Ⅱ ②

 世界のことわりから逸脱した男に、イェルドは率直な嫌悪を示した。


「そんな欠陥品がなんで騎士団に来るんだよ?」

「騎士になるためです」

「お前さあ」


 イェルドが振り向いて俺の胸倉を摑む。


「みんな真剣な気持ちでここに居るんだよ。貴族が叙任を受けるためだけに来る場所だと思ってるか? みんな、ここにいる間は日々全力で務めてるんだよ」


 イェルドの声が怒気を含んで低くなる。

 胸倉を摑む手には見るからに力が入っていた。


「俺はキャリアのための叙任を求めて来たのではありません。本当に騎士になりたいんです」

「ふざけてるのか? 欠陥品がどうやって騎士になるんだよ? お前は戦えないだろ!」

「戦ってみせます」


 イェルドは舌打ちして手を離すと、振り返ってまた歩き始めた。


「魔力が無いばかりか、身の程をわきまえる術も知らんらしい。カスはどう転んでもカスってことだな」




 イェルドが向かった先は本部棟の三階だった。


「入団時に説明されていると思うが、この階には、普段は許可を取ったうえで入るように」

「はい。分かりました」


 イェルドは、いま俺を招き入れること自体、不快であるようだった。


「本当に大丈夫か? お前に物事を理解する脳があるのか?」

「大丈夫です。必ず許可を取ったうえで入ります」

「ふん……」


 そのまま付いていくと、イェルドはひとつの扉をノックして入った。

 扉には〝団長室〟と書かれたプレートが貼ってある。

 俺も続いて入室した。

 室内には四人の騎士が居た。

 そのうちのひとり、第五騎士団団長、バート・タリアンに、イェルドが声をかける。


「イェルド・クランツ、参りました」

「来たか。これで四人そろったな」


 今この部屋には六人居る。

 タリアン団長は自分をカウントしていないのだろう。そして俺も。


「エミリー、これが私の直属部隊。貴公の配属先だ」


 そう言って、タリアン団長はそこに居た少女、エミリーに声をかける。

 彼女は真新しい銀の装備に身を包んでいた。

 そして悲しそうな、申し訳なさそうな目で俺を見つめている。


「まず彼がイェルド・クランツ。魔法剣士だ。このきょうかく部隊では一番の年長になる。と言っても見てのとおり若いが。何歳だった?」

「二十歳です。よろしく、エミリー。僕はイェルドだ。君を部隊に迎えられて光栄だよ」

「こちらこそ、この部隊に入れて光栄です。よろしくお願いします」


 イェルドがエミリーと握手を交わす。

 二十歳で最年長か。人の入れ替わりの激しい第五騎士団の中でも、このきょうかく部隊は特に新陳代謝が激しいようだ。

 もっとも、二十歳ならもう入団六年目ということになる。若輩と呼べる年齢でもないだろう。


「それからこっちが、ラケル・ニーホルムとシーラ・ラルセン。ラケルは魔法戦士で、シーラは回復術士だ」

「ラケルだ。聞いてるよ。アンタ〝白光〟だったって?」

「は、はい。よく分からないんですが、そうだったみたいで」

「またすごいのが来たもんだよ。期待してるからね」


 エミリーが握手を交わすと、替わってもうひとりが手を差し出す。


「エミリーさん、シーラです。貴方との出会いを女神ヨナに感謝します。これからよろしくお願いしますね」

「はい。お二人ともよろしくお願いします」


 二人とも、イェルドより少し年若いぐらい。十八歳か十九歳ぐらいだろうか。

 ラケルは赤い髪の背が高い女性。

 引き締まった、しなやかな筋肉が服の上からもうかがえる。

 魔法剣士ではなく魔法戦士だ。

 確かに腰には銀のせんついがぶら下げられている。

 もうひとり、シーラは青みがかった長い黒髪の女性。

 回復術士らしい。

 回復魔法を使える時点でかなり貴重な戦力だが、更に幹部たり得る魔力の持ち主のようだ。

 銀のつえを胸の前に両手で持っている。


「いずれも強者つわものばかりだ。それに皆、貴公と同じく貴族出身だよ。仲良くやってくれ」


 タリアン団長がそうエミリーに言って、それから部隊について説明する。


「この部隊は要するに私を守る部隊だ。だが、私が直接戦闘に及ぶような事態になったとしたら、それは戦術的過誤の結果でしか無い。つまり戦場でこの部隊が戦うようなことになってはならないんだ。分かるな、エミリー?」

「えっと……はい」

「だが、指揮官である私を守る部隊は最高の戦力でなければならない。それがこの部隊だ。常に技量を高め、連携も訓練する必要がある。志を持ってしっかり責務を全うして欲しい」

「わ、分かりました!」


 緊張した面持ちでエミリーが答える。


「配属初日なので今日のところはゆっくりしてくれ、などとは言わない。貴公の力を確かめたいし、これからさっそく訓練場へ行く。ついてきたまえ」

「は、はい!」


 貴族子女の叙任のための場所とも言われる第五騎士団だが、魔族との戦争が恒常化するなか、単なる腰かけとしての騎士団でいられる筈はない。

 彼らは真剣な表情で訓練場へ向かう。

 俺には目もくれなかった。


「あの……」


 退室の際、エミリーがチラチラと俺を見ながら、タリアン団長に声をかける。


「ん? ああ……」


 初めて団長と目が合う。

 だがそれは一瞬のことで、団長はすぐに視線を外し、一片の興味も含まない声音で言った。


「来い」

「分かりました」


 さすが騎士団だ。命令が簡潔で分かりやすい。



 訓練場への移動中、エミリーは何度もこちらを振り返り、何かを言いたげな目を向けてきた。

 だが言葉を交わすわけにもいかない。

 黙って歩き続け、訓練場へ向かった。

 訓練場に着くと、イェルドが壁際のソードラックから剣を取り出し、エミリーに渡した。


「訓練場には刃を潰した剣が用意されているから、好きに使って良い。こっちにある本数が少ないのが銀の剣だよ。さあ手に取って」

「あの、私は普通の鉄のやつでも……」

「エミリー、君はきょうかく部隊の隊員で、幹部待遇だ。幹部は銀の装備を使うのが決まりなんだよ」


 しゅんじゅんするエミリーをラケルとシーラが諭す。


「あのなエミリー、そういうところで遠慮するのは美徳じゃねーんだわ。幹部が良い武器を使うのは当然だろ? ほら、アタシの戦鎚も銀モノだよ」

「エミリーさん、戦力として期待される幹部が優れた装備を使うのは、理に適った話なんです。その方が騎士団の戦力向上につながることは分かりますよね?」

「えっと……わ、分かりました。ラケルさん、シーラさん」


 エミリーが返事をすると、ラケルは続けて言う。


「あと、それな」

「え?」

「〝さん〟要らねーから。敬語も。だよなイェルド」

「要らないな。我々は対等の立場の部隊員だ。まあシーラは性分でどうしても敬語が抜けなかったが、エミリーは僕とラケルに合わせてくれ。良いよね?」

「分かり……わ、分かったよ」


 エミリーの言葉に満足するようにうなずくと、イェルドがレクチャーを始める。


「よし、それじゃあ、すべての基本となる、銀への魔力の通し方を教えるよ」

「分かった。よろしく、えっと……イェルド」

「ふふ……承った。と言っても、魔力を与えられた時点で、魔力の基本的な扱い方はすでに頭に入っているよね?」

「うん。そのへんの知識は魔力と一緒にヨナ様から頂いたよ」


 魔力を得ると同時に、その使い方も頭に入ってくるらしい。


「すぐにでも銀に魔力を通せるようになる。そして今後の訓練で様々な魔法を使えるようになる。〝白光〟を出したエミリーがどこまで行けるか、楽しみだね」

「が、がんばるよ」


 その後、二時間ほどの訓練で、エミリーは銀に魔力を通せるようになった。

 まとった銀の鎧に魔力を通し、同じく魔力が通った銀の剣を掲げるエミリー。

 感慨深げな目で剣を見つめている。


「イェルド、これでできてる?」

「できてるよエミリー。剣にも鎧にもしっかり魔力が通っている。剣の力が格段に上がったのが分かるかい?」

「う、うん。魔力が通ったとたん、剣が別物になった感じ」


 エミリーの声が、彼女の高揚を示している。


「やはりエミリーさんは、イェルドさんと同じ、魔法剣士タイプですね」

刊行シリーズ

煤まみれの騎士 VIIの書影
煤まみれの騎士 VIの書影
煤まみれの騎士 Vの書影
煤まみれの騎士 IVの書影
煤まみれの騎士 IIIの書影
煤まみれの騎士 IIの書影
煤まみれの騎士 Iの書影