五章 特殊個体(ユニークモンスター) ③
と言うのは昨日のことだが、リトルボアを持ち帰ったレンはそれをミレイユに渡した。そのミレイユはリトルボアを解体するや否や、「魔石が空になっていたのよ」と言ったのだ。
魔石と言うのは、持ち主だった魔物が成長するにつれて育つ魔力の結晶だ。
その魔力が消えてしまうと白が混じった半透明に変わってしまい、売り物としての価値がゼロになってしまう。
ミレイユは「不思議ねー」と言っていたが、今日からは気にしなくてもいい。
なぜなら、魔石はレンが貰うことにしているからだ。
「…………で」
どうしたらいいのだろうか。昨日のことを思い出すのはいいが、狩ったリトルボアを担いだまま戦うわけにはいかない。
ここに置いていくのも忌避感があった。
仕方なく、吊り橋の
「うわぁ…………」
動きづらいところを狙いすますかのように、二匹のリトルボアが姿を見せた。
「別にいいけど」
レンは担いでいたリトルボアを、今現れたリトルボアに投げつける。
一瞬、二匹のリトルボアが同時に
その刹那を狙って距離を詰めたレンは、やはり軽々と一匹の頭を叩き絶命させた。二匹目はようやく危機感を抱いた様子で後ずさり、情けなくも逃走にかかる。
遠距離を攻撃できる術でもあれば追撃を仕掛けるのだが……と考えたレンが思い出す。
「────あるじゃん」
そういえば、試すつもりだった。
木の魔剣に付随している────というより、恐らく本命の力であろう、自然魔法(小)の存在を思い出したのだ。
とはいえ魔法なんて使ったことがない。
どうすればいいのだろう、迷ったレンはゲーム時代に目の当たりにした自然魔法を思い出す。
エルフが用いていた、木の根やツタを用いて相手を拘束するあの魔法だ。
しかし、発動する様子がない。何か発動条件があるのかと思い、木の魔剣をリトルボアの背に向けて振ってみると────
『ブォッ!?』
振り下ろした木の魔剣から緑色に光る粒子が舞い、それがやがて地面にたどり着く。
すると地を
これにより、リトルボアは呼吸ができず意識を失う。
「おお……すごい……」
リトルボアに
苦しませることを避けるため、レンは木の魔剣を振りかぶって勢いよくリトルボアの頭蓋に向けて振り下ろした。
◇ ◇ ◇ ◇
夕方になる前に屋敷に帰ると、ミレイユが啞然とした顔でレンを迎える。
「ぜ、全部レンが倒してきたの!?」
「はい。こいつら、妙に好戦的に襲い掛かってきたので」
その数は全部で十二匹。
おかげで魔剣召喚術と木の魔剣に、同じ数の熟練度が追加されていた。
「お父さんだってこんなに狩ってくることは珍しいのに……そ、そうだわ! どうやって運んできたの!?」
「半分は担いで、もう半分は森で見つけたツタで縛って、そのツタが切れるまで引きずってきた感じです」
「そ、そうだったのね……」
(……森で見つけたって言うのは噓だけど)
実はツタも木の魔剣で生み出したものだ。
別のものを生み出せないかと探っていたところで、ゲーム時代の自然魔法を参考に実験をしてみた成果である。
これは特に難しいことはない。
木の根よ出ろ! ツタよ出ろ! と強く願って剣を振るだけでよかった。
(他には何も出なかったけど、あくまでも、自然魔法(小)だから仕方ないか)
だが当然、木の魔剣を消したらツタや木の根は消えてしまう。
(あとは使い過ぎに注意ってとこだ)
自然魔法を使いすぎたらまずいこともわかっている。
木の魔剣を召喚したときと似通った感覚が全身を駆け巡るから、ある程度魔力が消費されていることは承知の上だ。
魔力も引きつづき成長させなければならない。
そう再確認したレンの前で、ミレイユがリトルボアの様子を見て驚きの声を上げる。
「すごいわね! この毛皮ならお父さんが狩ってきたときよりも高く売れるわ!」
「え、どうしてですか?」
「大きな傷がないからよ。お父さんは剣で頑張ってくれてるから、どうしても毛皮に傷がついてしまうの。でもレンは木の剣で戦ってるから、一つも傷がないわ!」
違和感とまではいかないようだが、彼女はレンを見て戸惑っていた。
一方でレンは、苦笑しながら密かに思う。
(明日からも順調に倒せますように)
レンは心の中で主神エルフェンに願い、うんと背を伸ばして声を漏らす。
そうしていると、意外にも身体が疲れていたことに気が付く。父に代わっての狩りは、自分が思う以上に疲れを催していたようだ。
(……明日も頑張らないと)
そう思ったレンの横顔には、決意に満ちた力強い表情が浮かんでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
二日目は初日と同じ数のリトルボアを。三日目は更に数を伸ばし、四日、五日と森に入るたびに戦果を伸ばした。
怪我をすることなく七日目に突入し、日が傾きはじめた頃のことだ。
『坊ちゃんすごいね!』
『さすが若旦那の跡取りだ!』
『お、今日も頑張ったね!』
森から帰ったレンの耳に届く村人たちの声。
最近ではただ散歩をしていたときと比べて声を掛けられることが多かった。そのすべてが開口一番に称賛の声だったから、悪い気はしない。
ただ、レンはレンで緊張の日々を送っているから、
(こう見ると、結構倒したんだなー……)
レンは村人に返事を返すと、防具をめくり腕輪を見た。
・木の魔剣(レベル1:97/100)
魔剣召喚術の熟練度は見なかった。
リトルボアを倒すと魔剣召喚術と木の魔剣はいずれも熟練度を〝1〟しか習得できないから、魔剣召喚術の次レベルがまだ遠いことは知っている。
先は長い。
だが、木の魔剣のレベルが上がれば楽しみが待っている。
……というのは、
・鉄の魔剣(開放条件・魔剣召喚術レベル2、木の魔剣レベル2)
この鉄の魔剣のことだ。
新たな魔剣が開放されると思うと、日々の戦いにも身が入る。
現状では鉄の魔剣の文字に触れても説明はない。これは恐らく、開放後に読めるようになるのだろう。
(鉄が特別な力を持ってるのは想像できないけど)
いずれにせよ楽しみである。
間違いなく明日には開放されると思えば、気分が高揚して仕方がなかった。
レンの足取りは軽く、今にもスキップを披露しそうなほど。
それでも多くのリトルボアをツタで縛り上げて運んでいるのだから、村人から見れば異様な光景だ。
しかし、その軽い足取りは、屋敷に近づいたことでピタッと止まる。
「……どうしたんだろ」
レンは屋敷の窓の奥で、廊下を忙しなく駆け巡る人影を見た。遠目にもわかる。いまのはミレイユとリグ婆の二人で間違いない。
レンはすぐに何かあったのだと思った。
彼は運んでいたリトルボアを乱暴に置くと、慌てて屋敷の中に入った。
慌ただしく駆けるミレイユはレンの帰宅に気づいていなかった。やはりおかしいと感じたレンは彼女の後を追い、彼女が駆け上がりはじめた階段を進んでいく。
「母さん! どうしたんですか!?」
ミレイユがロイの部屋に入る直前、彼女が握ったドアノブの上から手を重ねて言った。
「レ、レン!? そ、そうね……もう帰る時間だったものね……っ!」
どうにも挙動不審だった。
レンのことを邪険にしているわけではないのに、すぐにでもレンの手を払って部屋の中に入りたそうにしており、視線が落ち着きなく左右に動いていた。
「あの────」
口を開いたレンに対し、いつの間にか近くに来ていたリグ婆が言う。
「坊ちゃん!
鬼気迫る表情で近づいたリグ婆はレンの身体を強く押すと、自らの手でドアノブを開けて部屋の中へ入っていく。
その手には、煎じた薬草が入った
「奥様もしばらく外にいるようにッ! 邪魔になりますからお部屋には入らないようッ!」
するとリグ婆はガタンッ! という大きな音を立てて扉を閉じた。
残されたレンは啞然とした。



