五章 特殊個体(ユニークモンスター) ⑤

「……なるほどね。怯えてたのは、お前から逃げてたからってわけだ」


 影に生えていた四本の尾が不気味に揺れ、頭部を天に向けて伸ばした。



「魔物って、お前のことだったのかよ────



 レンは意を決して振り向いた。

 そこに居たのは、レンが口にした通りの魔物である。

 外見は真っ白な毛皮をしたおおかみのような魔物で、尻尾が四本、目が六つもある。体長は大人の男性を三人並べたくらい。

 その魔物には大きな特徴が二つあって、一つは速度が尋常じゃないということ。

 もう一つは風魔法を器用に使いこなすことで、全身に纏った風が見えざる手となり、相手の持ち物を盗むこと。もちろんその風魔法で攻撃だってする。

 出現確率はゲーム時代も低く、エンディングまでいっても出会えないことが珍しくない。


(……ツルギ岩の上に宝飾品あんなものがあった時点で、まさかとは思ってたけど)


 シーフウルフェンはDランクの中位から上位の実力を秘めている魔物だ。

 が、ただのDランクではなく、特殊個体ユニークモンスターと呼ばれる希少な存在だ。倒せばレアアイテムをドロップするから、倒す価値は十二分にあるのだが……


「くそ……ッ!」


 相手が悪すぎる。レンは切羽詰まった様子で駆けだした。

 この場所を離れるべく一心不乱になって。生まれ故郷の村へ帰るために。



『ォォオオオオオオオオオオン────ッ!』






 ほうこうが耳を刺す。

 ……いまの咆哮はゲーム時代と変わらなかった。

 シーフウルフェンが獲物を威嚇する、その声と。


「はぁっ……はぁっ……っ!」


 両脚なんて、筋肉が切れそうな錯覚を覚えるだけ酷使させた。レンは一度たりとも振り向くことなく懸命に駆けた。

 だが、数十秒と経たぬうちに両脇の木々が強風に薙ぎ倒される。

 つむじ風を纏うシーフウルフェンが真横に迫っていた。


「ッ────!?」


 レンはそれを紙一重でかわし、その反動で地面に腰を突く。

 立ち上がろうとする中、少し先の木の前で止まったシーフウルフェンを見て、レンは双眸を鋭く細めた。


「悪かったって。もう巣には近づかないからさ」


 見たこともないきょを誇る狼────シーフウルフェン。

 実際に目の当たりにすれば、これほどの大きさなのかと圧倒される。

 白銀の毛皮から漂う荘厳さと、普通の狼ではあり得ない四本の尾が揺れる様子から伝わる強烈な圧。

 六つの瞳が例外なく自分を見ていることに、レンの胸が不快に早鐘を打った。


「そこいらにリトルボアがいるだろ? そいつらでいいじゃん」

『…………』


 木の魔剣を抜き、構える手に握力を込めながら。

 無意味だろうと思いつつ、レンは心を落ち着かせるべくシーフウルフェンに語りつづけた。

 対するシーフウルフェンは瞳を深紅に光らせ、ギョロッと動かす。前足で静かな一歩を踏み出して、背を僅かに丸めて牙をいた。


「────退けよ」


 一向にその場を離れないシーフウルフェンを見て、レンは敵意を込めた視線を向けて言う。

 こうしている時間はない。

 強敵を相手にした恐怖より、父に届ける薬草が間に合わないことの方が怖かった。


『ガァゥ…………』


 だがシーフウルフェンは応えず、代わりに仰々しい吐息交じりの威嚇の声を発する。

 そしてレンの周りを、不規則な風の流れが囲い込む。


(風魔法────ッ)


 シーフウルフェンは風魔法を駆使することで、相手の目に見えない風の腕を作り出す。

 レンはその攻撃が放たれたと察知してすぐに身体をひねり、旋転しながら後退した。けれど頰に鋭い痛みを感じて指を滑らせると、その指先が真っ赤な鮮血で濡れた。

 シーフウルフェンの風魔法に驚嘆し、一瞬で理解させられる。


(俺が相手にしていい魔物じゃない────ッ)


 なら戦わなければいいのだが、逃走すら至難であることはすでに承知の上。

 結局のところ相手をしないといけない、そう思った刹那のこと。


(……足を怪我してる、のか?)


 レンはシーフウルフェンが前足をかばうように振る舞っていたのを見て、そこに深い切り傷らしき痕があることに気が付いた。

 そしてそれが、ロイによるものだとすぐに悟る。


(父さんは騎士としての責務を果たしてたんだ)


 だからロイはシーフウルフェンから逃げ切ることができた。

 シーフウルフェンがすぐに村を襲わなかった理由も、怪我が理由であると察しが付く。

 これまで緊張にむしばまれていた全身の硬さが、僅かに消えた気がした。


(けど、簡単に逃がしてくれる状況じゃない)


 安易に背を向けたが最後、命があっさりと刈り取られるはず。

 つまり自然魔法を駆使してシーフウルフェンを妨害し、どうにか距離を保ちながら村を目指すしかないのだが、それも至難だ。

 ツルギ岩からほど近いこの場所からでは、ロイのように逃げることは難しいだろう。


(戦うにしても俺の武器は木の魔剣だけ……これでどうやって戦えば────)


 窮地に追い込まれつつあったからか、レンの頭が普段の比じゃなくえていた。

 彼は七英雄の伝説Ⅰで戦ったエルフのことを思い出した。

 あの戦いの舞台も森の中だった。プレイしていた当初はその環境と、エルフが用いる自然魔法の妨害を前に苦戦を強いられたではないか。

 だがレンの場合、あくまでも自然魔法()だから木の根とツタしか使えない。


「だからって……諦めるわけにはいかないんだよッ!」

『グルゥッ!?』


 木の根とツタに一瞬だけ手足の自由を奪われたシーフウルフェンに対し、レンは間髪入れず近づいた。彼はこれしかないというタイミングで木の魔剣を振り上げ、シーフウルフェンの脳天目掛けて勢いよく振り下ろす。


「ッ~~どんだけ硬いんだよ!?」


 シーフウルフェンの頭部は想像以上に硬く、レンの手に強い衝撃がはしった。

 一方で木の魔剣を脳天にくらったシーフウルフェンは、『ギィイイッ!』と痛々しい声を上げながら、六つの瞳を殺意で満たしていた。

 けれど恐れず、追撃に移ろうとしたレンが木の魔剣を握る手に膂力を込めると、


「なっ……!?」


 木の魔剣は持ち手から先が砕け、すぐに持ち手も霧のように消えてしまう。

 また、周囲にあった木の根やツタもほぼ同時に消滅した。


(さっきの衝撃で砕けたのか……でも、砕けても再召喚すればいいッ!)


 これがスキルで召喚された剣であるから、きっとできるはず。

 レンがいつも召喚するように意識してみると、木の魔剣はあっさりと再召喚された。

 けれど、レンの頭に一瞬だけ頭痛が奔った。


(壊れた魔剣を召喚したから……なのか……ッ)


 魔力の消費が普段の比じゃない。

 しかも、木の魔剣が壊れた隙にシーフウルフェンが反撃に移ろうとしていたのだから、息を吐く暇もなかった。


『グォォオオオオオオオオッ!』


 幸い、脳天への一撃の余波が残っていたようだ。

 シーフウルフェンはややふらつきながらも大口を開けてレンに近づく。その動きは僅かに鈍くなっていた。


「くっ……」


 けるのも必死のレンが真横に飛ぶ。

 地面を転がると、湿り気のある土が口の中に入って気持ちが悪い。

 乱暴に唾を吐き捨て立ち上がり、呼吸を整えながら木の魔剣を構えた。


(もう一度、木の魔剣でシーフウルフェンの脳天を叩く────のは現実的じゃないか)


 木の根とツタを生み出しつづけるのも魔力をかなり消耗するのに、そこへ木の魔剣を使い捨てにするなんてとんでもない。

 考えているうちにもシーフウルフェンの風魔法が迫り、やはり無理だと結論付けた。


『グルゥ────ガァアアアッ!』


 ふんに身を駆られたシーフウルフェンが迫る。

 当然、レンは幾度となく木の魔剣を駆使して防戦した。

 それが何分つづいた頃だろう? 消耗したレンの身体がふらっ、と揺らいでしまう。


『グルォォオオオッ!』


 疾風がごとく突進を見せたシーフウルフェンがその隙を突き、無防備になったレンの横っ腹に牙を立てた。


「ぐぁっ……ぁ……っ!?」


 革の防具では太刀打ちできない鋭利な牙がその防具をあっさり貫き、少年の柔肌へと牙を食い込ませる。

刊行シリーズ

物語の黒幕に転生して7 ~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~の書影
物語の黒幕に転生して6 ~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~の書影
物語の黒幕に転生して5 ~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~の書影
物語の黒幕に転生して4 ~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~の書影
物語の黒幕に転生して3 ~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~の書影
物語の黒幕に転生して2 ~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~の書影
物語の黒幕に転生して ~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~の書影