第五章 ヴァイス、娘の為に奔走する ②

 先生は五十年以上ずっと帝都で一番だった。それがついに更新されて、気持ちに一区切りついたってことはあるかもしれないな。


「あ、もしかしてこの人が店長がたまに話してた────」


 店員が思いついたように声をあげる。そういえば自己紹介をしていなかった。


「ヴァイス・フレンベルグという。先生の教え子、という事になるか」

「一番の問題児だったね」

「うっせえ」


 俺が問題児なら先生は問題大人だっただろうが。こうして話している間にも先生の破天荒エピソードが記憶の底からどんどん湧き出てくるくらいだ。

 先生は不意に押し黙ると、さっきから店の隅っこで商品のローブを着ようと悪戦苦闘しているリリィに視線を向けた。


「────あの子、どうしたんだい」


 一瞬で、先生が気付いてると分かった。


「リリィは孤児だったんだ。一年前から俺が育ててる」

「可愛いですよねリリィちゃん。水色の髪もお洒落で。ああいうエルフもいるんですね」

「生まれつき水色らしい。そういうエルフがたまにいるんだと」

「そうなんですね…………私、リリィちゃんの所に行ってきます」


 リリィはローブに頭を突っ込み、袖の穴から頭を出そうと頑張っていた。店員が見かねてリリィの所へ歩き出す。

 店員が充分離れたことを確認すると、先生が口を開いた。


「…………あの子、どうするつもりなんだい」

「別に何も考えてないさ。一人でも生きられるようにしてやりたい、と思ってはいるが」


 普通のエルフより生きにくい人生になるのは間違いない。リリィにはいずれ訪れる困難に負けない為の力をつけて欲しいと思っている。それが、親としての役目だ。


「一丁前に親心かい」

「まあな。誰だって娘には幸せになって欲しいと願うものだろ」


 俺の言葉に、先生は乾いた声をあげて笑った。問題児がいつの間にか親になっていたのが愉快だったのかもしれない。


「それはそうだ────なら、あの子を守る為に優秀なローブがいるんじゃないかい?」


 深いしわが刻まれた顔の奥で、先生の瞳が力強く輝いた。商売人の目だ。


「それはそうなんだが…………市販品でそこまで差が出るのか? いや、先生の腕を疑ってる訳じゃないが」


 ローブの性能はその大部分が素材で決まる。それなりのコネと流通ルートを持っている高級ブランド品が優秀なのはその為で、逆に言えば技術で差が出にくい。


「そうさねえ、はっきり言ってそこまで差は出ないよ────市販品ならね」


 含みのある先生の言い方に、俺は眉をひそめた。


「…………ヴァイス、アンタあの子に良いローブ着せてやりたいんだろ?」


 俺達の視線の先では、店員にローブを着せて貰ったリリィが笑顔ではしゃいでいる。可愛い。


「当然だ。帝都で一番────いや、世界で一番のローブを着せてやりたい」


 俺の言葉を聞いて、先生はニヤッと笑った。


「────その言葉を待ってたよ。なあヴァイス…………クリスタル・ドラゴン、狩ってきてくれないかい」

「…………クリスタル・ドラゴンだと?」


 ────クリスタル・ドラゴン。

 それは────『この世で最も討伐が難しい』と言われている、最強のドラゴン。

 全身が魔力を吸収する結晶で覆われているそのドラゴンは…………『魔法使い殺し』の二つ名で呼ばれていることを俺は知っている。



 帝都ぶらり旅から帰ってきた俺達は、商業通りで買ったお菓子を食べながらソファでくつろいでいた。


「リリィ、ちょっといいか?」

「んー?」


 名前を呼ぶと、リリィがとてとてと寄ってくる。ほっぺたにはさっきまで食べていたケーキのクリームが付いていた。


「パパな、明日ちょっと出かけないといけないんだ」


 クリスタル・ドラゴンは帝国領の端、グエナ火山にのみ生息している。普通の方法で移動しようとすれば二日、改造魔法車をノンストップで走らせても三時間は掛かる。討伐する時間も考えれば、丸一日掛かると思っていた方がいいだろう。

 クリームを拭き取りながら告げると、リリィは涙目になった。


「りりーおるすばん…………?」

「…………そうだ。でも一人じゃないぞ。ジークリンデおねーちゃんが遊びに来てくれることになってるんだ」

「う~…………」


 …………あれ、思ったよりテンション上がってないな。昨日は最終的に結構おしゃべりしてたような気がするんだが。


「りりーもいっちゃだめ…………?」


 リリィが瞳に涙をめて、上目遣いに見つめてくる。反射的に「いいよ」と言ってしまいそうになるが、今回ばかりは連れて行く訳にはいかない。喉元まで出掛かった言葉を俺はぐっと飲み込んだ。


「…………ごめんな。今度またお出かけしような」

「うん…………」


 頭を撫でても、リリィの機嫌は復活しなかった。

 その日の夜、リリィは枕を持って俺の部屋を訪ねてきた。これで二日連続だ。


「…………いっしょにねる」


 ベッドに入れてやると、リリィは俺の腕を抱き締めながら眠りについたのだった。



 翌日。


「さて、行くか。ジークリンデ、リリィを頼んだぞ」

「任せておけ。夜には私のことをママと呼んでるさ」

「…………あんまり変なことさせるなよ」


 自信満々の表情を浮かべているジークリンデとは裏腹に、俺は早くも不安な気持ちになった。


「…………ぱぱいってらっしゃい」

「いってきます。おねーちゃんとなかよくな」


 脚に抱き着いてきたリリィの頭をそっと撫でてやる。

 …………リリィは俺から離れることに不安を感じている。しかし学校が始まればそうも言ってられない。今のうちからこういうことに慣れさせておく必要があった。寂しいだろうが…………耐えてくれ、リリィ。その代わり、最高のローブを着せてやるからな。

 そんな訳で、朝うちを訪ねてきたジークリンデとバトンタッチする形で俺はクリスタル・ドラゴン討伐に出発した。

 移動方法はエスメラルダ先生に用意して貰った改造魔法二輪車。普通の魔法車と違うのは、『スピードに制限がない』という所。魔力を込めれば込めるだけスピードが出る。

 俺が乗れば、この世で最も速く飛ぶと言われているソニック・ドラゴンよりも速く走るだろう。

 俺は先生の店で二輪車を借りると、帝都の門をくぐりアクセルをフルスロットルで回した。

 ────景色が一瞬で流れていく。魔力を車輪の回転に変換することのみに特化させた鋼鉄の馬が、唸りを上げて草原を疾駆する。


「この感覚、久しぶりだな」


 学生時代はジークリンデへの借金を返済する為によく乗り回していたのを思い出す。今はリリィのローブを作る為に乗っている。十年あれば人間変わるものだ。当時の俺は、まさか十年後自分に娘が出来ているなんて考えもしなかった。

 事故を起こさないように周囲に魔力を張り巡らせながら、俺はクリスタル・ドラゴンの生息地であるグエナ火山へと爆進した。



「…………どうすっかなあ」


 道中で考えるのは、クリスタル・ドラゴンの倒し方だ。

 まずは昨日調べた情報を整理しよう。分かりやすく魔法省の図鑑形式で思い浮かべてみる。

【名前】クリスタル・ドラゴン

【種族】ドラゴン

【体長】十メートルほど

【特徴】グエナ火山に生息するクリスタルを身に纏うドラゴン。主に鉱物を主食とし、結晶で出来た長角にエネルギーを凝縮させている。身体にちりばめられているクリスタルは魔力を吸収する性質を持ち、魔法による攻撃一切を無効化する。クリスタルの硬度は十段階評価の九。グエナ村では神の使いとしてあがめられている。帝国の定める討伐難易度は最高ランクのSSS。討伐記録は過去に一度しかなく、それも八十年ほど前。その時はアダマンタイトで出来たやりを使用したらしい。

 …………魔法省の図書室で得られた情報はこんな所だった。

 一応討伐記録があるから倒せなくはないらしいことは分かった。アダマンタイトはこの世に三種類しかないとされる硬度十の金属だが、その原料、精製方法、全てが謎に包まれている。金を積んで手に入る類のものではなく、よって俺には用意出来ない。物理攻撃で倒すってプランはナシだ。

刊行シリーズ

売れ残りの奴隷エルフを拾ったので、娘にすることにした2の書影
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