第五章 ヴァイス、娘の為に奔走する ③
となると自動的に魔法攻撃で倒すってことになるんだが…………御存知の通りクリスタル・ドラゴンに魔法攻撃は通用しない。クリスタル・ドラゴンが生成する鉱物には魔力を吸収する性質があるからだ。
「…………とはいってもなあ」
その話を聞いても…………俺にはどうしても自分の攻撃が無力化されるビジョンが湧かないのだった。
魔法攻撃を無力化するといっても、それは俺以外の話だろ、と思ってしまう。
魔力を吸収するとはいえ無限に吸収出来る訳がなく、単純な話、クリスタル・ドラゴンの許容量以上の魔力を流し込んでしまえばいいんじゃないか。これまでただの一人も魔法使いがクリスタル・ドラゴンに勝てなかったのは、それが出来る魔法使いがいなかったというだけの話。なら俺がその一人目になってやればいい。
魔法省の図鑑には魔法による討伐記録が追加され、俺は素材が手に入ってハッピー。リリィは最高のローブを身に纏う。まさに良いことずくめ。
さらに、だ。
エスメラルダ先生に聞いた所、クリスタル・ドラゴンの角はなんと杖の素材として最高品質らしい。それを聞いてしまえば、俺にはもうリリィの杖とローブが空を飛んでいるようにしか思えない。
グエナ村で神として崇められているんだか知らないが、倒しても俺の心は痛まない。俺は善人ではないからだ。
そんな訳で、俺はクリスタル・ドラゴンの事を「まあぶっちゃけ余裕で倒せるだろ」と楽観的に考えていた。
この時は、まだ。
周辺で鉱物資源しか取れないせいで帝都より数段低い文明レベルの生活を強いられているグエナ村をスルーし、俺は無事グエナ火山に到着した。太陽が丁度真上で輝いているから…………片道三時間といった所か。
クリスタル・ドラゴンは火山地帯の中でも最も過酷な火口付近に生息していて、普通の人間ならその姿を見る事すら叶わない。標高も高いし、足元には溶岩が流れている。その辺りも討伐例が一件しかない理由の一つではあるだろう。
俺は改造魔法二輪車に魔力でコーティングを施し火山を登っていく。
…………この鋼鉄の馬は、今厳密には地面に接していない。地面に敷いた俺の魔力の上を走っているのだ。溶岩でも岩石でも何でもござれ。
斜面を走り、ひたすら登り、雲が近くなってきたな…………と思っていたその時、不意に視界が開ける。どうやら火口付近まで登ったらしく、だだっ広いスペースが目の前に現れた。
視界いっぱいに広がる黒い地面は冷えた溶岩。その上をぐつぐつ煮立った真っ赤な川が流れている。その元を辿っていけば…………また一つ少し高い山があり、真っ赤な大地の呼吸が噴き出していた。
「────いた」
まるで大地の怒りのような、
誰が呼んだか『魔法使い殺し』。
麓の村では『神の使い』。
俺の中では『空飛ぶリリィのローブと杖』。
────討伐難易度SSS、クリスタル・ドラゴンがその姿を現した。
「…………待ってろよリリィ。誰もが羨むピカピカのローブ、パパが着せてやるからな」
全身に魔力を流し、俺は溶岩に降り立った。
◆
────空中に描くのは、黄金に輝く
それら全てを対象に向け直線に並べ、出来上がるのは…………一撃に込め得る魔力全てを加速と貫通力のみに特化させた────言わば魔法版アダマンタイトの雷槍。
右手に込めた魔力が、引き絞られた弓矢のように今か今かとその時を待っている。
…………ヤバいかな。もしかしたら
「…………ま、いいか。別に一匹しかいない訳でもないしな」
どちらかというと火山が爆発しないかの方が怖い。ドラゴンを貫通した時に槍が地面に潜っていかないよう角度を調整してはいるが、衝撃波だけで火山が活性化しないとも限らない。
…………まあその時はその時か。とりあえず撃ってから考えよう。
「────ッ」
音はない。
瞬きをする間もなく────光速の雷槍が白銀の竜を捉えた。
…………のだが。
「────いやいやいやいや。おかしいだろ、何で無傷なんだよ!?」
必殺を確信し放った俺の魔法は────クリスタル・ドラゴンに触れるや否や、何もなかったかのように立ち消えてしまった。着弾時の衝撃もなく、本当にスッと消えてしまったのだ。
どういう素材か知らないが、あのサイズのクリスタルで吸収しきれるほど少ない魔力を込めたつもりはない。なにせ感覚値では帝都を半分貫く威力があった。
…………まさか、まさか本当に魔力を無限に吸収出来るとでもいうのか?
「…………うげ」
遠くでは、クリスタル・ドラゴンが首をもたげてこちらを睨んでいた。完全にロックオンされている。額に付いたリリィの杖が、俺に向かって真っすぐ伸びていた。
「これ…………もしかしてヤバいか?」
『ギャアァアアアアアアアッ!!!!!!』
白銀の竜が、その
クリスタル・ドラゴンの攻撃は何のひねりもない体当たりだ。そのご自慢の角で、俺を突き刺してやろうとでも考えているんだろう。この世に天敵が存在しないクリスタル・ドラゴンならではの大雑把で直線的な攻撃。だが、実際それで死ぬ。
────俺以外は。
「出来れば魔法だけで倒したかったんだけどな」
認めざるを得ない。
対魔法という一点において────確かにクリスタル・ドラゴンはこの世で最強だった。俺でも
クリスタル・ドラゴンとの距離はこの一瞬で半分ほど縮まっていた。あと数瞬の間に、俺は串刺しになって死ぬ。そういう未来を奴は想像しているはずだ。
「…………させるかよ」
俺は手ごろな溶岩塊を足元から拾うと、魔力を通して空中に浮かせた。昨日リリィが食べていたケーキくらいの手のひらサイズ。奴を倒すにはこれだけの大きさがあれば充分だ。
何も知らずにクリスタル・ドラゴンは真っすぐこちらに突っ込んでくる。
俺は対象との間に加速の魔法陣を三枚敷き、背中に生えているクリスタル目掛けて────溶岩塊を思い切り射出した。
バァン! という爆発音と共に、クリスタル・ドラゴンが大きくよろめく。魔法に対し無敵の性能を誇るクリスタルは、音速の溶岩塊と衝突し粉々に砕け散った。
「…………硬度九って別に割れにくい訳じゃないからな」
あの指標はあくまで『傷つきにくさ』を表しているに過ぎない。まあクリスタル・ドラゴンの生成する結晶は割れにくさも超一流なのだが、音速まで加速させてやれば溶岩石でも破砕させ得るという訳だ。並の魔法使いじゃそこまで物体を加速させる事は出来ないのかもしれないが、俺に出会ったのが運の尽きだ。
『グァ…………グルル…………』
『神の使い』はよろめきながらも立ち上がる。今の攻撃はあくまで背中の結晶に当てただけだ。かなりの衝撃こそあれど身体に傷はないだろう。
俺はクリスタル・ドラゴンの傍まで寄ると、付近に散らばっている結晶の破片を一つ拾い上げる。ドラゴンは立ち上がるのに必死でアクションを起こせない。それを尻目に、俺は指先ほどの大きさしかないクリスタルにありったけの魔力を
「…………凄いな、これは」
月明かりのようにぼんやりと発光する結晶は、俺の魔力を際限なく吸収していく。まるで大空に向けて魔力を放っているような途方もなさを感じる。指でつまめるほどの小さな破片にすら、俺は勝てないということか。分かってはいたがショックだった。



