第五章 ヴァイス、娘の為に奔走する ⑥
ジークリンデは平静を装っているつもりだろうが、よく見れば口の端が上がっていた。子供の素直な好意をぶつけられ、嬉しさ半分戸惑い半分といったとこか。
「では私は帰る。また何かあったら呼んでくれ」
ジークリンデは俺の横を通り過ぎ、家から出ていった。
「じーくりんでおねーちゃん、ばいばーい!」
玄関まで見送ると、リリィはジークリンデの背中が見えなくなるまで手を振っていた。
◆
翌日。
リリィを連れて、俺は『フランシェ』本店を訪れていた。余ったクリスタル・ドラゴンの素材でリリィのドレスを作って貰う為だ。
商業通りのメインストリート、その一番華やかな区画である高級ブランドが立ち並ぶ通りの一角にフランシェ本店はある。俺が学生時代やらかしてしまったという『ガトリン』本店跡地、現『ビットネ』本店の隣にあるのがフランシェ本店だ。
石造や木造の武骨な建築物が多い帝都だが、この区画の建物は珍しい素材を使ったものが多く、見ているだけでも退屈しない。色とりどりの魔石がちりばめられたフランシェ本店はその最たる例で、女性人気が圧倒的に高いブランドとなっている。
俺は近くにいた店員を捕まえて、事情を話すことにした。
「ク、クリスタル・ドラゴン…………ですか!?」
「そうだ。首から上は吹っ飛ばしちまったんだが、それ以外は綺麗に残ってる。引き取って貰いたいんだが」
「す、すみませんっ、少々お待ちください! 上の者に相談して参りますので…………!」
圧倒的に見た目重視です、と言わんばかりのひらひら満載ローブに身を包んだ女性店員は、驚いた表情を浮かべ、急いで奥に引っ込んでいった。
「ぱぱ、りりーあれみたい!」
リリィがぐいっと俺の手を引っ張る。リリィが指差す方向に目を向けると、広い店内の中央に真っ赤なドレスが飾られていた。店内は全体的にお洒落な雰囲気が漂っているが、中でもそのドレスは群を抜いていた。まるで貴族が着るような豪華なドレス。あれがマジックドレスとやらだろうか。
「よし、見に行ってみるか」
「おー!」
ドレスの周りには手を触れられないようにロープで仕切りが作られていて、その周りを数人の女性客が囲んでいた。その誰もが瞳をうっとりとさせてドレスを見つめている。俺は空いているスペースを見つけるとそこに身体をねじ込んだ。
「ふおぉおお…………!」
ホロに貰った服の中にはドレスチックな物もありはしたが、流石にレベルが違う。
恐らく人生で初めて見る本格的なドレスに、リリィは口を思いっきり開けて目を奪われていた。気を抜くとロープの下を潜っていこうとするので、俺はぎゅっと手を握り直した。
「…………凄いな、これは」
服にはあまり興味がない為、例えばドレスに縫い取られている花柄の
「一般の服に比べて、魔法具のローブはダサい」という当たり前でどうしようもない事実を覆してしまうような、そんなドレスだった。
「────お気に召されましたか?」
背後から声を掛けられる。
振り向くと、そこには先程の女性店員とエルフの女性が立っていた。服装からエルフの女性も店員だという事が分かる。エルフは人間より長寿で見た目の加齢変化も遅く、その女性は人間であれば四十歳ほどにしか見えないが、恐らく百年は生きているだろう。俺は一時期エルフの国に滞在していたことがあるから、エルフの年齢当てには自信があるんだ。
エルフの女性が一歩前に進み口を開く。勿論髪は緑色だ。
「クリスタル・ドラゴンの素材を提供してくださるというのは、お客様で間違いないでしょうか?」
「そうだ。アンタは?」
「申し遅れました。『フランシェ』のメインデザイナーを務めさせて頂いております、オーレリアと申します」
オーレリアは恭しく頭を下げた。
「メインデザイナー? なら、このドレスもアンタが?」
「はい。私がデザインさせて頂きました」
「凄いドレスだなこれは。アンタになら喜んで素材を提供したい」
「恐縮でございます。それでは、詳しい話をさせて頂きたいのですが奥によろしいでしょうか?」
「構わない────ほらリリィ、おねーさんと一緒に行くよ」
「ふおぉおお…………!」
足が地面にくっついてしまったかのようにドレスの前から動こうとしないリリィを引きずって、俺はオーレリアの背中を追った。
オーレリアに連れられて俺達は応接室に通された。ソファとテーブルがあるだけの簡素なレイアウトだったが、家具の質は魔法省の応接室より高い。『フランシェ』は魔法具ブランドの中ではトップという訳ではないが、それでも随分儲かっているらしいな。
「ふかふか、ふかふか」
「リリィ、大人しくしててな」
ソファの上で飛び跳ねるリリィを注意して大人しくさせる。リリィはじっとしていられず、ソファの上で身体をムズムズと動かす。
…………うーん、学校の授業が不安になってきたな…………
リリィはこれまで集団生活というものをした事がない。落ち着きがなくて授業中に迷惑をかけてしまわないだろうか。
「お待たせ致しました」
何事か準備をしていたオーレリアが俺の対面に腰を下ろした。テーブルの上に書類を数枚並べて、俺に差し出してくる。素材売却関係の契約書だろうか。書類に目を落とすと、やはりそのようだった。一度売却した素材は何があっても返還出来ない事や、売却額を他言しない事などが記載されている。
「うーん…………?」
リリィがテーブルに身を乗り出し書類に顔を近付けるが、きっと内容は理解出来ないだろう。日常会話で使用する言葉とこういう契約書の言葉は全く別物だからな。いくら知能の高いハイエルフとはいえ、教えていないことまでは分からない。
「契約書の説明の前に、物品を確認させて頂くことは可能でしょうか?」
オーレリアの真っすぐな視線が俺に向けられる。一見何の感情も感じさせない商売人の瞳だが、実際はそうではないはずだ。見ず知らずの若造が「討伐ランクSSSのクリスタル・ドラゴンの素材を売りたい」といきなり訪ねてきて、何の疑いもなく信じる事はありえない。
「この中に入ってる」
俺は魔法鞄をテーブルに載せた。一見すると何の変哲もない鞄だが、持ち主の魔力に応じて収納量が増える優れもの。持ち主以外が魔力を通すと中に何が入っているかが分かる。
「失礼致します」
オーレリアは断りを入れ、魔法鞄に手をかざした。
「…………ッ」
────眉を動かしたのは、内心ガセだと決めつけていたからだろうか。
「確認出来たか?」
「…………ええ、確かに。二体入っているようでしたが…………」
「頭が無い方を引き渡したい。角は使う用事があるんだ」
「…………承知致しました」
オーレリアの言葉には先程までのキレがない。視線を
討伐記録が殆どないクリスタル・ドラゴンをどうやって倒したのか?
引き取ってもトラブルは起きないか?
目の前の男は何者なのか?
…………果たして、どれほどの金額になるのか?
頭脳
「…………それでは、買取金額についてなのですが────」
頭の中の疑問にある程度決着をつけたのか、口を開いたオーレリアを俺は制した。
「金はいらない。その代わり条件があるんだ」
「…………条件?」
オーレリアが眉をひそめて身構える。クリスタル・ドラゴンがタダになる条件とは、一体どんな無理難題を言われるのかと考えているのかもしれない。
「まずはこの素材の使い方についてだ。『フランシェ』では毎年マジックドレスを発表しているな?」
「ええ…………
「次のマジックドレスはクリスタル・ドラゴンの素材で作って欲しい。可能か?」
「…………なるほど」
オーレリアは僅かに眉を動かし、魔法鞄に視線を落とした。



