六章 聖女襲来 ③
シーフウルフェンから得た宝飾品について話すつもりだったのだが、どうやらロイとミレイユは騎士からその話を聞いていたようだ。
「財宝のことは聞いてるぜ! お手柄だったな! 男爵様のご厚意で、税も掛からないんだって?」
「らしいですね。おかげで屋敷も直せそうだから助かります」
「レンは相変わらずだな……もっとこう、豪華な装備が欲しい! とか、それこそスキル鑑定に行きたい! とか思わないのか?」
どれもこれもまったく思わなかった。
むしろ勝手にそれを計画されたら、数日は口を聞かなくなるくらい不満だった。
「それよりも薬草をたくさん注文しておきたいです。もう備蓄がありませんし」
「お、おいおい! せっかくレンが手に入れた宝物なんだから、贅沢に自分がしたいことを言っていいんだぞ!?」
「そうよ! レンの気持ちは私たちも嬉しいけど、レンが命懸けで頑張ったんだから……っ!」
「ありがとうございます。でも、俺一人の手柄じゃありませんから」
ロイが深手を負わせていたからこそ、倒せたことも事実なのだ。
しかし、ロイとミレイユはレンの言葉に気が引けていた。
(俺としては、ほんとに屋敷とか村のために使いたいんだけど)
それでも両親はレンを第一に考えており、どうしたものかと迷っていた。
この雰囲気が本意ではなかったレンは、ならば、と考えて両親へ片腕を見せた。そこには魔剣召喚の腕輪が装着されている。
「それなら、この腕輪を貰ってもいいですか? これもシーフウルフェンが集めていたものなんですが、気に入っちゃって」
「もちろんだ! けど、他に欲しいものはないのか?」
「一つだけじゃなくていいから、他にレンが気に入ったものがあれば言ってみて?」
「えっとですね……あ、それなら────っ!」
どのように相談するか迷っていたが、これなら都合がいい。
レンはセラキアの蒼珠の正体に気づいていないふりをして、
すると二人は快諾し、レンの願いに耳を傾けた。
「俺はもう十分ですから、残りは屋敷と村のために使ってくださいね」
レンが改めて口にした言葉を聞き、彼の両親は仕方なさそうに笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日の昼過ぎ、庭に出たレンは訓練用の木剣を片手に、その手の指に盗賊の魔剣を装着して身体を動かしていた。
盗賊の魔剣は生物以外に効果がないから、狙いは時折飛んでくる小鳥たち。
その行動の意味はもちろん、盗賊の魔剣を使う練習だ。
(こればかりは欠点だな)
一応、腕輪を召喚してさえいれば身体能力UP(小)の恩恵が得られる。
だが魔剣はまだ一本しか召喚できないから、盗賊の魔剣の効果を生かすには、木の魔剣を使うことを諦めなければならない。自然魔法(小)も諦める必要があるのだ。
魔剣召喚術のレベルを上げれば二本同時召喚が可能となるが、それはまだ先の話である。
(……まぁ、リトルボアなら木の魔剣が無くても平気か)
アシュトン家には普通の金属で作られた剣もあるから、その中から小さいものを手にして森に入ればいいだけだ。
そう考えていたところへ────
花の香りと共に、澄んだ美声が届く。
「────
それはレンの背後から。
屋敷を取り囲む、まだ修理が終わっていない古びた柵の傍から届いた。
(あの女の子は────)
綺麗で、可憐だった。
妖精や女神を思わせる目を引く少女が立っていた。
レンはその少女に目を奪われながら二つのことを思う。あんな女の子は村にいない。それと、何処かで見たことがあるような……
「ああ……俺がレン・アシュトンだけど」
気持ちの整理がつかぬまま、でもレンは名乗り返した。
すると少女は絹を想起させる艶やかな髪を秋風に
少女の身を包んだドレスも相まって、息を
「良かった。私、貴方に会いたかったの」
「俺に……?」
「ええ。ここ最近、ずっと貴方のことだけを考えていたわ」
情熱的な言葉を聞かされ、更にレンは困惑した。
一歩、そしてまた一歩と近づく彼女から目を離さず。いや、目を離すことは許されていないと言わんばかりの魅力を前に、レンはじっと佇んでいた。
「怪我は治った?」
「ああ。つい最近完治したよ」
その言葉を聞き、少女は目を細めて微笑んだ。
すると彼女は背中に手をまわしたと思いきや、一本の短剣をレンの目の前に投げてよこす。
不思議に思ったレンが少女を見ると、少女はまったく同じ短剣を手にしていた。
『待つのだ少年────ッ! その────を、取っては────ッ!』
不意に遠くから聞き覚えのある声が届く。
見れば、ヴァイスが馬に乗りこちらに近づいてくる最中だった。遠すぎて声があまり聞こえなかったが、そもそも、
(とりあえず待ってよ)
レンはそう考えてその場でしゃがむと、足元に投げられていた短剣を手に取った。
見れば刃はなく、潰されている短剣だった。
「勇敢ね。止められたのに剣を取ったのだから、あるいは自信の表れかしら?」
「……ん?」
「開始の合図は私からでもいい?」
「えっと────はい?」
疑問を込めての「はい?」を口にした。だが少女には肯定を意味する「はい」に聞こえてしまっていた。
それを受けて少女は、
「────じゃあ、はじめましょう」
心の底からの喜びを頰に浮かべ、手にした短剣を構えたのである。
すると、その少女は鋭利な踏み込みでレンとの距離を瞬く間に詰めてくる。
風のように早く、洗練された足捌き。
もちろんレンは、唐突に戦いがはじまったことに困惑した。
が、対する少女はレンの困惑をよそに、自身が手にした短剣でレンの肩口を狙った。
(────疾いけど)
ロイほどではない。威力も恐らくそうだろう。
だが剣筋はレンが見たことのない鋭利さと流麗さで、これにはヴァイスとの訓練を思い出す。
これらを刹那に読み取ったレンは、
「模擬戦なら、木剣の方が安全だと思うんだけどね────ッ!」
後手に回りながらも、いとも
少女は数歩距離を取り、端麗な顔立ちを驚嘆に染め上げる。
「ふふ……っ! すごい! こんなに楽しいのは生まれてはじめてっ!」
少女は圧倒されながらも不敵で、諦めの言葉を口にしない。
やがて彼女はレンから距離を取り、身を覆うドレスに手を伸ばした。
様子を
……少女がドレスを脱ぎ捨てたのだ。
「え」
しかし下着姿になったわけではない。その下には白を基調とした軍服を思わせる、動きやすそうな服を纏っていた。
(あの服、なんか見覚えがあるような)
手がかりを思い出そうとしていたところへ、少女が容赦なく迫りくる。
動きやすくなったからなのか、それとも意識の変化か、さっきよりも疾さと鋭さが増していた。
「これならどうッ!」
幼い少女が見せる剣には到底見えない、洗練された剣だったが、
「いや、どうってことないッ!」
レンには及ばなかった。
そろそろ勝負を決めようと思ったレンは更に膂力を込め、これまでと違い、少女の体勢を崩すような立ち回りを見せる。
「噓……っ!?」
剣を支点に身体を押された少女は片一方の足に大きく重心が寄った。
彼女の身体は情けなく背中から倒れていき、レンの剣に猶も
やがて、押し寄せるレンの膂力に負け、背中まで大地に重なった。
「────俺の勝ちだ」
少女の首の真横に、レンが手にした短剣が突き立てられた。
上半身はレンに
しかし、数秒過ぎると少女の頰が僅かに上気しだす。
「…………い、わ」
「ん?」
「だ、だから……っ! 近いわって言ったのっ!」
レンは慌てて立ち上がり、少女から距離を取る。



