Ⅲ ⑩

「エミリーさんが対岸に来ていなかったら、渡河部隊を守り切れなかったかもしれません。それにあの美しい魔法剣。戦場で肩を並べることができて、本当に幸運ですよ」

「……ありがとうございます、エーリクさん」


 エミリーを見つめる目に熱を込めるエーリク・リンデル。エミリーの返答は素っ気ないが。

 ティセリウス団長に追随して彼も対岸に走り込んでいたらしい。

 そしてティセリウス団長とエミリーとリンデルで、渡河部隊を攻撃する敵を抑え、部隊を守ったのだ。

 普通、たった三人でできることではないが、王国最強のティセリウス団長と、第五騎士団で随一の火力を持つエミリーが居れば、支流解放によって河の流れが収まるまでの短い時間を守り切ることは可能だったようだ。

 敵の指揮系統の乱れなど、爆破後に見られた戦場の混乱も上手く作用したのだろう。

 結果、フェリシアら渡河部隊は、損害を出しながらも河を渡り切った。

 そして物量を活かして敵を押し込み、駐屯地まで攻め入ったとのことだ。


 それらのことを話しながら、俺たちは駐屯地の入口付近まで退がってきた。

 そして後方に詰めていた部隊と合流する。


「第五のきょうかく部隊隊長、メルネスです。部下のバックマンの治療をお願いします」

「これは……重傷ですな。すぐにこちらへ」


 回復班の騎士がそう言うのと同時。

 横合いから燃え盛る魔法の槍が飛来した。


灼槍ヒートランス』の向かう先はティセリウス団長だった。

 団長麾下の魔導士が、とっに障壁を張る。

 ずどん、と爆音をあげ、炎の槍が壁に爆ぜた。


「敵襲!!」


 リンデルが声を張りあげ、剣を抜く。

 剣を向けた先に、魔族たちが居た。


「……私としたことが、伏兵に気づかないとは」


 ティセリウス団長がみする。


「団長、仕方ありません。ここは敵の駐屯地内です。先ほど団長がおっしゃったように、地の利は完全に向こうにあります」

「理由にならんよ」


 リンデルの慰めは一蹴された。

 なにせこちらは後詰めの部隊と合わせて三十人ほど。対して敵は約六十人。

 マズい状況だ。

 だが伏兵は、王国軍が陣地の深くまで攻め入ったタイミングで、前線との挟撃に持ち込むつもりだったはずだ。

 目論見どおりに行かなかったのは向こうも同じだろう。

 本当に、戦場ではそうそう計算どおりになど行かないものらしい。

 俺は今日それを何度も思い知らされている。


「回復班、退がれ。私が前に───」

「!!」


 凄まじい気配を感じた。

 殺気とも違うなにか。

 暴力的で本能的で、剝き出しの攻撃衝動が向かってくる。

 適切な言葉を探すなら〝獣性〟だろうか。

 折れていない右手で剣を抜き、目の前に向けて斬りつける。

 獣性を察知してからコンマ数秒。

 抜いた刃の先に魔族が現れた。


「なっ!?」


 瞬きするほどの間に目の前まで踏み込んできた獣性の主は、首筋を襲う剣に驚愕の声をあげる。

 だが加護なしの剣は、魔族の体に届かない。首の数センチ手前で刃がぴたりと止まった。

 更にコンマ数秒ののち、ティセリウス団長が事態を把握する。


「せいっ!」

「ちっ!」


 ティセリウス団長の剣がひらめいた。

 獣性の主は、その剣を間一髪で躱す。

 そして一瞬で後ろに跳んで魔族の隊列に戻っていった。


「今のはどういうこと……?」


 その魔族は女だった。

 疑問の声をあげ、俺を睨んでいる。

 十七歳の俺より更に年若く見える。

 子供と言って差し支えない外見だ。

 両手に持つ短剣が似つかわしくない。

 だが、今の攻撃はとんでもないスピードだった。


「ロルフ! 大丈夫!?」


 エミリーが俺に駆け寄る。


「ええ。あれは魔力による身体強化でしょうか」

「そうだ。外見に惑わされるな。危険な相手だぞ」


 そう言って、ティセリウス団長が剣に炎を纏わせる。

 ごうごうと音を立て、剣の周りを炎が渦巻く。


「『焰洪穿ブレイズスラスト』!!」


 ティセリウス団長が剣を突き出すと、業火が一直線にほとばしり、敵の隊列に穴が開く。


「ぐわぁっ!」

「散開してティセリウスを討て! 固まってるとアレにやられるぞ!」


 魔族も動きが速い。

 すかさず左右からティセリウス団長に襲いかかる。


「させるか!」


 リンデルほか団長麾下の騎士たちが抗戦する。

 両軍が斬り結び、けんげきの音が響き渡る。


「くぅっ!」


 だが、数に劣る騎士たちはたちまち押し込まれる。


「エーリクさん! 下がって!」


 リンデルが下がり、そこへエミリーが踏み込んで、剣を横に薙ぐ。


「『雷迅剣フィアースヴォルト』!!」


 雷撃が扇状に広がり、魔族たちに襲いかかった。


「がああぁぁぁ!」


 数人の敵がまとめて沈む。

 その一方で、敵の魔導士が魔法を放とうとする。

 だがティセリウス団長の剣がそれを妨げた。


「せっ!」

「ぐあ!!」


 彼女は、エミリーやリンデルが敵前衛の攻撃に対応できると瞬時に判断し、自らはすでに敵の隊列深くへ切り込んでいた。

 そして流麗としか言いようの無い剣さばきで、次々に敵を斬り伏せていく。


「囲め! 同時にかかるんだ!」


 焦燥に満ちた声で、敵から号令があがる。

 それに合わせ、魔族たちはティセリウス団長を囲んで一斉に斬りかかった。

 ティセリウス団長は少しの動揺も見せず、せいひつさすら感じさせる、無駄も淀みも無い動きで、周囲に円を描くように剣を振り抜いた。


「『火奉輪レヴィアクリメイト』」


 瞬間、ティセリウス団長の周囲に火柱が吹きあがり、敵を炎の中に葬り去っていく。


「ぐわあああぁぁ!」


 彼女だけで三十人近く倒している。

 凄まじい強さだ。

 デゼル大橋の戦いでは、橋を壊さないよう力をセーブしていたのだ。

 王国最強の騎士、エステル・ティセリウス。

 その美しく破壊的な剣は、まさに別次元のものだった。

 エミリーらと少人数で渡河部隊を守り切ったという事実にも頷ける。

 そんなティセリウス団長の表情が、一瞬で険しいものに変わった。

 同時に、俺も察知していた。

 俺は再び剣を振る。

 その剣は、俺に飛びかかっていたあの魔族の女の、またもや首筋の数センチ手前で止まっていた。


「くっ!!」


 魔族の女は即座にバックステップで距離を取る。


「……なんで反応できるの?」

「なんとなく」

「……そう。あと、なんで剣を止めるの?」

「別に止めたいわけじゃないんだけどな」

「なんのつもりか知らないけど!」


 女が躍りかかり、更に攻撃してきた。

 両手の短剣を巧みに操り、間断なく斬りかかってくる。

 やはり凄いスピードだ。

 だが見えている。

 そして躱せる。

 しかし。


「ぐぅっ!!」


 魔力を通した短剣に対し、俺にはまったく防御手段が無い。

 刃を躱しても、刀身に纏われた魔力が俺を捕らえる。

 俺は胸を横一文字に斬り裂かれた。


「ロルフ!!」


 エミリーが叫んだ。

 骨までは達していないが、派手に血が噴き出る。

 まだこんなに血が残っていたのか。

 視界がおぼつかなくなってきた。

 いよいよヤバい。


「えっ? これは……」


 一方、魔族の女はいぶかしんでいる。

 魔力を一切持たない人間になど会ったことが無いだろうからな。

 その時。

 駐屯地の奥の方から、の音が三度響いた。


「……っ!」


 魔族の女が顔をゆがめる。


「これ、撤退の合図だろ?」

「そうね」

「じゃあ行ってくれないかな」

「また会えるかしら?」

「さあ、どうだろうな」

「…………」


 次の瞬間、魔族の女は目の前から消えた。

 同時に俺は膝をつく。

 さすがに限界だった。

 もう一歩も動けない。

 あの女以外の魔族も退いていく。

 駐屯地の奥を見やると、魔族軍が高台に抜けて撤退していく姿が見えた。

 終わったようだ。


「ロルフ! 血が……! こっち、回復班の方! お願いします!」


 叫びながらエミリーが駆け寄ってくる。

 少し離れた場所に居たティセリウス団長がこちらを振り返る。

 そこへ火矢が飛んできた。

 撤退中の敵が放ったものだろう。

刊行シリーズ

煤まみれの騎士 VIIの書影
煤まみれの騎士 VIの書影
煤まみれの騎士 Vの書影
煤まみれの騎士 IVの書影
煤まみれの騎士 IIIの書影
煤まみれの騎士 IIの書影
煤まみれの騎士 Iの書影