六章 聖女襲来 ①

 とある日の昼間、レンが住む村から遠く離れた都市クラウゼルへと、いくつかの村々から何人かの騎士たちが一斉に帰還した。

 彼らはそのまま男爵の屋敷にやってくると、すぐさま男爵が待つ執務室へ向かった。

 アシュトン家の村から帰還した騎士はそこで、正体不明の魔物がシーフウルフェンだったことを報告したのである。更にレンが単独討伐を成し遂げたと聞いた男爵とヴァイスは、驚嘆せざるを得なかった。


「ヴァイスッ! レン・アシュトンのことは聞いていたが、それほどの実力者だったのか!?」

「た、確かに逸材でございました! ですが、まさかシーフウルフェンを単独討伐とは……ッ」


 衝撃を覚えて止まない二人はつづけて報告を聞く。

 騎士たちによると、念のため各村々に数人の騎士を残して帰還したとのことだ。


 男爵は報告が終わったところで、ヴァイスだけを残して言葉を交わす。


「……いずれにせよ、アシュトン家への褒美を用意せねばな」

「今年の分の税を免除としてもよいのではないかと。また時期を見計らい、ご当主様自ら激励しに行くのもよろしいでしょう」

「では褒美はそれにしよう。────やれやれ。それにしても、引きつづき他の貴族どもを探らねばならん。どうにも疑問が残る」

「……ですな。シーフウルフェンほどの魔物は本来、あの一帯に現れることのない魔物ですから」


 首肯したヴァイスを見た男爵が机を叩く。


「ふんっ! の仕業に決まってる!」


 男爵はそう言って立ち上がると、窓を乱暴に開けて町を見下ろす。

 英雄派、そして皇族派、この二つの言葉について男爵は多くを語らず、頰に苛立ちを浮かべていた。傍に控えていたヴァイスの顔にも険しさが漂う。


「警戒しないわけにもいかん。しばらくの間、各村々に残った騎士をそのまま駐留させる」


 男爵が硬い声音で言った。


「はっ! 二名か三名は各村々に残るよう、私から連絡しておきましょう」

「そうしてくれ。……しかしヴァイスには、近いうちに今一度アシュトン家の村へ行ってもらった方がよさそうだな」

「承知しました。ロイ殿らに、村で気になる異変がなかったか尋ねればよろしいのですね?」

「ああ。この仕事を誰よりも信用できるお前に託したい」

「────心得ました」


 応じたヴァイスは間もなく退室した。


 彼は少し廊下を進んだ先で、廊下の壁に背を預けていたリシアを見かけた。

 聖女に恥じぬみやびやかな佇まいでそこに居た彼女は、近づいたヴァイスを見上げて口を開く。


「ほんとなの?」

「と、申されますと?」

「わかるでしょ。私と同じ年齢の子がDランクの────それも、シーフウルフェンを討伐したって話よ」


 恐らくリシアは先に退室した者たちから話を聞いたのだ。

 それで興味を抱いたと言ったところか。


「事実のようです。あの少年ならあり得る、私にこう考えさせるほどの逸材でしたから」

「じゃあ、ほんとに私より強いの?」


 ヴァイスは即答する。


「間違いなく」

「なら、立ち合わせて」


 同じく間髪入れず言ったリシアが一歩前に出た。


「私は『白の聖女』として、同じ年の子に負けたくない」

「……ふぅ。お嬢様、ご自分が無理を言っていることはおわかりのはずですが」

「ええ。無理なことを承知で言ってるわ」

「承知の上でしたら私もお答えしましょう。それは不可能です。アシュトン家の屋敷までは相当の時間を要することに加え、今はシーフウルフェンのこともあって油断ができない状況ですので」

「……」

「無論、お嬢様がご存じのように、我らが護衛をすれば問題はございません。しかしながら、立ち合いたいというだけでお嬢様をお連れすることはできません」

「ふぅん……そう」


 ヴァイスは一瞬、これでリシアが諦めてくれたと思った。

 その証拠にリシアはうつむき、両手を祈るように重ねてか弱さを醸し出す。

 けれど、彼女はすぐに顔を上げた。ヴァイスに見せた表情は可憐ながらも勝ち誇り、密かにほくそ笑んでいた。


「お父様のことだわ。アシュトン家への褒美は税の免除とか、お父様の激励なんでしょ? でもお父様は多忙だから、私が代わりに行った方がいいと思わない?」


 もろもろを看破されたヴァイスは、自らの言葉選びを呪った。

 そしてリシアが天性の剣の腕に限らず、勉学においても物覚えの良さとたゆまぬ努力を重ねる秀才であることを思い出し、ため息を吐きながら額に手を当てた。


「ふふっ。お父様のところに行かなくっちゃ」


 そう言ったリシアは壁から離れ、ヴァイスに背を向けて歩き出す。

 もちろんヴァイスはその後を追った。


「今日はご当主様を言い負かしたりしないよう、お願いいたしますぞ」

「ひどいことを言うのね。私、お父様を言い負かしたりなんてしてないわよ。いつもご相談させていただいてるだけじゃない」


 優雅な佇まいで振り向いた彼女は、なおも可憐な微笑みを浮かべていた。


◇ ◇ ◇ ◇


 更に幾分かの日々が過ぎた。

 シーフウルフェンの騒動からはや二か月近く過ぎ、季節は秋に差し掛かる。

 クラウゼル男爵領の各地で冬支度がはじまったその頃、レンは一人、麻袋を手にツルギ岩の頂上に足を運んでいた。

 彼は降り注ぐ陽光に誘惑され、つい惰眠を貪っていた。

 ツルギ岩の頂上で大の字になり、やや寒くなってきた風を浴びながら。


「……寝てた」


 思い出したように目を覚ましたレンは、欠伸あくびが出る口元に手を当てた。

 その際、腕に装着した魔剣召喚の腕輪が視界に入った。

 レンが腕輪に埋め込まれた水晶を寝ぼけまなこで見ていると、シーフウルフェンとの戦いを経て成長した力が映し出される。





 レンは昨日、そして一昨日にリトルボアを合計二十匹狩った。

 そこに諸々の情報を照らし合わせて計算すれば、シーフウルフェンから得た熟練度を導き出すことができる。

 つまり〝80〟だ。

 魔剣召喚術も魔剣も、等しくそれだけの熟練度を得たということになる。


「やっぱり魔物と戦って得られる熟練度と、魔石から吸収できる熟練度は同じなのかな」


 だが、両者が同じ数字になることはないだろう。魔物を相手にしない訓練をしたり、魔石の力を吸収できなかった際は、魔剣召喚術のみが熟練度を得るからだ。

 と多くのことを再確認したところで、レンは本命とも言える文字に目を向ける。


 ────『盗賊の魔剣』。


 察するに、シーフウルフェンの魔石から得られた魔剣だ。

 特殊条件を達成することで魔剣の種類が増える……これは魔剣召喚の基本的な情報の一つだったが、今回はそれが達成されたということらしい。

 今後も特殊個体の魔石から、新たな魔剣が得られるのだろうか? などと考えつつ、レンは腰に携えていた木の魔剣を消して、盗賊の魔剣を召喚した。


「剣って言うより、指先だけの鎧だなー」


 盗賊の魔剣は銀色のてっこうに覆われたような外観である。

 レンはそれを人差し指に装備して、近くに落ちていたリトルボアの骨にその手を振った。

 しかし、何も起こる気配がない。

 代わりに近くを飛ぶ小鳥に振ってみると、今度は一陣の風がレンの手元から生じて、その先で飛ぶ小鳥に吹き付けた。

 小鳥はそれを受けてどこかへ飛んでいったが、レンの手のひらにはその小鳥の羽があった。


(生物を対象にしないと力を発揮しないんだろうな)


 だから、ただ無造作に使っても意味がない。

 また盗賊の魔剣は一度使うだけで相当な魔力を消費するため、多用はできないことがわかっている。


(あと気になることと言えば)


 盗賊の魔剣は次のレベルまでに必要な熟練度が僅かでも、リトルボアの魔石では熟練度を得られなかった。

 そのため、レンは二つの予想をしていた。

 盗賊の魔剣が熟練度を得るには、一定以上の強さを誇る魔物の魔石、あるいは同じシーフウルフェンの魔石が必要である……この二つだ。

 レンは特に二つ目の説を推している。

 次のレベルに必要な熟練度が極端に少ないから、シーフウルフェンとの遭遇率を思えばこのくらいでも不思議じゃない気がしていたのだ。


 ……と、様々なことを考えたところでレンは身体を起こす。

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