第五章 ヴァイス、娘の為に奔走する ⑦
「────私もそのつもりではいます。初めて扱う素材ですので、お約束は出来かねますが」
「それで構わない────もう一つの条件だ。マジックドレスが出来たら、同じものをリリィの為に作って欲しい」
「りりー?」
急に名前を呼ばれたリリィが俺の方を向いた。そうだぞ、今リリィに着せるドレスの話をしてるからな。楽しみに待っててくれよ?
「…………え、っと…………それだけ、ですか…………?」
「そうだ。リリィのドレス姿が見たくてな。素材が足りないというならまた狩ってくるが」
「足りないという事は…………ですが、本当によろしいのですか…………?」
「問題ないさ。親子二人で生活するのに、金はそこまでいらないからな」
ジークリンデが家をタダで譲ってくれたお陰で、貯金もそれなりにあるしな。
「りりーどれすきれるの!?」
話をふんわり理解したらしいリリィが、期待の籠もった
「喜べリリィ、このおねーさんがリリィのドレスを作ってくれるって」
「っ~~~…………! りりーおひめさまになれる?」
「ああ、素敵なお姫様になれるぞ」
「えへへ…………りりーおひめさま…………」
ソファの上でリリィがテンションを爆発させた。
「ほらリリィ、ソファの上で跳ねちゃダメ」
「わわっ」
テンションが上がって暴れ始めたリリィを膝の上に抱えて、俺は契約書にサインしていった。
「リリィの採寸をしたい」と言うオーレリアにリリィを預け、俺はエスメラルダ先生の工房を訪れていた。採寸が終わったら店内を案内してくれるらしいので、リリィもきっと退屈せずに済むだろう。なにせ『フランシェ』は女性人気ナンバー1ブランドだ。
帝都は上空から見れば綺麗な円の形に広がっていて、中央に位置している魔法省を中心に栄えている。となれば当然、円の外側になればなるほど人口密度は低くなっていき地価も下がっていく。工房の倉庫はそういう場所に作られる事が多い。エスメラルダ先生の工房もそういった倉庫地域の一角にあった。
商業通りにあるこぢんまりとした店とは違い、こちらはとにかくだだっ広い。十メートル以上あるクリスタル・ドラゴンを広げてもまだ余裕があった。
「綺麗に
床に横たわったクリスタル・ドラゴンを見て先生が呟いた。口の中から細い魔法を貫通させた為、傷は殆どない。完品と言っていいだろう。
「こいつ、口の中は魔法耐性がないんだよ。『魔法使い殺し』ってのは誇大広告だったって訳だ」
「…………口内が弱点だった所で、普通の魔法使いには難しいと思うけどねえ。基本的に魔法の威力は大きさに比例するのは知ってるだろう? 魔力を凝縮させて威力を向上させる『収束魔法陣』なんて学校じゃ教えないのに、一体どこで覚えてくるんだか」
「魔法省で見た本に載ってたんだ。学生時代は魔法省に通ってたからな」
借金返済の為に東へ西へ、ってな。
「────ああ、『ガトリン』を出禁になった件だろう?」
「どうして知ってるんだ?」
「そりゃあ店から学校に連絡が来たからね。お宅の生徒がうちの商品全部ダメにしました、ってさ」
「…………マジか」
金を肩代わりしてくれたジークリンデがさらっとしていた事もあって、当時は何とも思っていなかったんだが、まさかそんな大事になってたとは。もしかして親にも連絡いってたのかな。近々実家に顔出しに行こうと思っていたし、その時に訊いてみるか。
「それじゃあリリィのローブ、よろしく頼む」
クリスタル・ドラゴンの引き渡しが終わった以上、もうここに用事はない。長居したら何か面倒事を押し付けられそうでもある。俺は踵を返し、工房から出ようとした。
「ちょいちょい、忘れものさね」
「?」
先生に呼び止められ振り向くと、クリスタル・ドラゴンの角の先端が目の前にあった。慌ててそれを受け止める。角を折った音が全く聞こえなかったが…………先生もまだまだ現役ということか。
「どうして俺に? 杖も作ってくれるんじゃないのか?」
話の流れ的に、てっきりそういう事だと思っていたんだが。
俺の言葉に先生は大きくため息をついた。
「馬鹿言ってんじゃない、こちとらローブ屋だよ。クリスタル・ドラゴンの角なんて扱える訳ないだろう。知り合いの杖職人を紹介してやるから、そこに持って行きな」
先生が紙に何かを書いて手渡してくる。見れば、住所と紹介文が記載されていた。『こいつの力になってやってくれ エスメラルダ』そんな文章が殴り書きされている。
住所は帝都の外れの方だった。今日はリリィを迎えに行かなければいけないし、訪ねるのは明日にするか。
俺は先生に礼を言って工房を後にした。
「ぱぱ! みてみて!」
フランシェに戻ると、おしゃれ魔法使いになったリリィが駆け寄ってきた。恐らく商品だろう、私服の上に黒いローブを羽織っている。よく見るとそのローブには赤いリボンがいくつか縫い付けられていて、シンプルなのにちゃんと女の子らしい。新しく魔法学校に通う年代の女の子にぴったりなデザインに思えた。流石は女性人気ナンバー1魔法具ブランド。
リリィは俺の前で立ち止まると、くるっとターンした。ローブが風を受けてふわっと膨らむ。その様子は端的に言って天使だった。
「リリィ、可愛いぞ」
「えへへっ」
にやけそうになる口元にぎゅっと力を込めて、リリィの頭を撫でる。
奥の方から店員が歩いてくるのが見えた。
「すみません、リリィちゃん可愛くて。色々着せちゃってます」
「いや、こちらこそ見て貰って申し訳ない。リリィ、おねーさんにありがとう言ったか?」
「うん! いっぱいいったよ!」
リリィはこの短時間で若い女性店員に懐いたらしく、屈託のない笑顔を向けている。店員もリリィの笑顔を見て顔を綻ばせた。
…………フランシェのローブを着たリリィはとても可愛くて、正直このままローブを買って帰りたい気持ちになりかけもしたが、そういう訳にもいかない。今頃先生が必死にクリスタル・ドラゴンの素材をバラしてくれている。クリスタル・ドラゴンのローブを身に纏ったリリィは、それこそ本当の天使くらい可愛いはずだ。
「────よし、リリィ。そろそろ帰るぞ」
「うん! てんいんおねーちゃん、ばいばい!」
「リリィちゃん、またいつでも来てね」
リリィからローブを回収した店員が店先まで出て見送ってくれる。
…………また何かあったらフランシェで買い物しよう、と心に決めた瞬間だった。
◆
「エスメラルダ先生の印象は?」と訊かれれば、魔法学校の卒業生全員が「ヤバい人」と答えるだろう。
魔法の実践授業では教室を吹き飛ばし、実地演習では未許可での討伐が禁じられている希少な魔物を跡形もなく消し飛ばし、何よりここ三十年見た目が変わっていないらしい。
こぢんまりとした老婆ではあるのだが、どういう訳かその姿をずっとキープしている。確かに俺が卒業した時とリリィを連れて帰ってきた時で、外見が変わっているようには見えなかった。人間にしか見えないが、実はエルフだったりするのだろうか。エルフだとしても、三十年全く見た目が変わらないという事はないはずだが。
そんな訳だから「知り合いの杖職人がいる」と言われても、どうしても身構えてしまう。類は友を呼びがちだし、エスメラルダ先生から紹介されるような人物という時点でまともとは思えない。クリスタル・ドラゴンの角を加工出来る技術を持っている点もその予感を加速させる。
リリィにはこの世界の綺麗な所だけ見て生きて欲しい。当然俺は一人でその杖職人の所へ行こうと思っていたのだが────
「おるすばんやだ! りりーもおでかけいく!」
────両手を広げ玄関でとおせんぼうするリリィを説得する事が出来ず、俺は渋々リリィを連れて杖職人の元を訪れていた。杖職人の工房は帝都の外れといってもエスメラルダ先生の工房とはまた別方向にあり、帝都を周遊している魔法バスを利用してもそれなりに時間が掛かった。
「本当にこんな所に工房があるのか…………?」



