四章 騎士団長に認められた実力 ②
「……どれほどのランクと推測されているのですか?」
「最低でも、Dランクは覚悟しておいてくれ」
老騎士の返事を聞いたロイが更に険しい表情を浮かべ、眉をひそめた。
「しかし安心してほしい。ご当主様の計らいにより、近隣の村々へと騎士が派遣される。この村にも来る手はずとなっているから、しばし警戒に努めてもらいたい」
「それは助かりますッ! ですが、しばしと言うのはどのくらいなのですか?」
「今日より二十日は要する。
老騎士は言いづらそうに、申し訳なさそうに口にした。
ロイはと言えば、険しい表情を浮かべながらも、騎士が派遣されることに希望を見出しているように見える。
「わかりました。では、今日より二十日間はいつもより入念に森を見て回ります」
「すまんな。だが無理はしないでくれ。この村はロイ殿の他に戦える者が居ないと聞く。ロイ殿が怪我をしてしまっては、元も子もない」
「いえ。いざとなれば私の子も戦えましょう」
誇らしげな顔を浮かべたロイが近くで話を聞いていたレンを手招いた。
「む……その子が戦えると?」
「はい。さぁレン。騎士団長様にご挨拶を」
(こ、この人って騎士団長だったのか……)
いわば男爵の下に居る騎士の中で最も位の高い騎士だ。
まさかそんな大物とはつゆ知らず、レンは
「はじめまして。レン・アシュトンと申します。以後、お見知りおきを」
レンの言葉を聞いた騎士団長は「ほう」と感嘆の声を漏らした。
「丁寧な挨拶痛み入る。私はヴァイスだ」
ヴァイスと言う名の騎士団長はそう言うと、レンの前でしゃがんで視線の高さを合わせた。
「君は何歳かな?」
「今年の春で十歳になりました」
「ほう、それにしては理知的な子だ。しかし……」
だがそこへ、ヴァイスは不可解そうな目をロイに向けた。
「ご自慢の嫡男であることは承知したが、まだ十歳の子供が魔物を討伐するのは厳しかろう」
「大丈夫です! レンは私が十歳の頃と比べてもずっと強く、剣の扱いに
「ほう……それほどか」
「ええ! それに加え、スキルも持っているのです!」
「なんと、更にスキル持ちだとは驚いた」
褒められるのは良いが、こうもつづくと気恥ずかしい。
レンはこの話がそろそろ終わることを祈った。
すると、その祈りが通じたのか、ヴァイスは立ち上がってロイに言う。
「跡継ぎが頼もしいことは良いことだ。────さて、話は変わるが、我らを一日だけこの村で休ませていただけないだろうか」
ロイは当然「もちろんです」と答えた。
だが彼は、ヴァイスと共に村へやってきた騎士の人数を見て、歓迎の支度が必要だと考えた。皆に振る舞うための満足な量の食材が足りないのだ。
ヴァイスは気にしないでくれと言ったが、そうはいかない。
ミレイユは屋敷で騎士たちを迎える用意に勤しみ、ロイは食材を得るべく、普段通り森へ行き狩りをすることに決めた。彼はその際、協力を申し出たヴァイスに固辞して一人屋敷を出る。
その姿を見たレンは、見送りのために自分も屋敷を出た。
「そういえば父さん、ヴァイス様と一緒にいらした方たちも騎士だって聞きました。なのに、あの方たちはどうして父さんに敬語を使ってたんですか?」
「ああ、同じ騎士でも、アシュトン家は村を預かる身だからな。こちらの立場が上って話だ」
「おおー……なるほど」
「それじゃ、俺は今度こそ行ってくるぞ!」
いつもと違って慌ただしい朝だったが、森に向かうロイの姿はいつも通りだった。
すると、ロイの姿が見えなくなったところで、屋敷の扉が開かれる。
扉から出てきたのはヴァイスで、彼はレンの元に足を運んだ。
「やはり、我々も手伝おう」
ヴァイスは世話になりっぱなしなことに気が引けたのか、いつでも出発できるよう腰に剣を携えてある。
しかし、いまの言葉を聞いたレンは父に倣う。
「いえ、それには及びません。父が申していたように、皆様はごゆっくりお過ごしください」
「む……しかしだな」
「皆様は近隣の村々を巡っていらっしゃったとのことですし、お疲れでしょう。どうか今日一日だけでも、その疲れを癒やしていただきたいのです」
いくら食い下がろうにもレンも折れないと悟ってか、とうとうヴァイスが諦めた。
彼は「すまない」と老成した声で言うと、一度は
「それにしても、君は本当に丁寧な言葉遣いの子だな」
「い、いえ……こんな辺境の生まれなので、本を読んでの受け売りですから……」
「謙遜する必要はないぞ。私の周りにも騎士の子は多くいるが、君のような子ははじめてだ。話していると、当家のお嬢様と話しているような気分になる」
「お嬢様……男爵様のご令嬢ですか?」
「うむ。お嬢様は君と同い年なのだが、君に劣らず大人びたお方でな」
ヴァイスに話を合わせていたレンだったが、実のところ、あまり興味がない話題だった。
どうせ会うこともない令嬢だ。特に気にならない。
そう思っていたのだが、彼はすぐに興味を抱くことになる。
「お嬢様は『白の聖女』というスキルを持って生まれたのだ。いずれは帝国中にその名を
いま、この男は何と言った? レンが首をひねった。
確か『白の聖女』というスキルを持っていると口にしたはずだ。
(ど、どうなってるんだ!?)
そのスキルは間違いなく、七英雄の伝説Ⅱでレン・アシュトンが命を奪った聖女の力だ。
聖女の名は────
「リ……リシア・クラウゼル……ッ!?」
レンは思わずその名を口にした。
それを聞き、ヴァイスは眉をひそめながら苦笑する。
「こら。お嬢様の名を知っていたことは感心だが、呼び捨てにしてはならんぞ」
戸惑うレンは腕を組んだ。騎士団長ヴァイスの前で無作法と知りながら、我慢ならず考えはじめてしまった。
「しょ、書庫で読んだ地図にはクラウゼル家なんて書いてなかったのに……」
レンが思わずその言葉を漏らせば、ヴァイスは「ふむ」と首をひねりながら言う。
「その地図は古かったのではないか? 恐らく君が読んだのは、相当昔に作られた地図なのだろう。とはいえ現在と地形は変わらんから、ロイ殿は資料として残していたのだろうな」
自分もその気がして、レンは頭を抱えた。
「で、ですが、クラウゼル家の領地って、もっと帝都の近くではありませんでしたか!?」
クラウゼル家と言えば、帝都近くの領地に屋敷を構える名家のはず。だからレンは
「うむ。確かに、クラウゼル家の領地は帝都の近くにもある」
「……へ?」
レンはつづきを
「昨年、帝都の近くにも領地を賜ったのだ。クラウゼル家に『白の聖女』を持つお嬢様が誕生したことの祝いに加え、ご当主様が領地を富ませたことへの褒美としてな」
いまの話は当然ながらレンを動揺させた。
けれど、まだ聖女リシアと出会ったわけではない。そもそも彼女を殺さず、この村で静かに暮らしていればいいだけだ────とレンが考えていたところへ、
「いずれ君も、ご当主様とお嬢様の下へご挨拶に出向くことになろう」
「────え?」
「ロイ殿から聞いておらんか? 村を預かる騎士家の次期当主は、寄親の貴族へ顔見せをするしきたりがある。君が大きくなった暁には、お二方に挨拶に行くこともあろうさ」
レンとしてはそれも避けたいところだったが、拒否はできなさそうだ。
(でも大丈夫……挨拶するだけだし……)
ひとまず今は棚上げしたかった。いつか、その時が来たら考えたい。
「────ところで、ヴァイス様は男爵様の騎士団の団長をなさっていると聞いたのですが」
レンが話題を変えるべく口を開いたのも、心を落ち着かせるためだ。
「む、それがどうかしたのか?」



