四章 騎士団長に認められた実力 ①
レンが住む村から半月かけて東方に向かえば、この辺りでは数少ない都市部にたどり着く。
その都市の名を、クラウゼルと言った。
町並みは中央に向かうにつれて隆起した地形沿いに造られている。
上へ向かうための道はらせん状に整備されていて、外から見ると立体的。赤いレンガで造られた家々が作り出す壮麗な光景は、遠く離れた帝都の民にも評判だった。
────その町並みの中心に、小さな城とも言われる屋敷がそびえ立つ。その屋敷こそ、一帯の領地を統べるクラウゼル男爵の住まいである。
クラウゼル男爵の屋敷はその大きさ以外にも、象牙色の外観もあってよく目立つ。
門前まで行けば、クラウゼル男爵自慢の庭園を
運が良ければ男爵令嬢の姿も見られるかもしれない。
彼女に笑みを向けられた異性は必ずと言っていいほど魅了され、天使や妖精を見たと錯覚する者もいるのだとか。
しかし────
「……はぁ」
その令嬢はいま、庭園の一角でつまらなそうに
彼女は磨き上げられた純銀に
立ち居振る舞いから隠し切れない気高さを感じさせる、そんな
彼女の名を、リシア・クラウゼルと言う。
「おや、お嬢様」
と、彼女に声を掛けた男がいる。
その男は
「どうなさいましたか。
「別に……剣の訓練をしてきただけよ」
「なるほど。もう私の部下たちでは相手にならないご様子で」
「だから言ってるじゃない。あなたが私の相手をしてくれたらいいのに、って」
「申し訳ありませんが、私はどうしても旦那様に任された仕事がございます。それに、今日からしばらくの間、屋敷を空けねばなりませんので」
すると、リシアがまばたきを繰り返して驚いた。
その表情は先ほどと違い、美貌に相反して年相応に
「騎士団長なのに、どうして?」
「旦那様のご命令で、領内を回ってこなければならないのです。ご説明してよいものかわかりませんので、詳しくは旦那様からお聞きくださいませ」
そう言うと、男はリシアに頭を下げてからその場を離れた。
門の外では、男の部下たちが馬に乗って彼のことを待っていた。
「皆、出発だ」
男は部下が用意していた馬に乗って言う。
彼の合図で一行が屋敷を
「どうしたもんか」
男が困った様子で口にした声を聞き、部下の騎士が尋ねる。
「どうなさったのですか?」
「お嬢様が近頃は少し慢心しておられるようでな。恐らく、同年代でも太刀打ちできる者がいないからこそなのだろうが」
話を聞いた部下が「なるほど」と頷いた。
「お嬢様は先日も帝都に出向き、貴族や騎士の子たちを相手にしても勝利を収めたとか」
「そうなのだ。だからお嬢様に勝る……とまでの
男はその存在が見つかることを願い、静かに天を仰ぎ見た。
◇ ◇ ◇ ◇
スキルレベルが上がった日を境に、レンは一層剣の訓練に没頭した。
それからの日々は瞬く間に過ぎていき、剣の訓練をはじめた日から三年が過ぎた。
いまではレンも十歳となり、身体つきも大人に近づいている。
季節はもうすぐ、夏に差し掛かろうという頃。
レンはスキルのことをロイに知られた数日後のことを思い出す。
『今日からは、一人でも村の中なら自由に歩いてもいいぞ』
これにはミレイユも同意して、暗くなる前に帰るようレンに言った。
そのことに喜んだレンはその翌日から、朝食の前に畑道を散歩することを日課にした。
それから三年が過ぎた今日も、若干重い瞼を
「やっぱり、まだまだすぎる」
おもむろに召喚した腕輪の水晶を見て、嘆息交じりにこう言った。
水晶に浮かぶのは、『魔剣召喚術』の詳細なのだが、
・魔剣召喚術(レベル2:659/1500)
嘆息の理由がこれだ。
次のレベルに至るために必要な熟練度が、三年前のレベルアップを機に跳ね上がっていた。
「三年かけて、やっとこのくらいかー……」
ロイと毎日訓練できたら最良だったが、村を預かるアシュトン家には色々な仕事がある。冬支度はもちろん、各季節の農作業はレンも毎日のように手伝った。訓練できても僅かな時間だった際は、熟練度が〝1〟しか得られないこともあった。
力なく呟いたレンは、つづく欄に目を向ける。
レベル1:魔剣を【一本】召喚することができる。
レベル2:腕輪を召喚中に【身体能力UP(小)】の効果を得る。
レベル3:魔剣を【二本】召喚することができる。
レベル4:*********************。
いまでは、レベル3の効果が見えるようになっていた。
『魔剣召喚術』はいまレベル2だから、一つ先までが明らかになる仕組みのようだ。
(いい加減、木の魔剣の自然魔法(小)も試してみたいな)
さすがに屋敷で試すわけにもいかず
「あらら、坊ちゃんったら今日も早いですね」
その老婆は村で唯一の産婆である、リグ
彼女はレンがこの世界に生を受けた際、ミレイユと共に居た老成した声の主でもある。
偶然顔を合わせた二人は、すぐに肩を並べて歩きはじめた。
「またお父君が自慢してましたよ。坊ちゃんはいずれ、帝都ですごい騎士になるって」
「うーん……俺はこの村を出るつもりはないけどね。というか、俺が居なくなったら、父さんの仕事を継ぐ人が居なくなっちゃうって」
「あら。坊ちゃんに弟か妹ができたら、その心配も不要ですよ」
確かにそうなればレンがこの村を出ることもできなくはないだろう。だが大前提として、そもそもレンにこの村を出る気があるかということになる。
「そうなったら、俺の弟か妹が帝都に行けばいいだけだよ」
もちろんレンには、村を出るつもりがない。
その言葉を聞いたリグ婆は仕方なさそうに笑っていたが────ふと、その足が止まった。
「リグ婆? どうしたの?」
彼女は村の端にある小高い丘の端を見て、驚いた様子で口を開く。
「坊ちゃん、急いでお屋敷に戻りませんと」
「急にどうして……あれ? あっちに居る馬に乗った人たちって……」
そして、レンも丘の端を見て気が付いた。
そこには馬に乗った大人が十人ほど居て、皆が甲冑に身を包んでいた。
辺境暮らしのレンにもわかる。彼らは騎士だろう。
「────あの方たちは、男爵様の使いです」
更にリグ婆がこう口にして、レンの予想を裏付けたのである。
◇ ◇ ◇ ◇
村を預かるロイは急な訪問に戸惑っていた。
その姿を見て、騎士たちを率いていた老騎士が一歩前に進んで口を開く。
「急な訪問で申し訳ない」
開口一番謝罪したその男は、
「と、とんでもない……ッ! ですが、どうして俺の────私の村に?」
「もちろん説明するとも。だがその前に、これを受け取ってもらいたい」
老騎士はそう言って甲冑の中に手を差し込み、一枚の羊皮紙を取り出した。
「ここより南方の村にて魔物による被害が発生した。詳細はその羊皮紙に書いてある通りだ」
ロイは受け取った羊皮紙に目を通す。
すると間もなく、ロイの表情が険しいものへ変わっていった。
「この辺りに不審な魔物の影……ですか」
「そうだ。その羊皮紙に書いてあるように、目撃情報によると獣型の魔物で、風のように早い魔物だったという。既にいくつかの村々が被害に遭い、犠牲者も出ているのだ」



