四章 騎士団長に認められた実力 ③

「急に申し訳ありません。騎士団長を務めるほどのお方が、これほど遠くの村にいらっしゃるなんて、普通ではないような気がして……」

「そのことであったか。無論、私としても長期にわたり屋敷を空けるのは本意ではない────のだが、さっきも言ったように、此度の一件はご当主様も強く懸念なさっておいでなのだ」


 そのため、ヴァイスのような重鎮も屋敷を出た。

 騒ぎの原因である魔物を見つけた場合、即時討伐もできるように。


「仮にDランクの魔物が相手となれば、私の部下が束になろうと危険な相手だからな」


 ヴァイスの話を聞くレンは、七英雄の伝説における魔物の格付けを思い出す。

 魔物たちのランクは、基本的に世界中にまたがる中立組織〝ギルド〟が決めている。その評価基準は様々だが、主に人々に対してどの程度の脅威となるかが大きく影響する。

 ランクはSが最上位で、Gが最下位だ。

 中でもDランクともなれば、七英雄の伝説では最序盤のボスと同じランクになる。


(多分だけど、父さんの方がヴァイス様の部下よりは強い……はず)


 ただ、七英雄の伝説では四人パーティで戦っていたため、ロイが一人で勝てるか確信が持てない。

 こうなると知っていたら、もっと早く剣の訓練をはじめておくべきだったのかもしれない。それを悔やんだレンが思わず呟く。


「今日の訓練はなさそうだなー……」

「む? 訓練と言うと、ロイ殿に剣を教わっているのか?」


 レンは頷いて「はい」と答えた。


「よければ、私がロイ殿の代わりを務めよう。世話になりっぱなしでは申し訳ない」

「い、いいのですか?」

「もちろんだとも。君さえよければ、ではあるが」


 貴重な体験ができると思い、レンは満面の笑みを浮かべて「お願いします!」と言った。

 すると彼は、ヴァイスのために訓練用の木剣を取りに倉庫へ向かう。倉庫についたら自分が使う木の魔剣も密かに用意した。


 十数分後、訓練がはじまる直前になって。


「ヴァイス様。拝見してもよろしいでしょうか?」


 そこへヴァイスの部下が一人やってきて尋ねた。

 ヴァイスは律儀にも、レンの承諾を得てから観戦を許可した。


「準備運動がてら、いつもしてる訓練のように打ち込んできなさい」

「はい」


 木の魔剣を携えたレンは軽い柔軟をしてからそれを構えた。

 今日は身体がいつになく軽く、調子が良い。


「いきます────ッ!」


 レンは待ち構えるヴァイスに向けて踏み込む。

 いつもロイにするように、遠慮のない踏み込みで風のように距離を詰めた。

 すると、


「む────ッ」

「な────ッ」


 ヴァイスの部下が、そして、ヴァイスもまた驚き眉をげる。

 そのヴァイスはつづけてレンの剣戟を受け止め、今度は楽しそうに頰を緩めてみせた。


「ほう……膂力、そして剣筋も申し分ない……ッ!」


 予定になかった訓練はつづく。終わったのは夕方になる直前で、教えていたヴァイスも徐々に熱の入った様子で稽古をつけた。


 この夜、レンはベッドの上で腕輪を見て驚くことになる。


・魔剣召喚術(レベル2:669/1500)



 熟練度が一気に〝10〟も増えていたのを見て、また新たに理解するに至った。

 この熟練度と言う概念は、相手が強くなれば得られる数も増すようだ。


◇ ◇ ◇ ◇


 翌朝、ヴァイスをはじめとした一行は朝食を終えると、すぐさま男爵の元に戻るための帰り支度に勤しんだ。

 彼らはやがて、外が完全に明るくなったところで馬に乗る。


「ロイ殿。急な訪問だったにもかかわらず、格別の歓迎をしていただいたことに感謝する。だがくれぐれも用心してほしい。ロイ殿には騎士としてはあろうが、そのロイ殿がたおれては元も子もない」

「わかっています。アシュトン家の義務を守り、この身も守りましょう」


 返事を聞いたヴァイスは最後に礼を言い、部下に命じて馬を走らせた。

 その後ろ姿を、レンをはじめとしたアシュトン家の一同は見送った。失礼のないよう、一行の姿が見えなくなるまで、数分にわたり屋敷の外で見送ったのである。


 ────村を出た一行は男爵の屋敷を目指して馬を走らせた。

 丘を越え、森を抜け、ときには浅い川も進んだ。

 しばらく経って日が傾けば、一行は夜に備えるべく野営の支度に取り掛かる。


「ヴァイス様。昨日はアシュトン家のご子息に稽古をつけていらっしゃったとか」


 一人の部下がその支度中に言った。

 それにつづいて、何人かの部下も口を開く。


「普段はロイ殿が教えてるとのことでしたな。ただ、ロイ殿はあまり教えるのが得意でないと聞きましたが……」

「うーむ。確かに、それは惜しいかもしれませんな」


 部下たちの言葉に、ヴァイスは「ん?」と首を傾げて言う。


「勘違いしているようだが、あの少年は強いぞ」


 思いがけぬ言葉を聞き、ヴァイスの部下たちが呆気にとられる。

 だが、ヴァイスとレンの訓練を見た部下だけは違った。

 その部下はレンの件を思い出し、声を弾ませながら言う。


「ヴァイス様。あの少年は逸材だったのではありませんか?」


 それを受けて、今度はヴァイスが言うのだ。


「うむ。まだ粗削りだが、間違いなく逸材であった。それにあの少年は頭が良い。私が教えたことをあっという間に吸収してしまうし、諦めることを知らぬ努力家だった」


 このヴァイスという男がこれほど誰かを褒める姿なんて、彼の部下たちは今まで見たことがなかった。

 彼らはヴァイスがつづけて口にする言葉を聞き、更に驚くことになる。


「正直、我らがクラウゼル騎士団に欲しいと思ったくらいだ」

「だ、団長!? まだ十歳の少年ですよ!?」

「本気でおっしゃっているのですか!?」

「何を言うか。その十歳の少年はお前たちより強いのだぞ。何せあの少年、お嬢様に勝る実力の持ち主なのだからな」


 そう口にしたヴァイスの顔は、長年ともに仕事をしてきた部下たちにも噓を言っているように見えず、猶も皆をきょうがくさせた。

 しかし、ヴァイスはすぐに硬い表情を浮かべた。


「が、あの少年がいたとしても、増援は急がせるべきだろう」


 ヴァイスの懸念は、自分がこの辺境まで足を運んだDランクの魔物のことだ。

 たとえばGランクのリトルボアであれば、何匹現れようがヴァイスの部下でも後れを取ることはない。そしてFランクが相手でも、五匹程度なら一人で同時に対処できるはずだった。

 しかし、Dランクから先は話が変わる。


「ですがヴァイス様。確かロイ殿は以前、単独でDランクの魔物を討伐していたはずでは?」

「うむ。奥方殿があの少年を宿す以前のことだったか」


 ヴァイスは「今回も無事であってほしい」と口にして、天を仰ぎ見る。

 彼は主神エルフェンへと、領地の平和を祈ったのだ。

刊行シリーズ

物語の黒幕に転生して7 ~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~の書影
物語の黒幕に転生して6 ~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~の書影
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