Ⅱ ③

「それもとびきり優秀な魔法剣士だな。アタシとしては戦士仲間が欲しかったけど」

「長く剣術もやってきたようだし、妥当だろう。エミリー、鎧の方はどうかな? 自分の体が魔法障壁で覆われているのを感じるかい?」


 確かめるように胸に手をあてると、エミリーは答える。


「う、うん。全身が守られてる感じがする」

「銀の鎧から発せられる魔法障壁が体全体を包んでいるんだよ。エミリーは今、魔力を帯びていない攻撃に対しては、百パーセント無敵になったわけだ」


 イェルドがエミリーにそう言ってから俺の方を向く。


「お前、剣を持ってこっちに来い」

「分かりました」


 訓練場に来て数時間、時おりエミリーが視線を向けてくるのみで、他は誰も俺を見ることは無かったが、ここへきてイェルドから指示が飛んできた。

 彼らにも、ちゃんと俺の姿が見えていたようで何よりだ。

 俺は刃が潰された鉄の剣をソードラックから取り出し、エミリーとイェルドに近づく。


「お前はその剣でエミリーに打ち込め。エミリーは防がず、そのままで居るように。いいね?」

「は、はい。よろしくね、ロルフ」

「ああ、分かったよエミリー」

「おい!」


 団長が気色ばむ。


「〝エミリー様〟だろう! 彼女は正規の騎士で、しかも幹部待遇だぞ! 弁えろ!」

「失礼しました。よろしくお願いします、エミリー様」

「えっ…………」


 エミリーががくぜんとしている。

 まあ、こういう展開になるよな。

 同じ部隊にエミリーが居た時点で大体予想はついていた。

 新入団員の情報は幹部たちには行き渡っているはずだ。

 俺を、元婚約者のエミリーに服従させることに意味があるのだろう。

 加護なき男をさいなむのは彼らにとって正当な行いなのだから。

 後ろに居るラケルとシーラの表情は分からないが、タリアン団長の口角が僅かに上がっている。

 イェルドはふんから一転、顔に侮蔑を浮かべて告げる。


「ふん、それでは打ち込め。打ち込む先はどこでも構わん」

「分かりました。行きます」


 踏み込んでエミリーの肩口へ、りに剣を振り下ろす。

 すると、剣はエミリーの二センチほど手前で止まった。

 なるほど、これが魔法障壁か。

 障壁と言っても壁にあたったような感じではなく、柔らかい何かに包まれるように剣が止まっている。

 剣を通して不可視の力を感じ、これは確かに破れそうもないと理解した。

 と同時に、俺の体が後ろに吹き飛ぶ。


「がっ……!?」


 ごろごろと転がって倒れる俺にエミリーが叫ぶ。


「ロルフ!?」


 立ち上がろうとするが、呼吸が定まらない。


「はっ……はっ……が、あぐ……」


 全身の神経を無理やりしにされたかのような熱と痛みが襲いくる。

 俺はうつぶせに倒れ伏したまま、胸を押さえて呼吸を整えようとする。

 揺れる視界をどうにか前に向け、何を食らったのか確認すると、半身をこちらに向けたイェルドが、左手にだらりと剣を持っていた。

 構えることも無く、直立のまま片手で剣を振り抜いたのだ。

 それだけで俺は吹き飛ばされたらしい。


「エミリー、見たかい?」

「イェルド! ロルフが!」

「聞くんだ。説明の途中だよ」


 そうだエミリー、説明を聞け。俺も知りたい。俺は戦う力を得て騎士になるためにここへ来たんだ。


「いま、あの男の剣は、エミリーの体に触れること無く止まった。エミリーの体を魔法障壁が覆っていたからだ。銀の鎧は、その表面積以上の障壁を展開できるから、鎧で守られていない部分も障壁が守ってくれる。きっちり君の全身を障壁が覆うよう、鎧は設計されているんだ」


 剣を肩に担ぎ、若干芝居がかった口調でイェルドは続ける。


「逆に、魔力を通した剣で、魔法障壁を張っていない相手を攻撃した場合、あのような結果になる。いま僕は片手で軽く振り抜いただけだが、あの男は豪快に転がっただろう?」


 そう、イェルドが行ったのは、殆ど攻撃と呼べないものだったはずだ。

 それでも凄い力で俺は吹っ飛ばされた。

 刃が潰された剣でなければ、確実に死んでいただろう。


「ではエミリー、問題だ。魔力を通した剣と、魔力を通した鎧がぶつかった場合はどうなる?」

「えっ……? えっ……?」


 エミリーは泣きそうな顔をして、俺とイェルドの間で視線を往復させている。

 優しい彼女のことだ、それよりロルフに治療を、と言いたいんだろう。

 だが自分の訓練に集中するべきだ。俺を顧みることは彼女にとってマイナスになる。

 それに治療は要らない。幸い骨折は無く、打撲と裂傷で済んでいる。こんなものはかすり傷だ。


「エミリー、あのぐらいで死にはしない。それより僕の質問に答えるんだ」

「あの……わ、分からない」


 両者の魔力とその練度による、ということだろう。


「魔力の強い方が勝つ。だが、魔力の強弱だけですべてが決まるわけじゃない。訓練次第で、より強力な魔法攻撃、魔法防御ができるようになる。分かるね?」

「う、うん」

「とは言え、やはり魔力の大きさが最も重要なんだ。だからこそ、強大な魔力を持つエミリーは騎士団にとって貴重な存在ということになるんだよ」


 多少の練度の差は魔力量で押し切れるというわけだ。

 魔力量はしんの秘奥で得たのち、増減することは無いから、そういう意味では、大きな魔力を得るということは、やはり極めて大きなアドバンテージになるのだろう。


「まあ、そのへんもおいおい覚えていこう。ひとまず今日はこんなところか。初日で装備に魔力を通せるところまで来れたのは上出来だよエミリー。やはり優秀だ」

「あ、ありがとうイェルド」

「期待してるぞエミリー。頑張ってくれ」

「はい、団長。ありがとうございます」

「それと……」


 タリアン団長がこちらを向く。


「ロルフだったよな? お前はこれからエミリーの従卒として働くように」

「分かりました」


 どうにか立ち上がり、息を整えて答える。

 予想どおりだ。


「えっ!? ど、どうしてロルフを? それに、私に従卒なんて」


 新入団員は、エミリーのような例外を除き、従卒となって先輩騎士に学ぶ。

 だが、数から言って当然だが、すべての騎士に従卒が付くわけではない。

 新任騎士のエミリーに従卒が付くのは理屈に合わないだろう。

 狼狽えるエミリーにタリアン団長が答える。


「騎士は、従卒に騎士の在り方を教えてやる必要がある。だがエミリーは騎士になったばかりなのだから、在り方など教えられないだろう? だから芽の出ようのない者をあてがったんだよ」


 なかなかに身も蓋もない言いようだ。

 じゃあそもそもエミリーに従卒を付けなければ良いということになるが、それを言っても無益だ。

 でもエミリーは言うだろうな。


「じゃ、じゃあ私に従卒を付ける必要は無いじゃないですか? ロルフだって、他の先輩騎士の方に付けば教えを受けられて……」


 そこまで言って黙るエミリー。

 他の誰に付いても俺は虐げられるということに思い至ったようだ。

 エミリーの心に負荷をかけるぐらいなら、俺としてはその方がよほどマシなのだが、これはどうにもならない。


「いえ……分かりました」

「知らぬ仲ではないのだろう? 面倒を見てやってくれ。で、お前も良いな? 聞いてのとおりだ。出来損ないなりに理解したか?」

「はい、団長」


 否やはない。俺は即答する。


「装備の手入れ、馬の世話、私室の掃除、やることは沢山ある。誠心誠意エミリーに仕えるように」

「分かりました」

「ロルフ………」


 悲しそうな顔をするエミリー。

 済まない。でも、俺には他に行くところなんて無いんだ。

 ここで剣にすがるしか無いんだ。

 こうして俺はエミリーの従卒としてきょうかく部隊に配属された。



 エミリーの従卒としての日々が始まった。

 日の出より早く起き、剣を持って本部棟の裏へ向かう。

 日中はあまり訓練の時間がとれないので、仕事が始まる前に訓練を行うのだ。

 訓練場は使わない。俺が自主訓練のために訓練場を使うことを良しとしない者が大勢いるからだ。

 重い鉄剣で、上下り、左右素振り、斜め素振り、跳躍素振りと行っていく。

 他の団員は素振りを殆どしない。

刊行シリーズ

煤まみれの騎士 VIIの書影
煤まみれの騎士 VIの書影
煤まみれの騎士 Vの書影
煤まみれの騎士 IVの書影
煤まみれの騎士 IIIの書影
煤まみれの騎士 IIの書影
煤まみれの騎士 Iの書影