Ⅱ ①
第五騎士団本部。
馬車が正門をくぐると、そこは大きな訓練広場になっていた。
この広場には団員全員が集結することもあるらしく、かなりの広さになっている。
その訓練広場を塀が大きくぐるりと囲んでおり、そして正面に
王国を
三十代前半ぐらいの男が入団者たちの前の壇上に上がる。
「
団長にしては若い。
だが第五騎士団は、貴族の子女が騎士の叙任を受けてキャリアを作るために来る場所という側面が強い。
平民も居るし、長く在籍する者も居るが、この騎士団を腰かけとする者も多い。
だから幹部の交代も早く、ああいう若い団長も珍しくはないのだ。
「今日ここに貴公らを迎え、これより共に王国の剣として並び立つは望外の喜びである」
あのタリアン団長も貴族とのことだ。口調も貴族がかっている。
そして見事な銀の
銀は最も優れた魔力の導体であり、銀製の剣や鎧は、魔力を通すことで極めて有用な装備になるのだ。
騎士団では、部隊長以上の幹部に銀の装備が与えられる。
性能もさることながら、その美しさは団員たちの憧れになっているそうだ。
もっとも、魔力を持たない俺には関係の無いことだが。
「王のため、民のため! 家族のため、隣人のため! 身命を賭して魔族と戦う! それが我らの責務だ! そのことを今日より死する時まで忘れないで欲しい!」
そう結び、タリアン団長の挨拶は終わった。
その後、本部施設の説明が為された。
本部一階には複数の訓練場や各部隊の詰所があり、平素はここで過ごすことが多くなるようだ。食堂も一階にある。
二階には資料室や会議室のほか、団員が寝泊まりする大部屋があり、三階には部隊長以上の個室がある。
一般団員は、許しがない限り三階に立ち入ることは許されないとのことだった。
ほか、別棟には鍛冶施設や簡単な商店もあるらしい。
街に出ずとも、本部内に居たまま生活できそうだ。
明朝、この訓練広場に集合するよう言い渡され、初日は解散となった。
明日、入団式を行うらしい。
「えっと……。じゃあロルフ。あとで食堂で」
「分かった」
夕食を共にすることを約束し、エミリーは女子団員の大部屋に向かっていった。
だがその夜、食堂でエミリーの姿を目にすることは無かった。
◆
翌朝。
訓練広場に並ぶ新団員たち。
その中にエミリーの姿は見えない。
これから入団式が行われ、その中で各部隊への配属が伝えられる。
もっとも配属先で騎士になるわけではない。
新団員は皆、従卒として先輩騎士に付き従い、騎士のイロハを学ぶのだ。
式が始まり、壇上へ
ノルデン侯爵だ。
この第五騎士団本部は彼の領内にある。
王国から第五騎士団運営の任と、その予算を与えられているのは彼だ。年に何回かは騎士団本部を訪れるらしい。
今日はそのうちの一回で、入団式の日は毎年来て訓示を述べるそうだ。
幸いなことに、侯爵は話の長いタイプではなかったらしく、訓示は簡潔に終わった。
この後、配属先が伝えられるはずだったが、入団式を進行する副団長の口から、皆が予想していなかった言葉が発せられる。
「引き続き、叙任式を行う」
その宣言に続き、壇上の侯爵が高らかに言う。
「陛下より預かった騎士団に属する貴公らを、私は正当に遇する。優れた者にはそれに
騎士たちに促され、少女が壇上に上がる。
エミリーだった。
「新団員のひとり、エミリー・メルネスは、
新団員たちがざわめく。
従卒を経ず、初年度から騎士に叙任されるのは異例だった。
「そうか、それで」
俺はと言えば、昨夜からエミリーの姿が見えない理由が分かり得心していた。
彼女は叙任を伝えられ、その準備をしていたのだ。
騎士の叙任を受ける者は、前夜、入浴して身を清めてから、剣を両手に持ったまま夜を徹する。
それが王国騎士団の慣わしだった。
エミリーの表情は硬い。かなり緊張しているようだ。
跪いて、手に持った剣を侯爵に差し出す。
剣を受け取った侯爵は、それを
そしてその剣の腹でエミリーの肩を三度
剣で肩を叩く様式の叙任は、かつては戦場で略式の叙任を行う際に用いられたものだったが、騎士団は常より魔族との戦いに身を置いているという信条のもと、平時の叙任もこの形になったのだ。
そんなことを思い出しながら俺は、侯爵から剣を受け取って立ち上がるエミリーを見ていた。
彼女は不安そうな面持ちで、誰かを探すように新団員の列を見渡し、そして一度俯いてから、剣を腰に
エミリーは騎士になった。
俺が憧れたものに、あっさりとなって見せた。
彼女が少し遠くに感じられた。
◆
エミリーの叙任が終わり、壇上に副団長が上がって声を張りあげる。
「これより配属先を発表する!」
新団員たちにそれぞれの配属先が伝えられていく。
騎兵部隊、歩兵部隊、魔導部隊、支援部隊、補給部隊……。
各部隊とも第一から第三まであり、それぞれ適性に沿って配属されていく。
伝えられた結果に、皆が一喜一憂している。
「次、ロルフ・バックマン!」
「はい!」
「貴公は、
「はい!」
周囲がどよめく。
聖者ラクリアメレクが鳥を愛し、特に
魔力が無い者をそんな重要部隊になぜ配属するのか、俺にはよく分からない。
少なくとも、良い予感はしなかった。
◆
新団員たちが、それぞれの配属先の詰所に向かう。
第五騎士団の各部隊の詰所は、独立した建物ではなく、本部棟内に区画を区切ったものになっている。
いずれの部隊の詰所も大きかったが、
少数精鋭で、所属員は皆、幹部待遇であり、私室を与えられている。
団長はじめ、平素は執務のある者ばかりで、詰所で待機したりはしないのだ。
詰所が無いのでは、どこへ行けば良いのか分からない。
それを副団長に伝えると、彼は近くに居た男を手招きして伝えた。
「イェルド、
「ええ、僕もこれから行くところです」
「この男、そっちに配属だ。連れて行ってもらえるか?」
「ああ彼が。聞いてます」
イェルドと呼ばれた男がこちらを向く。
鼻筋の通った顔と、丁寧に整えられた髪。いわゆる二枚目だ。
「ついてこい」
「分かりました」
返事をし、彼に続いて歩く。
どうやら彼も
幹部待遇の
「お前さ」
「はい」
「信じられないんだけど、魔力が無いっていうのはどういうことだ?」
イェルドと呼ばれた男は、その目に帯びる侮蔑の念を隠そうとはしていない。
「
「無いって言うのは、本当にまったくのゼロってことか?」
「はい。そうです」
イェルドが歩きながら俺に訊く。
魔力ゼロという前例の無いケースを信じ難く思っているようだ。
「ヨナ様から何も与えられなかったってことか?」
「そうなります」
「どういうことだよ。なんでそんなのが居るんだ」
「それは俺にも分かりません」
本来居るはずの無い、加護なき男。



