み寄って来ます。

 おっ、怒られてしまうんですの……。

 彼がわたくしの前までやってきましたわ。

 ナルシストのわたくしが逸らしてしまいそうになるほど

 あら? 

 まっ、まさかわたくしのことなど眼中にもないと?

 そっ、それはさすがにあんまりですわ。

 たしかに紳士的な対応ではありますの。感謝と尊敬は示しますわ。ですが女としてこのまま引き下がるわけにはいきませんわよ。


「リバーシで勝負だアウラ!」


 ……えっ、あの、ちょっ、はい?



 どうやら帝都で流行はやっている娯楽品(アレン様が発案。ノエルちゃんが開発。シルフィが発売という、ちょっと羨ましくなる連携ですわね)でわたくしと対戦なさりたいとのこと。

 わたくしは初めて見るそれに好奇心を刺激されながらもしっかりとルールを頭に叩き込んでいきます。

 凄いですわ。単純なのに奥深い。

 こんな楽しいゲームを発案、けれども開発と発売は全て奴隷であるノエルとシルフィちゃんに一任する采配力。

 それでいて

 こっ、これはまさか──遥か高み、決して手の届かない存在ですの?

 ちょうど良い機会ですわ。アレン様がどういった殿方なのか、全然把握できないんですもの。

 わたくしが直接見極めて差し上げますわ。

 えっ、勝った方は敗者に一つだけ命令できる?

 ふふっ、やはりなんだかんだ言ってアレン様も男性ですのね。わたくしに何をさせるおつもりで?



「……一色に染まった場合はわたくしの勝利でいいんですのよね?」

「チェックメイトですわ」

「もう詰んでおりますわよアレン様」

「え? 繊細な風で一片を抜き取るのは卑怯? ジェンガをなんだと思ってるんだ、ですの?」


 結論から申し上げますとアレン様は娯楽品の発案者とは思えないほどの実力。幼児以下、いえそれでは幼児に失礼、猿以下、いえそれもお猿さんに失礼ですの──というレベルでしたわ。

 えっ? 「俺はまだ本気出してない」?

 そうおっしゃられている割には目が潤んでいらっしゃってよ?

 対局前の「アウラの実力が知りたいから本気でお願い」と注文されたわたくしは言われた通り全力でお相手することとなりましたの。

 結果、完勝。完膚なきまでの快勝でしたわ。

 うるうると今にも泣き出してしまいそうなアレン様を見て、もしかして何か失態を犯してしまったのではないかと心配ですわ。

 もっ、もしかして忖度!? 忖度をして欲しいってことでしたの!?


「シルフィ! シルフィ!!!! アウラが俺のことイジメる! ご主人様に全然花を持たせてくれない! 俺の代わりに叱っといて」


 思わず子どもですか!? とツッコミたくなる去り際の台詞に、ついつい微笑ましくて「お可愛いこと」と口が滑ってしまいますの。

 それを聞いたアレン様は逃げるように去っていきます。

 さーて、何を命令して差し上げましょうか。わたくしは奴隷という身でありながら気分が高揚していることを自覚します。

 騒ぎを聞きつけたシルフィはわたくしを見下ろしながら、衝撃的な発言をしましたの。


「アウラ。


 シルフィからそう言われ、自分が浮ついていることをはっきりと自覚しましたわ。

 遊んであげている気分でありながら、遊ばれていたのは自分だと、ようやく気がつきました。

 なにせ、対局を終えた現在、アレン様に対する警戒心は自分でも驚くほど低いものに──いえ、なくなっていると言っても過言じゃありませんでしたから。

 。シルフィの言わんとしていることを理解したわたくしの額から一筋の汗が滑り落ちましたわ。


「…………恐ろしい方、ですわね。計り取る、なんて烏滸おこがましくなるほどですわ」

「ええ。全く。私はアレンの所有物だから、こんなことを言う資格がないのは百も承知ではあるのだけれど──」

「──いえ、聞かせてくださいませ」

「あまり軽い気持ちで彼に近づくと。気持ちは理解しているつもりだけれど、いつだってれた方の負けよ。それはエルフである私たちが一番良く知っていることでしょう?」


 まるで全てお見通しと言わんばかりの瞳。

 アレン様という異物。

 そしてその側近、彼の一番近い先で支えられる天才はシルフィ以外にいない。

 そう本能が理解した瞬間でしたわ。



【アレン】


 後日談。

 俺とアウラの歴史的な一局は瞬く間に新入り奴隷たちに広まっていた。

 女性の噂好きをかいた瞬間である。寡黙で無機質なドワーフでさえも浮き足立っていた。

 さすがは好奇心旺盛のエルフと未知なるモノに興奮を禁じ得ないドワーフ。

 拡散される噂を新聞の見出し風に言えば、


『娯楽品発案者アレン。アウラにサンドバッグ』


 である。

 もう一度聞かせて欲しい。俺の異世界英雄譚どこ行ったん? これじゃ異世界ピエロ!

 だが、ここで発想の転換をできるのが俺の長所である。

 俺は村長であることを利用して『遊べ! みんな遊ぶのだ!』を発令。村長第一号命令である。

 リバーシ、チェス、将棋、囲碁、ジェンガをエルフ&ドワーフたちに解禁し、好きに興じてもいいことにした。

 もちろんご主人様の許可も不要。さらに長時間労働の禁止を徹底する。

 こう聞けばずいぶんとホワイト村長かと思われるだろうが、むろん俺のためである。

 無責任だと罵られることになるだろうが、これは万が一の保険である。

 もしも財政破綻した際「食っちゃ寝リバーシしてたの俺だけじゃないもん! 奴隷のみんなも全然働いてなかったんじゃん! だから俺を責めるのいくない!」と政治家お得意の責任逃れだ。

 初対局でルールを熟知しているような俺を叩きのめすことができる頭脳の持ち主たちだ。きっとのめり込むに違いないと踏んでいた。

 どうやらこの世界には本当に娯楽が少ないようだし、社員の福利厚生を充実させるのは社長である俺の役目。だから俺悪くない。

 ちなみにこの解禁によりオセロ選手権、棋戦、チェス選手権──すなわちプロが誕生するのはそんなに遠い話ではなく、そしてまた別のお話だ。

 さて、俺のお達しに動いたのはシルフィ、アウラ、ノエルである。

 なんと村長との親睦を深めるという名目で奴隷たちが次々に対局を挑んでくる。

 結論から言えば逆五十人切り──という、かつてない拷問が始まった。

 気遣い不要。村長との距離を縮めようと開催されたのだが、もはやただのイジメである。

 シルフィ、アウラ、ノエルとエルフ&ドワーフの知能指数が高いことはもはや分かりきったこと。

 忖度なしで繰り広げられるその光景はもはや可哀想の域を超えていたと思う。

 将棋は文字通り裸の王様状態、リバーシはほとんど一色に染められ、ジェンガは誰一人倒さないという。

 アウラの躾がなってないと八つ当たりされたシルフィのふくしゅうがエグ過ぎる。彼女を怒らせてはならないとそう心に誓った。

 とはいえ、このは思わぬ好作用をもたらしてくれたのである。


「あっ、村長!」

「おはようご──いえ、こんにちは村長さん。今日はお早いんですね♪」

「村長様、村長様、ぜひ私とこのあと対局してくださいな」


 とエルフのみなさん。

 さらに、


「ダメ。今日は村長からお話を聞く」

「私も聞きたい」

刊行シリーズ

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