Ⅱ ②
世界の
「そんな欠陥品がなんで騎士団に来るんだよ?」
「騎士になるためです」
「お前さあ」
イェルドが振り向いて俺の胸倉を摑む。
「みんな真剣な気持ちでここに居るんだよ。貴族が叙任を受けるためだけに来る場所だと思ってるか? みんな、ここにいる間は日々全力で務めてるんだよ」
イェルドの声が怒気を含んで低くなる。
胸倉を摑む手には見るからに力が入っていた。
「俺はキャリアのための叙任を求めて来たのではありません。本当に騎士になりたいんです」
「ふざけてるのか? 欠陥品がどうやって騎士になるんだよ? お前は戦えないだろ!」
「戦ってみせます」
イェルドは舌打ちして手を離すと、振り返ってまた歩き始めた。
「魔力が無いばかりか、身の程を
◆
イェルドが向かった先は本部棟の三階だった。
「入団時に説明されていると思うが、この階には、普段は許可を取ったうえで入るように」
「はい。分かりました」
イェルドは、いま俺を招き入れること自体、不快であるようだった。
「本当に大丈夫か? お前に物事を理解する脳があるのか?」
「大丈夫です。必ず許可を取ったうえで入ります」
「ふん……」
そのまま付いていくと、イェルドはひとつの扉をノックして入った。
扉には〝団長室〟と書かれたプレートが貼ってある。
俺も続いて入室した。
室内には四人の騎士が居た。
そのうちのひとり、第五騎士団団長、バート・タリアンに、イェルドが声をかける。
「イェルド・クランツ、参りました」
「来たか。これで四人そろったな」
今この部屋には六人居る。
タリアン団長は自分をカウントしていないのだろう。そして俺も。
「エミリー、これが私の直属部隊。貴公の配属先だ」
そう言って、タリアン団長はそこに居た少女、エミリーに声をかける。
彼女は真新しい銀の装備に身を包んでいた。
そして悲しそうな、申し訳なさそうな目で俺を見つめている。
「まず彼がイェルド・クランツ。魔法剣士だ。この
「二十歳です。よろしく、エミリー。僕はイェルドだ。君を部隊に迎えられて光栄だよ」
「こちらこそ、この部隊に入れて光栄です。よろしくお願いします」
イェルドがエミリーと握手を交わす。
二十歳で最年長か。人の入れ替わりの激しい第五騎士団の中でも、この
もっとも、二十歳ならもう入団六年目ということになる。若輩と呼べる年齢でもないだろう。
「それからこっちが、ラケル・ニーホルムとシーラ・ラルセン。ラケルは魔法戦士で、シーラは回復術士だ」
「ラケルだ。聞いてるよ。アンタ〝白光〟だったって?」
「は、はい。よく分からないんですが、そうだったみたいで」
「また
エミリーが握手を交わすと、替わってもうひとりが手を差し出す。
「エミリーさん、シーラです。貴方との出会いを女神ヨナに感謝します。これからよろしくお願いしますね」
「はい。お二人ともよろしくお願いします」
二人とも、イェルドより少し年若いぐらい。十八歳か十九歳ぐらいだろうか。
ラケルは赤い髪の背が高い女性。
引き締まった、しなやかな筋肉が服の上からも
魔法剣士ではなく魔法戦士だ。
確かに腰には銀の
もうひとり、シーラは青みがかった長い黒髪の女性。
回復術士らしい。
回復魔法を使える時点でかなり貴重な戦力だが、更に幹部たり得る魔力の持ち主のようだ。
銀の
「いずれも
タリアン団長がそうエミリーに言って、それから部隊について説明する。
「この部隊は要するに私を守る部隊だ。だが、私が直接戦闘に及ぶような事態になったとしたら、それは戦術的過誤の結果でしか無い。つまり戦場でこの部隊が戦うようなことになってはならないんだ。分かるな、エミリー?」
「えっと……はい」
「だが、指揮官である私を守る部隊は最高の戦力でなければならない。それがこの部隊だ。常に技量を高め、連携も訓練する必要がある。志を持ってしっかり責務を全うして欲しい」
「わ、分かりました!」
緊張した面持ちでエミリーが答える。
「配属初日なので今日のところはゆっくりしてくれ、などとは言わない。貴公の力を確かめたいし、これからさっそく訓練場へ行く。ついてきたまえ」
「は、はい!」
貴族子女の叙任のための場所とも言われる第五騎士団だが、魔族との戦争が恒常化するなか、単なる腰かけとしての騎士団でいられる筈はない。
彼らは真剣な表情で訓練場へ向かう。
俺には目もくれなかった。
「あの……」
退室の際、エミリーがチラチラと俺を見ながら、タリアン団長に声をかける。
「ん? ああ……」
初めて団長と目が合う。
だがそれは一瞬のことで、団長はすぐに視線を外し、一片の興味も含まない声音で言った。
「来い」
「分かりました」
さすが騎士団だ。命令が簡潔で分かりやすい。
◆
訓練場への移動中、エミリーは何度もこちらを振り返り、何かを言いたげな目を向けてきた。
だが言葉を交わすわけにもいかない。
黙って歩き続け、訓練場へ向かった。
訓練場に着くと、イェルドが壁際のソードラックから剣を取り出し、エミリーに渡した。
「訓練場には刃を潰した剣が用意されているから、好きに使って良い。こっちにある本数が少ないのが銀の剣だよ。さあ手に取って」
「あの、私は普通の鉄のやつでも……」
「エミリー、君は
「あのなエミリー、そういうところで遠慮するのは美徳じゃねーんだわ。幹部が良い武器を使うのは当然だろ? ほら、アタシの戦鎚も銀モノだよ」
「エミリーさん、戦力として期待される幹部が優れた装備を使うのは、理に適った話なんです。その方が騎士団の戦力向上に
「えっと……わ、分かりました。ラケルさん、シーラさん」
エミリーが返事をすると、ラケルは続けて言う。
「あと、それな」
「え?」
「〝さん〟要らねーから。敬語も。だよなイェルド」
「要らないな。我々は対等の立場の部隊員だ。まあシーラは性分でどうしても敬語が抜けなかったが、エミリーは僕とラケルに合わせてくれ。良いよね?」
「分かり……わ、分かったよ」
エミリーの言葉に満足するように
「よし、それじゃあ、すべての基本となる、銀への魔力の通し方を教えるよ」
「分かった。よろしく、えっと……イェルド」
「ふふ……承った。と言っても、魔力を与えられた時点で、魔力の基本的な扱い方はすでに頭に入っているよね?」
「うん。そのへんの知識は魔力と一緒にヨナ様から頂いたよ」
魔力を得ると同時に、その使い方も頭に入ってくるらしい。
「すぐにでも銀に魔力を通せるようになる。そして今後の訓練で様々な魔法を使えるようになる。〝白光〟を出したエミリーがどこまで行けるか、楽しみだね」
「が、がんばるよ」
その後、二時間ほどの訓練で、エミリーは銀に魔力を通せるようになった。
感慨深げな目で剣を見つめている。
「イェルド、これでできてる?」
「できてるよエミリー。剣にも鎧にもしっかり魔力が通っている。剣の力が格段に上がったのが分かるかい?」
「う、うん。魔力が通ったとたん、剣が別物になった感じ」
エミリーの声が、彼女の高揚を示している。
「やはりエミリーさんは、イェルドさんと同じ、魔法剣士タイプですね」



