Ⅲ ①
「第一騎士団への援軍ですか」
「そう。いまエルベルデ河で戦ってるでしょ? あそこに私たちも行くんだって」
入団から二年が
もっとも、実戦への参加機会が少ない第五騎士団では、このぐらいの期間、実戦から遠ざかるのも珍しいことでは無いようだ。
それでも久しぶりの実戦だからか団長らも気合いが入っているらしく、第五騎士団のほぼ全兵力が動員されるそうだ。
現在、王国の東端、エルベルデ河を挟んで第一騎士団と魔族が睨みあっている。
魔族側は河を防衛ラインとして王国最精鋭の第一騎士団を押し返そうとしており、王国側は河を突破して肥沃な流域を押さえたいと考えている。
第五騎士団は、その作戦の援軍に向かうのだ。
「出発はいつですか?」
「三日後よ」
「急ですね。援軍となれば仕方ないですが」
「すでに第一騎士団が優勢らしいんだけどね。でもこれ戦略上かなり重要な作戦だから、援軍を入れて盤石にしたいみたい」
盤石にしたい、か。
勝機をモノにするための援軍ということらしい。
「エルベルデは一か月ぐらい
「うん。いまチャンスらしいよ」
逆に言えば、ここを逃せばまた膠着状態に入ってしまう可能性があるわけだ。
王国としては何としてもモノにしなければならない。
「ロルフ、頑張ろうね!」
「はい。ところで行軍計画は誰が?」
「団長が兵站部を指揮して作ってるよ。大急ぎでね」
「この作戦、戦いは元より行軍がハードです。真夏のベリサス平原を突っ切って最短を行けば部隊が消耗し過ぎます。涼しいシュウェル大森林に入って行軍する必要があるでしょう。あそこなら水も確保し
「そ、そっか。そうだね。そのへん考えるよう言っておくよ」
それから出発までの間、第五騎士団全体が慌ただしい空気に包まれた。
皆高揚しているが、浮足立っているようでもあった。
出発までの間は訓練も休みだが、俺は朝晩の一人稽古をいつもどおり行い、平常心を保つよう心掛けた。
出発の前夜、剣を振り終えた俺は東の空を見上げる。
魔力の無い俺にできることはあるだろうか。
戦場に役割を見出せるだろうか。
それを探さなければならない。
いま第一騎士団が戦っている遠い地の空に、そんな思いを
◆
「ロルフ、ごめん」
出発の日、エミリーが開口一番謝ってきた。
加護なしは留守番せよ、もしくは、行軍計画がこの間話したとおりにならなかった、のどちらかだろう。
前者なら俺が困るだけだが、後者だと……。
「行軍ルート、ベリサス平原を突っ切ることになったの。シュウェル大森林のルートを主張したんだけど」
「そうですか。俺の発案だと言ってしまったのでは?」
「うん……」
申し訳なさそうに、胸の前で両手の指をこすり合わせるエミリー。
「それは言うべきではありませんでしたね」
「あ、あのね。ベリサス平原を通れば七日で到着できるけど、シュウェル大森林のルートだと九日ぐらいかかっちゃうし、スピードが重要な援軍計画で、わざわざ
エミリーは何故か俺に釈明を始める。
そんな必要があるはずも無いのだが。
「そうですね。スピードが重要なのはそのとおりだと思います。第一騎士団が待っていますから」
「うん。まもなく出発だよ。準備できてる?」
「はい。大丈夫です」
第五騎士団は、王国東端、エルベルデ河への行軍を開始した。
だが俺は、意気揚々という気分にはなれなかった。
◆
俺は、その部隊長であるエミリーの馬を引いて黙々と歩く。
朝出発してから、五時間ほど歩き続けていた。
馬上のエミリーが声をかけてくる。
「ロルフ、大丈夫?」
「問題ありません」
周りを見まわすと、皆、照りつける太陽に口数が少なくなっていた。
従卒以外にも、兵種によって馬を持たない者は居るが、その誰もが険しい顔で息を荒げている。
「シュウェル大森林のルートを献策したそうだな。涼しい森をのんびり行く方が良かったか? 加護なし」
「はい。イェルド様」
「請われて援軍に行くというのに、涼みながら遠回りとはな」
「急いで戦場に着いても、部隊が疲弊して役に立たないのでは意味が無いと考えました」
ちっ、と大きな舌打ちのあと、イェルドが馬上で声を張りあげる。
「おい、いいか加護なし! 馬を引いて無様に歩くお前がどれだけ疲れても、部隊の戦力には何も影響しない! そんなことも分からないのか?」
「つーか、でくの坊はデカいわりに軟弱だねえ。暑さぐらいで疲れるとか言ってんなよ」
「失礼しました。イェルド様、ラケル様」
それから昼食を経て、陽光が
二時間、三時間と経つうち、段々と行軍速度が落ちていくのが分かる。
馬上の者たちも、言葉を発することが少なくなっていた。
皆を渇きが襲っているが、大森林と違ってここには小川の類もなく、水を現地調達できない。
よって物資の消費計画に沿って水を飲むしか無いが、早くも不足が生じていた。
じりじりと照り付ける太陽が、容赦なく皆の体力を奪っていく。
そこかしこから、ぜえぜえと荒い呼吸が聞こえる。
目が焦点を失っている者も出てきた。
「……おい、加護なし」
「はい」
「休みたいだろ?」
「いえ、大丈夫です」
「さすが背信の徒は
そのとおり。陽光を遮るものがどこにも無い平原の真ん中では休憩にならない。
休憩のためにいちいち天幕を張るわけにもいかないしな。
「心得ています」
「ふん」
「でも大丈夫ということは無いでしょう。従卒さんもだいぶ汗をかいていますよ。格好をつけたいのは分かりますが、騎士になりたいのなら噓を吐くのはおやめなさい」
「いえ、大丈夫ですシーラ様。このぐらいの発汗は問題ありません。ただ塩分の不足には警戒する必要がありますが」
「塩分?」
炭鉱夫などは、夏場は塩をなめたりするのだが、ここに居る貴族たちにそんな知識は無いようだった。
「ロルフ、だから昼食の時、塩をなめろって言ってたの?」
「はい」
「アホらしい、のど渇いてんのに塩なめてどうすんだよ」
そんなことを話しながら東進する俺たち。
夕方を迎えてもなお気温は高かった。
隊列は乱れに乱れ、馬上の者たちは、馬の背に目を落としたまま何も話さなくなっていた。
それでも第五騎士団は、何とか一日目の予定地点まで
しかし、もはや
団長の周りに幹部たちが集まり、野営の予定を話し合っている。
「では
「分かりました団長」
「エミリー様、発言してもよろしいですか?」
「えっ? う、うん、いいわよロルフ」
エミリーの
言わなければマズい。
「天幕を張らずに夕食を摂り、小休止ののち再出発して夜間に行軍するべきです」
「太陽が出ていないうちに距離を稼ぐべきだと?」
「はい。そのとおりです団長」
「加護なし、弁えろ。夜間の行軍など訓練していない。そんなことをぶっつけ本番でやって良いはずも無いだろう」
イェルドが声を低くして凄むように言う。
「イェルド様、夏季の夜間行軍は戦史にしばしば見られる話で、さして非常識な作戦ではありません。まして自領内、そのうえ勾配も遮蔽物も無い平原です。危険は少ないかと思われます」
「少ないだけで、無いとは言えんだろう!」
「予定より二割多く水を消費しています。しかも使用をかなり抑えてです。このままでは、到着前に脱水症状で多くの団員が離脱します」
「黙れ! 出来損ないの分際で分かったような口をきくな!」



