第五章 ヴァイス、娘の為に奔走する ④

『ギャアァアアアアアアアッ!!!!!!』


 けいれんする脚で立ち上がったクリスタル・ドラゴンが咆哮を放つ。奴の中でやっと俺は『敵』になったのかもしれない。だがもう終わりだった。

 ────俺は魔力を吸収した破片をクリスタル・ドラゴンの口に放り投げる。白銀の竜は反射的にそれを嚙み砕いた。

 鉱石が擦れるような鈍い音が響き、クリスタル・ドラゴンの顔は跡形もなく吹き飛んだ。


「…………やっぱ体内は無耐性なんだな」


 とっに張った魔法障壁を解除して、ひとりごちる。一応俺の魔力で倒したんだが、これは『魔法で勝利した』という事にならないだろうか。多分ならないよな。試合に勝って勝負に負けた、みたいな気分で悔しさが残る。


「…………あ」


 足元を見て…………背筋が凍った。

 リリィの杖にしようと思っていた長角が、爆発のせいで粉々に砕け散っていた。素材として使えそうな大きい破片を探すも、見当たらない。


「…………これは…………もう一匹か…………」


 途端に肩が重くなる。

 …………確かローブは羽の部分を使うと言っていたか。俺は魔法かばんに素材を収納すると、がっくりと肩を落としながら魔法二輪車の方へきびすかえした。

 まあ…………口内にぶち込めば魔法だけで倒せることは分かったしな。次は上手くやれるだろう。貫通させれば角も綺麗に残るだろうし。


 …………結局俺は次のクリスタル・ドラゴンを見つけるのに四時間掛かり、帝都に帰ってきたのはすっかり暗くなった頃だった。

 久しぶりの長距離運転で身体は疲れているし、ジークリンデとリリィが上手くやっているかも気になる。直帰したい所だったが、残念ながらエスメラルダ先生の店に寄る必要があった。借りていた魔法二輪車を返さないといけない。

 表に二輪車をめてクリスタル・ドラゴンを狩ってきた事を伝えると、先生は小さな紙を俺に寄越してきた。見れば簡素な地図が記載されている。放射状に広がる特徴的な道から、帝都の地図だと予想出来た。


「これは?」

「私の工房さね。ドラゴンの素材、まさかここで広げる訳にもいかないだろう?」


 込めた魔力の分だけ収納量が増える魔法鞄にクリスタル・ドラゴン二頭分の素材を突っ込んできたものの、エスメラルダ先生の店には十メートル超級のドラゴンを広げられるスペースはどう考えてもなかった。地図に記載されている場所で素材の受け渡しをするということらしい。


「…………実は二頭狩ってきちまったんだが大丈夫か? 一頭目は角まで破壊しちまってさ。二頭目探してたらこんな時間になっちまった」


 俺の言葉に、エスメラルダ先生は眉一つ動かさない。顔中に刻まれた深い皺はまるで巨木の表面のように泰然としている。


「十メートル程度だろう? 一頭増えた所で問題ないけれどね、そんな沢山持ってきてどうするつもりなんだい? ローブ一着作るだけなら片翼で充分だよ」

「そっちで引き取って貰う事は出来ないか?」

「馬鹿言うんじゃないよ。そんな金持ってるように見えるかい」

「持っていないのか?」

「持っているに決まってるじゃないか」

「…………おい」


 相変わらず、息をするように噓をつく。


「だが、クリスタル・ドラゴンの素材に相場なんかないんだよ。市場に出回る事が殆どないからね。寿命を迎えた個体が運よく発見された時だけ、極少量が流れてくるのさ」

「そういうものなのか」


 魔法省で見た情報によるとクリスタル・ドラゴンの寿命は百年以上。個体数も多い訳ではないから、素材をお目にかかれる事なんてもう殆ど絶無に近いのではないか。


「有名ブランド工房に持ってきゃ言い値で買ってくれると思うけどね、『フランシェ』が毎年自分とこの工房の技術力アピールの為にマジックドレスを発表してるから、一番高く買ってくれるのは『フランシェ』かもねえ。クリスタル・ドラゴンの素材を使ったドレスなんて、何よりの話題になるはずだからね」


 マジックドレスという言葉に聞き覚えはないが、恐らく魔法的な加護が施されたドレスの事だろう。戦闘においてはドレスなど邪魔でしかない為、恐らく見て楽しむ類のものだと思うが…………興味がない訳ではない。

 クリスタル・ドラゴンの素材を使用した白銀のドレスを着たリリィを想像すると、ついにやけてしまう。喜ぶリリィの笑顔が目に浮かぶようだった。


「なら一頭は『フランシェ』に持ってく事にするか。金はいらないが、マジックドレスとやらには興味がある」


 そう言うと、先生は俺の脳内を見透かしたように笑みを作った。


「ヒッヒッ、悪ガキだったお前も変わるもんだねえ…………」

「別に、変わったつもりはないけどな」


 なにせ『神の使い』を一日に二頭も倒した男だ。グエナ村では今頃悪魔だと言われているかもしれない。




「…………ん…………」


 まぶたに感じる柔らかな朝のぬくもりが私を夢の世界から連れ戻す。枕元から手探りで眼鏡を探し当て目を開けると、精緻に作り込まれたベッドの天蓋から降り注ぐ白いレースのカーテンが視界いっぱいに広がっていた。

 私は憎らしげにそれを見つめ、小さく息を吐いた。


「…………どうして夢というものは、いつも肝心な所で覚めるのだ」


 今この瞬間も急速に覚醒していく頭の底の方で、ぼんやりと幸せな夢を見ていた感触がある。

 確かヴァイスが私をデートに誘ってくれたのだ。いや、私から誘ったのだったか。とにかく私たちは幸せそうにどこかを歩いていた。ああもう、どうして忘れてしまうんだ。

 今から寝たら夢の続きが見られやしないか────そんな考えがよぎりはするが、そう上手くいかない事は身に染みている。頭を振って上半身を起こすと、もう夢の欠片は完全にどこかに消えてなくなってしまった。この数年間、もう何度も繰り返した甘い夢との決別。

 幾度経験しても慣れはしないが、だが最近は、現実もそう捨てたものではないと思っている。

 ────「ヴァイス・フレンベルグと名乗る男が会いたがっている」と連絡があった時は、流石に驚いた。


『ヴァイス・フレンベルグ』といえば十年前から魔法省が探している男の名で、それは当然門兵にも周知されているはずなのだが、門兵も忘れてしまうくらいには彼の存在は風化していた。それも仕方のないことで、十年間全く足取りの摑めなかった男をわざわざ予算を投入して探す余裕は魔法省にもないのだ。未だに熱心に彼を探していたのは、恐らく私しかいなかったのではないか。

 …………なにせ十年だ。

 十年という歳月は、魔法省の新人職員だった私を長官補佐にするほどには長い。

 使える権力は日に日に増えていく。

 私に頭を下げる人間が日に日に増えていく。

 私しか知らない事が、日に日に増えていく。

 ────けれど、ヴァイスは見つからなかった。

 実家フロイド家の財力と魔法省長官補佐の権力、さらに陰で組織している私兵の武力。それら全てを総動員しても、この十年間彼の噂は全く集まらなかった。目撃情報の一つすら私の耳に入ってこなかったのだ。一体この十年、奴はどこで何をしていたのか。

 いい事ばかりではないのだろうな…………と私は推測する。

 何故なら学生時代のヴァイスは別に優等生ではなかったからだ。寧ろ、その逆と言っていい。成績こそ私を差し置いて首席だったものの、その素行はお世辞にも良いとは言えなかった。

 …………学生時代を思い返せば、ヴァイスとの記憶ばかりよみがえってくる。魔法学校において中心人物ではなかった私の学生時代の思い出といえば、その殆どがヴァイスと共に行動した時のものだ。


 ヴァイスは当時から『帝都の歴史上一番の天才』などとはやされていて、その気安い性格も相まって学校では人気者だった。常に人に囲まれていたヴァイスは、基本的に一人で過ごしていた私とは正反対の存在だった。


「お前、眼鏡外したら可愛いじゃん。似合ってないぞこれ」


 ────あれはいつだったか。

 場所は魔法学校の大図書館だったと思う。当時の私は暇さえあれば大図書館に籠もり魔法書をあさっていた。知識を蓄えるのは好きだったし、首席で卒業するよう親に言いつけられていた事も多大に影響していた。


「…………うるさい。眼鏡を返せ」

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売れ残りの奴隷エルフを拾ったので、娘にすることにした2の書影
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