三章 はじめてのレベルアップ ②
「馬鹿言うな。我が子ながら七歳とは思えない動きだったぞ。────ってなわけで、俺は汗を流すために湯を沸かしてくるが、レンはどうする? もう少し涼んでるか?」
レンが「そうします」と
レンはその姿が屋敷の中に消えるのを確認すると、腕の防具の下に隠していた腕輪を見た。
・魔剣召喚術(レベル1:2/100)
「よしっ!」
魔剣そのもののレベルは魔石が無いと上がらないが、魔剣召喚術はその説明通り、召喚した魔剣を使うことで熟練度を得られていた。
それを実際に確認できたことに、レンは屈託のない笑みを浮かべて喜んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
はじめて訓練をした日を境に、レンの午後はロイと訓練することが日課となった。
「今日はこのくらいにしておくか」
「あ……ありがとうございました……」
ロイはこの日もレンが気持ちよく大の字に倒れ込んだのを見て、訓練の終了を口にした。
でも実際のところ、レンは初日の倍以上は動けるほどに変貌していた。体力も膂力も、順調に成長を遂げている。
「……今日の成果は」
レンはロイが立ち去ったのを確認して、密かに腕輪を見る。
・魔剣召喚術(レベル1:88/100)
一度の訓練で倒れ込むまで努力して、ようやく得られる熟練度が〝2〟だ。
そのため
ここまでくると、単にゲーマー心でレベルアップに向けて頑張れただけ、とも言えない。実際に身体を動かすのとコントローラーを握るのとでは、まったくの別物だからだ。
(やっぱりあれかな)
心当たりがあるのは、ロイとミレイユの影響だ。
二人はレンが頑張ると、前世の両親と違い全力で褒めてくれた。二人の笑顔を見ると、もっと頑張ろうという気にさせられるのだ。
「蓮のときは、褒められたこと無かったなー……」
前世の両親は蓮が幼い頃に別れ、蓮は母に引き取られることになった。
しかし、成長するにつれて父に似てきた蓮を母が嫌がり、母は蓮と口を利かなくなる。その母は蓮が大学生になった頃には家に居る方が
だからあの時と比べると、いまの生活はとても充実している。
日々の暮らしの中で家電がなくて不便を感じることはあるが、それでもいまの方が幸せであると断言できた。
「……明日も頑張ろ」
両親に喜んでもらえると思えば、こうして頑張るのも悪くないと思った。
◇ ◇ ◇ ◇
レンはその翌日も、その更に翌日の訓練も倒れるまでロイに立ち向かった。
そんなレンの身体に異変が生じたのは、六日後の訓練中のことだ。
「え……?」
訓練をはじめてから一時間が経とうとした頃になって、身体が不思議と軽くなった。
それは訓練をはじめる前と比べても更に軽くて、足元に力を入れるといまにも空に飛んでいけそうなほど。
「どうしたんだ? まさか
急に動きを止めて驚いたレンを見て、ロイが焦った声で尋ねた。
「だ、大丈夫です! 大したことじゃありませんから!」
「ならいいんだが……無理はするなよッ!」
「はいっ! わかってますっ!」
レンは返事をしつつ、異変が身体の軽さだけではないことに気が付く。木の魔剣を握る手にも、いままでにない膂力が宿っていたのだ。
その正体を探るが、わからない。
だがレンはロイを心配させまいと腰を低く構え、これまでのように踏み込んだ。
すると、一歩踏み込んだ時点でレンの様子が違うことがロイに伝わる。
「は、
毎日のように森に行き魔物を狩っているロイであっても、迫りくるレンの疾さには驚かざるを得なかった。
もちろん、レンはいままでだって七歳児とは思えない身体能力を誇っていた。
だが、いまの姿はまるで、森に出る魔物のそれを
「ぐっ……」
しかしロイは木剣を真横に構え、レンの攻撃を受け止めた。
ロイの足元の地面は彼が
「はぁあああッ!」
ぶつかり合う剣は大きく、そして鈍い音を上げて何度も何度も衝突を繰り返した。
(身体が軽い……っ!)
いつもは手元に感じていた
「急に強くなるわけが────そ、そうか! レン! お前もしかして────ッ!」
ロイはいま、
その彼は一人納得した様子で木剣を構える。はじめて自分から、レンに攻撃を仕掛けることを決めたのだが……
「────あ、あれ……っ?」
レンは唐突に力を失い、すとん、と地面に膝をついた。
「燃料切れだな」
「そ、そんな……まだ元気なのに……」
ロイはそのままレンの身体に手を伸ばして、レンの身体を抱き上げる。
「よくやったぞ! まさか俺の子がスキル持ちだったなんてな!」
「ちょ、ちょっ……父さん……!?」
「急に強くなったのはスキルレベルが上がったからに違いない! 俺はスキルを持ってないから感覚がわからんが、他の理由は考えられないからなっ!」
(そうか。訓練中に『魔剣召喚術』のスキルレベルが上がったんだ)
次のレベルで得られるはずだった力は身体能力UP(小)だ。
道理で身体が軽くなり、膂力も増したのだろう。さっきは急な変化に意識と身体の理解が追い付いていなかったから、予定していなかった限界が訪れたのかもしれない。
「そうと決まれば、教会に行ってスキル鑑定を……って言いたいところなんだが……」
不意にロイが消沈した様子でレンを見下ろした。
「すまない。うちには金の余裕がないから、教会に行くことができないんだ」
「えっと……スキルを鑑定してもらうのって、すごくお金がかかるんですか?」
「いや、鑑定にかかる金だけなら、俺が魔物を二匹も狩ってくれば済む話だ。教会がある町の子になってくると、生まれてすぐにスキル鑑定をするくらいだからな」
ではどうして? 疑問に思ったレンはこの村の場所を思い出して言う。
「ここが辺境すぎるせいで旅費がかさむ……とか……」
ロイはすぐに頷いた。
「この村から一番近い教会でも、男爵様が住む都市に行かなきゃ駄目なんだ」
男爵が住まう都市までは、馬で十日前後を要する距離がある。
「ただ、俺たち三人分の旅費なら何とかなる。だが俺が居ない間、この村で魔物を狩ってくれる
この話、スキルを隠していたレンにとっては都合が
「けど、別に鑑定しなくてもいいと思いますよ」
「レン……」
「スキルの名前がわからないからって、死ぬわけじゃないですし」
「お前……達観しすぎじゃないか……? もっとこう、子供だったらスキルの名前が知りたくてたまらなくなるもんだと……」
「よそはよそ、うちはうちですからね」
ロイはその言葉に
その笑い声を聞いたミレイユは何事かと思い屋敷から飛び出してくる。そんな彼女はレンがスキル持ちだったと聞いて、喜びのあまりレンを強く強く抱きしめた。
────この日を境に、レンは多くの日々を剣の鍛錬に費やすこととなる。
半年が経ち、一年が過ぎ……そして数年の歳月が流れていく中で、彼はその一日一日を自分自身の糧とした。



