Ⅱ ⑧
「エミリー様としては上官を信じたいでしょうが、団長が俺の価値を認めてくれることは無いと思いますよ」
「そ、そうとは限らないよ! ちゃんと話し合えばきっと!」
食い下がるエミリー。
俺を本気で案じていることが見て取れる。
「剣を諦めたとしても、それは弱さなんかじゃないよ。指揮卓の前でなら、魔力が無くても戦える。そうでしょ?」
そのとおりだ。
だが、俺が指揮卓の前に行くことを許す人間は、今のところ騎士団には居ない。
エミリーは俺の能力を信じてくれているが、他の者には俺を信じる理由が無いのだ。
エミリーには、そこが分からないのだろう。
それに俺は剣を捨てたくはない。
「エミリー様。軍略や部隊運営も
「ロルフは………その……」
エミリーは、言いづらそうに言葉を紡ぐ。
「剣を信じるのを、上手く止めることができないでいるんじゃないの? ……ずっと振ってきた剣が何とかしてくれるって、そう思いたいだけなんじゃないの?」
「そうかも知れません。剣も厄介な相手に
「……そっか」
それから、しばらく無言のまま空を見つめる俺とエミリー。
バックマン領に居るころは、こうしてよく一緒に星空を見たものだ。
それがもう
「ロルフ………。お父様から手紙が来たの。私ね……」
「はい」
「婚約者が決まった」
「…………」
「アールベック子爵家の長男。ケネトって人。知ってる?」
「ええ。アールベック領はこのノルデン領のすぐ隣ですね。長男は確かまだ十二歳でしたか」
「そう」
「…………」
「ひょっとしたら、その、ね。ロルフが騎士になって、それでみんなに認められたら、そしたら……」
そうしたら元の予定のとおり、俺がバックマン家を継いでエミリーの夫になれるかもしれない、か。
心臓が砕けるほどに悲しいが、それはあり得ない話だ。楽観というレベルを超えている。
だが、エミリーはそれを信じたくて、だから俺に、剣とは別の道を目指すよう求めてきたんだ。
なんと答えれば良いのだろう。
俺はエミリーが幸せでさえあれば、それで良い。
かと言って、
それは分かる。それは分かるが、正解が分からない。
魔力が無いことを恥じたことは無いが、こういう時の台詞をひとつも持っていないのは、やはり恥ずかしい。
婚約したことのある十六歳の男なら、普通は何か言えるはずだ。
しかし記憶の中を必死に探しても、一向に使えそうな台詞が見つからない。
万策尽きた俺は、エミリーの横顔を見つつ、口をついて自然に出てくる言葉に任せることにした。
「……部隊長になっても泣き虫ですね」
こちらを向くエミリー。
「……私泣いてない」
「泣いてます」
「涙出てないよ」
「でも泣いてます」
「…………」
本当に世界は残酷だと思う。
俺が祝福されない男だというなら俺だけが悲しい目に遭えば良いのに。
俺は
どうして俺じゃない人が悲しい思いをしなければならないのだろう。
「未来のことは分かりません。しかし言えるのは、エミリー様が俺を認めてくれても、加護なしへの風当たりは恐らくエミリー様が考えている以上だということです。叙任を受けたとしても、家を継ぐという目はまずありません」
「うん……」
俺はエミリーから視線を逸らさずに言う。
言葉が
エミリーも俺の目をじっと見ている。
「しかしどこかに道は繫がっているかもしれない。それを探すしか無いんです。そのためには愚直に剣を振っていても駄目なのかもしれません。エミリー様の言うとおりなのかもしれません」
「…………」
「でも、戦う術を放棄したら、剣を手放したら、そこで道が途切れるって、俺はどこかでそう確信しているんです」
「…………」
エミリーに胸の内をさらけ出す。
彼女に向けて語りながら、弱い自分に向けて言っているようでもあった。
「俺が剣を振り続けて、それが未来に繫がるかは分かりません。でも俺はそうするべきだと信じました。そして信じた以上は、そうする以外に無いんです」
「…………」
「何の裏付けも無いことを好き勝手に言ってるって自覚してます。でも、こうするよりほか無いんです」
「うん……分かった」
エミリーは頷いて答える。
「ロルフがそうするべきだと思ったんなら、私もそれを信じる」
「エミリー様……申し訳ありません」
「なんか、謝ってばかりだね。私たち」
「……そうですね」
エミリーに合わせて笑顔を作る。
上手く笑えているだろうか。
結局この夜、俺は何を信じて何を選んだのか。
自分のことなのに、よく分からなかった。



