六章 聖女襲来 ②

 彼がどうしてツルギ岩の頂上に足を運んだのかというと、シーフウルフェンが蓄えていた宝飾品を回収しに来ていたからだ。決して惰眠を貪りに来たのではない。

 目的を再確認したレンは持ってきた麻袋の中へと、辺りに散乱した宝飾品を詰め込みはじめた。


(こうして戦利品を集めるのって新鮮だな)


 ゲーム時代は戦闘終了後、ゲームのシステムとしてアイテムを手に入れることができた。だがその世界が現実となったいまでは、そんなシステムは存在しない。だから魔物が隠し持っていたアイテムをこうして手に入れるわけだが、それが新鮮だった。

 討伐したリトルボアを持ち帰るときとは、まったく違う感覚だ。


 しかし実際のところ、ここに落ちているものはすべてはずれだ。シーフウルフェンが落とすアイテムのうち、当たりは特別な武器や防具で、宝飾品などの換金アイテムは外れに該当する。

 とはいえ、悲観する必要はない。いままで隠していた魔剣召喚の腕輪を、今日からは拾った宝飾品の腕輪だと言って堂々とすることができる。ついでに残る宝飾品を売れば、レンが住む村のためになろう。

 ……ただ、宝飾品の中に腕輪はなかった。

 それでも、普段隠して装備している魔剣召喚の腕輪を、今回見つけた腕輪だと言い張ってしまえばいい。

 レンはそう自分に言い聞かせた。


「うん?」


 唐突に首をひねったレン。

 宝飾品だけだと思っていた品々の中に、が一つ紛れ込んでいた。

 手にしてみたそれは、レンの頭くらいの大きさをした大きめの水晶玉で、全体が蒼玉を想起させるあおに濃く染まっている。

 内部では蒼い雷のような光に、蒼いもやうごめいていた。


「これって……」


 ただの宝石には見えないそれを眺めていたレンは、これが自分の知るアイテムである可能性を考えた。


 けれど、深く考えようとしたところへ、


『レン殿ー!』


 離れたところから騎士の声が届く。

 それを受けて、レンは持っていた麻袋に慌ててすべてを詰め込んだ。

 つづけて木の魔剣で生み出したツタに手を伸ばして下に降り、木の根の上を歩いて湖を渡り終えれば、すぐに蹄鉄の音が近づいてくる。レンがそれらのツタを消してすぐ、騎士が姿を見せた。


「レン殿! 森に入るときは、我らにお声がけをとあれほど言ったではありませんかッ!」

「あはは……ごめんなさい。もう大丈夫だと思ったもので」

「まったく……あの夜から間もないのですから、無理はなさらぬようお願いしますよ」


(……確かに、あれからまだ二か月しか経ってないのか)


 あの夜、予定より早く到着した男爵の増援により、レンは幸運にも一命をとりとめた。

 だが傷は内臓に達するほど深く、意識が回復するまで何日もかかった。

 それでも騎士が持参した薬に加え、レン自身の生命力が功を奏してか、リハビリを経て、この短期間で以前同様身体を動かせるまで回復したのだ。

 ツルギ岩の頂上にあった宝飾品を回収するまで時間がかかったのも、それが理由だ。

 高価な品ばかりだから村に残った騎士たちに回収を頼むことも考えたが、騎士たちもシーフウルフェンの件で忙しなく働いたこともあって、頼みたくても頼みづらい状況だったのである。


「して、レン殿。どうしてツルギ岩まで足を運ばれたのですか?」

「実は探し物があったんですよ」


 こう答えたレンは手にしていた麻袋を開け、中身を披露した。


「お、おお! それはもしや────ッ」

「お察しの通り、シーフウルフェンが隠していた宝物です。基本的には売ってこの村のために使いたいんですが、大丈夫でしょうか? その……税金とか、色々と」

「問題ないでしょう。魔物を討伐したことで得られる宝物は、討伐した者に所有権が発生しますから。ただ本来ですと、レン殿はアシュトン家の責務として、村を守る一環で討伐したことになります。なので税が発生するはずですが、今回は免除となりましょう」


 シーフウルフェンを討伐した報酬として、今年はレンの村から税を徴収しないことが決まっているからだ。


「レン殿から売却を依頼されていたシーフウルフェンの素材も同じです。あちらはご当主様がお買い上げになりますが、市場価格から少し高めにお支払いをするとか」

「ほんとですか? 結構な金額を貰えそうな気がしますけど」

「ですな。シーフウルフェンの素材は装備には向きませんが、になるため貴重なのです。そのため、今後十数年は不自由しない富となるでしょう」

「おー、そりゃすごい!」

「ロイ殿はもうしばらく動けないでしょうし、こうした余裕がある方がレン殿も安心できるかと」


 そう、税の免除はこのことも影響していた。


「本人はもう動けるって言ってましたけど、上半身を小突いたらもんぜつしてましたよ」

「ま、また随分と厳しいことを」

「これくらいでいいんですよ。でないと、うちの父は勝手に完治したって言いだしますから」


 あきれ半分のレンの言葉を聞いた騎士は笑う。


「アシュトン家の跡取りは頼もしいことです。さぁ、それでは村に戻りましょう。今日の分の狩りは我らの方で済ませてありますので、ご安心ください」

「すみません────では、お言葉に甘えて」


 申し訳なさそうに言ったレンは騎士に促され、騎士が駆る馬に同乗した。


◇ ◇ ◇ ◇


 屋敷に戻ったレンは自室に向かい、クッション性に欠けるソファの上に麻袋を置いた。

 麻袋の中にある宝飾品は基本的に売却するつもりだったが、宝飾品の中に紛れ込んでいた例の宝は話が別だ。

 レンは麻袋の中から蒼い玉だけを取り出し、それをソファの傍にあるテーブルに置いた。


「やっぱりだ……間違いない」


 蒼い宝玉の中にある蒼い雷のような光と、蒼い靄。

 面前にある存在感の塊を再確認したレンは、それが自分が知る希少なアイテムであると確信に至った。



「────だ」



 七英雄の伝説がレンにとっての現実となる以前、まだゲームだった頃の話だ。

 討伐したシーフウルフェンが落とすレアアイテムの中に、多くのプレイヤーが躍起になって利用法を探ったアイテムがある。

 それがこの、セラキアのそうじゅだ。

 これはシーフウルフェンが落とすアイテムの中で最も確率が低く、特に希少性が高い。

 ゲーム時代は魔獣使いビーストテイマーというスキルを設定した主人公のレベルを最大まで上げることで、アイテムの説明欄が開放され、意味深な文章を確認できるようになったのだが。



『どうやらこれは卵のようだ。殻と思しき表面はいかなる名剣でも歯が立たないほど硬く、触れればとてつもない力を感じる。。生まれた暁には、主人に絶対的な忠誠を誓うはずだ』



 その説明を読んだプレイヤーたちは、ゲームの設定に存在するある魔物を思い浮かべた。

 七英雄たちが魔王を討伐する以前、その魔王に牙を剥いた魔物である……とゲームの設定資料集に記載があった存在だ。

 その魔物は絶対的な氷と闇の力で、魔王を手こずらせたという情報がある。

 アイテム名のセラキアという単語は、その魔物がんでいた絶対零度の大地を指すようだ。


「……どうしよ、コレ」


 手元に置いておくか、それとも売却するか。

 売却すればとてつもない富になる。

 だが既に、他の宝飾品だけでも相当な金額を得られることは確定している。

 村の今後を思えば資金が多いに越したことはないのだが、強大な魔物が生まれることが事実だとすれば、第三者の手に渡ることを避けたいと思う自分も居る。

 生まれた魔物は主人に絶対の忠誠を誓うと言うし、その力が猛威を振るうのは避けたい。

 捨てるのは論外で、説明欄にあるようにとてつもなく硬いのが実情なため、破壊も難しい。


「……とりあえず、手元に置いとくしかないか」


 けど、孵化させることは難しい気がした。

 孵化するために必要な偉大な龍の角というアイテムが、入手方法やその正体にいたるすべてが不明なためだ。

 故にゲーム時代には、その希少性に相反してただの換金アイテムでしかなかったのだ。


 レンはそれから両親の部屋へ足を運んだ。

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