Ⅲ ③
第一騎士団側は、いま戦闘にあたっている部隊長は欠席。それと団長席がまだ空席だった。
「申し訳ありません。ティセリウス団長は間もなく来られます」
「承知した」
リンデルの言葉にタリアン団長が答えてから数分後、二十代半ばの女性が現れた。
全員が起立して迎える。
軽いパーマのかかった長いピンクブロンド。百七十センチほどの体に銀の鎧と赤いマントを纏っている。
ほぅ、と第五騎士団側の誰かから熱を帯びた
筆舌にし難い美女を見たからか、それとも国中に名を知られる英雄を目の当たりにしたからか。
王国最強の騎士。第一騎士団団長、エステル・ティセリウスだ。
「遅れて済まない。団長のティセリウスだ。遠路踏み越えての援軍に感謝する」
「ティセリウス団長、ご無沙汰しています」
「ご無沙汰しております、タリアン団長。この度のご助力、まことに痛み入ります」
ティセリウス団長に促されて全員着席する。
従卒は座席の後ろに立つ。
ここに居る第一騎士団の従卒は三名、第五騎士団は俺だけだ。
俺は、第五騎士団側、第一魔導部隊の部隊長席に目をやった。
そこにはフェリシアの姿があった。
大きな魔力を得て将来を嘱望された彼女は、期待に応えて才能を開花させ、入団から一年で部隊長になったのだ。
当然叙任も受けて騎士になっている。
魔導部隊は馬を用いないが、幹部である彼女には行軍用の馬が与えられている。
そのためか、見る限り行軍の疲労は深刻ではないようだ。
フェリシアは、一瞬こちらをちらりと見て、すぐに視線を戻した。
そこへ、ティセリウス団長の
「それでは軍議を始める」
俺やエミリーやフェリシアにとって初めての戦場。初めての戦い。
それが幕を開ける。
◆
両騎士団の幹部たちを見まわし、ティセリウス団長が改めて口を開く。
「知ってのとおり、エルベルデ河流域は、四十五年前に王国が魔族から奪取した。そしてこの地にデゼル大橋を建設したが、二十年前に対岸を魔族に奪い返され、今に至る。この肥沃な流域を押さえることは王国にとって極めて重要であり、すなわちこの作戦は失敗できない」
幹部たちは真剣な面持ちで傾聴している。
エミリーとフェリシアも、緊張した表情で背筋をぴんと伸ばしていた。
「現在、我々はデゼル大橋から対岸への到達を試みている。デゼルは幅二十五メートル、長さ百二十メートルの巨大な橋だが、それでも戦域としては狭く、大きな兵力を投入することはできない。攻めあぐねている状況だ」
一拍おいて、ティセリウス団長は告げる。
「そこで、第五騎士団を援軍に得て、我々は渡河による対岸到達を図る」
第五騎士団の面々がざわつく。
総隊長のひとりが挙手して質問した。
「どのような方法で河を渡るのでしょうか?」
「詳しい作戦内容は、副団長のフランシス・ベルマンから説明する。フランシス、頼む」
はい、と答えて五十代とおぼしき白髪の男が起立した。
「渡河方法は
「徒? この大きなエルベルデ河で、そんなことが可能なんですか?」
「可能です。
ベルマン副団長が総隊長に説明すると、今度はシーラが発言を求めた。
「河を渡る場所は決まっているのですか?」
「こちらの地図をご覧ください。渡河ポイントは四点。同時に渡ります。ここと……ここ、それからこっち、そしてここです」
副団長が地図に赤丸で指し示すと、第五騎士団からどよめきがあがった。
イェルドが顔色を変えて問う。
「よ、四点ともデゼル大橋から百メートルと離れていません。つまり対岸に展開する魔族軍からも丸見えです。敵の眼前で堂々と渡河に及ぶのですか?」
「そうです。渡河可能なポイントが限られているうえ、そもそも流域は常に
「いや……しかし……エミリー、どう思う?」
「ええっと、こちらは援軍を得て数で勝るのだから、デゼル大橋から離れた場所へ兵力を分散させたりはせず、物量を
そう。そのへんの考え方は、さっき丁度エミリーと話したのだ。
「具体的にはデゼル大橋に間断なく戦力を投入して敵を釘づけにしつつ、渡河部隊が四点同時に敵の防衛ラインへ穴を開けにいって、敵の対応能力が限界に達するまで押し込む……ということだよね?」
エミリーがこちらを振り返る。
俺は無言で小さく頷いた。
「理解が早いですな。そのとおりです」
「ベルマン副団長、物量が必要だから舟による渡河ではなく、要員を直接徒で送り込むということですか?」
「ご推察のとおりです、タリアン団長。負傷者の収容用に小舟も
「ふむ……担務は?」
「デゼルは引き続き第一騎士団が担当します。ここの指揮系統を変えるのは危険なので。渡河ポイントのうち一つは同じく第一が。残り三ポイントは第五騎士団にお願いしたく」
第五騎士団の面々が顔を見合わせるなか、フェリシアが挙手した。
「渡河部隊の防御策はどのようにお考えですか?」
「水に
「分かりました。タリアン団長、第五騎士団の隊列については少し調整させてください。魔導士によって有効範囲が違いますので、安全マージンを考えつつ最適なものに組み直します」
フェリシアの提言は理に
タリアン団長がティセリウス団長に訊く。
「ティセリウス団長、構わないかな?」
「ええ。もちろんです」
「ではバックマン部隊長、そのように頼む」
「はい」
フェリシアが頷くと、続けて幾つかの質疑が為された。
そして、ひととおりの確認が終わり、タリアン団長が作戦内容に異議が無いことを伝えると、ティセリウス団長が皆を見まわして告げた。
「明日の正午、作戦を開始する。第五騎士団諸君は十分に休息をとって欲しい。以上、解散」
皆、席を立ち、それぞれの天幕に戻っていく。
第五騎士団の天幕も、すでに張られている。
皆がガヤガヤと歩き去るなか、ティセリウス団長がタリアン団長に近づいて話しかける。
「タリアン団長、重ねてよろしく頼みます」
「ええ。微力を尽くします」
「見たところ皆かなり疲労の色が濃いようです。予想よりお早いお着きでしたし、シュウェル大森林をよほどの強行軍で来られたご様子。今夜はゆっくりと休んでください」
「ああ、いや……」
言いよどむタリアン団長。
「我々はベリサス平原を来たのですよ」
「ベリサスを? それでよくご無事で……」
「ま、まあ、首尾良くいきました」
「そうですか」
ティセリウス団長の声には呆れが含まれているようだ。
両団長のやりとりを見ていると、背後からエミリーが近づいてきた。
「ロルフ、ご苦労さま」
「お疲れさまです、エミリー様」
「今日はもう休んで良いわ。七日間、歩きどおしで疲れたでしょう? ゆっくり休んでね」
「いえ、まだ休めないかと」
エミリーが「え?」と言うと同時に、タリアン団長から声がかけられる。
「エミリー、貴公の従卒に、この会場の撤収をさせてくれ」
「あ、は、はい。分かりました」
エミリーが申し訳なさそうにこちらを見る。
仕方ない。こういう雑用を第一だけに任せてしまっては色々と良くないしな。
「では、第一の従卒の皆さんと共に会場を撤収します」
「うん。ごめんね」
では失礼します、と言いかけたところに、今度は別の方向からエミリーに声がかかる。
「エミリー・メルネス殿」
「リンデル隊長。軍議、お疲れさまでした」
「お疲れさまでした。私のことはエーリクで」
「分かりましたエーリクさん。私もエミリーでお願いします」
「ありがとう、エミリーさん」



