六章 聖女襲来 ④

「ご、ごめんッ! 状況が状況だったし、君に負けを認めさせようと思って、つい!」


 他に理由なんてない。

 少女もそれはわかっていたようだが、照れくささはどうすることもできなかったらしい。

 真っ赤に染まった彼女の頰に、レンは思わず目を奪われる。


「~~っ! わ、私に恥ずかしい思いをさせたこと、後悔させてあげるんだからっ!」


 少女は勢いよく立ち上がり、羞恥に瞳を潤ませながら剣を振った。

 洗練された動作は依然として変わらなかったが、どこか焦りがあって雑さが見えた。


「え、まだやるの!?」

「当たり前でしょっ! 私に負けを認めさせてないじゃないっ!」

「────な、なんて暴論だ」


 ともあれ、このまま戦うつもりもない。

 レンは少女に怪我をさせることを恐れていた。

 だから早めに終わらせたかったのに……。


「お嬢様、そこまでですッ! 少年もそこまでにしてくれ!」


 つづく一手に迷っていたレンの耳に、ようやくヴァイスの声が届く。

 それを受けて、レンは落ち着いた声でヴァイスに問いかける。


「ヴァイス様、どうしてここに?」

「ああ……急な訪問ですまなかった。実はだな」

「ヴァイス。説明は私がするわ」

「……かしこまりました」


 少女は歩きだすと、レンの数歩手前で立ち止った。

 そしてカーテシーを披露する。

 脱ぎ捨てたドレスと違い軍服を思わせる服装でありながら、隠し切れない気品と高潔さを漂わせたカーテシーであった。

 その振る舞いで、少女の周りだけパーティ会場のようにきらめいて見えた。

 抜群の容貌に浮かべた微笑みに対し、レンは無意識にれそうになってしまう。


「私はお父様の名代として、アシュトン家に手紙を持ってきたの」


 耳を傾けていたレンの首筋に冷たい汗が伝う。

 少女の言葉から、まさか────と嫌な予感を募らせていた。


「お父様はシーフウルフェンの討伐について、アシュトン家をたたえるとともに、レン・アシュトンに対しても将来を強く期待する、と仰っていたわ」

「あ、はい……ありがとうございます……」


 はっきりしない態度のレンに、少女が若干むっとした様子で繰り返す。


「何よその反応。嬉しくないの?」

「お嬢様。少年は戸惑っておられるのでしょう。それにお嬢様は、まだ名乗られてもおりませんから」

「あら、言われてみればそうね」


 少女はこほん、と咳払いをして居住まいを正す。

 優雅な笑みを浮かべ、その名を口にするために。



「私はリシア・クラウゼル────『白の聖女』よ」



 私のことは知っていたのよね? と。

 彼女は呆然としたレンに追い打ちを仕掛けるように問いかけた。

 問いかけられたレンは頰をらせながら頷き返すと、リシアが満足したのを確認してから空を見上げる。

 その瞳は、限りなく遠くを眺めていた。


「お嬢様、お召し物を」


 遠目をしたレンの近くで、ヴァイスはリシアが脱いだドレスを手に取って言った。


「汗をかいたから後にするわ」

「承知いたしました。それにしてもお嬢様、森での休憩中、私が席を外した隙を狙い一人でここまで来たことは容認できませんぞ」

「ヴァイスたちの休憩が長すぎるのよ。だから私は一人で馬に乗ってきたんじゃない」


 二人は驚くレンと違い、落ち着いたやり取りを交わしていた。

 その近くで、レンは啞然としたまま考える。


(意味がわからない……なんでこんなことに)


 まさか急にリシアが来るとは思いもしなかった。

 最近も、どうにかして顔見せの機会を無しにできないか考えていたのに、とうの勢いには驚くしかなかった。


◇ ◇ ◇ ◇


 リシアとヴァイスの二人を屋敷に案内すると、ロイとミレイユは慌てて歓迎の支度をすると言った。けれどロイは動けないから、自身が療養する部屋でヴァイスに最近の状況を報告するに留められた。


 しかし、リシアはその部屋に留まらなかった。

 彼女は遠慮なしにレンに声を掛け、客間で話をしようと言ったのだ。


「ねぇ、私がどうしてこの村に来たと思う?」


 客間にある古びたソファに座って早々、リシアが対面に座ったレンを見つめて尋ねた。

 そのソファは、彼女が座るだけでも名工の逸品に見えてくる。


「男爵様からの手紙を持ってきたと仰っていたと思いますが」


 レンは口調を初対面のときと違い、寄親の令嬢と話すために改めた。


「残念、それは言い訳よ」


 そう口にして、面前の少女は勝気に笑む。


 ────白の聖女、リシア・クラウゼル。

 七英雄の伝説では主人公たちのパーティに加わらないものの、イベント戦に限って力を貸す彼女の実力は相当で、レベルを上げた主人公でなくば太刀打ちできない。


(……道理で目立つ容姿だったわけだ)


 また、リシアはその抜群の容姿と人となりで、多くの男性プレイヤーを魅了したキャラクターだ。その人気は全キャラクターの中でもトップクラスだったことを覚えている。

 だが恋仲になることはできず、『攻略できないヒロイン』として有名だった。


「言い訳ということは、他に目的があったんですね」

「ええ。もちろん」


 頷いたリシアが嬉々とした声でつづける。


「自分の目で確かめたかったの。あのヴァイスが強さを讃えた貴方を、私と同い年なのに、一人でシーフウルフェンを倒した貴方の実力をね」

「ヴァイス様は過分に評価しておられるようです。シーフウルフェンは父さんが怪我を負わせていましたから、全部が俺の……私の実力とはならないかと」

「……ふふっ、変なの」


 挑発的な笑みを浮かべたリシアが上半身を僅かに乗り出した。


「いまの言い方、まるで私に気に入られるのがイヤって言ってるみたい。謙遜してるように聞こえるけど、ほんとにそれだけかしら」


(……勘がいいな)


 レンは声に出さず、苦笑いを浮かべた。

 だが、レンがこう振る舞うのは無理もない。

 レンは転生してすぐに平和な暮らしを求め、七英雄の伝説と同じ未来を避けるべく行動をつづけてきた。中でもリシアとの出会いを回避するのは至上の案件だったのだから、ここで気に入られるわけにはいかない。

 でも、互いの関係は貴族と騎士の関係で断ち切れないのだ。

 それならせめて、懇意にはならないように振る舞うしかなかった。


「でも、イヤだとしても関係ないわ」

「────え?」

「貴方、私が住む町クラウゼルに来る気はない?」


 彼女はそう言い放つと、その真意を語る。


「さっきの立ち合いで確信したわ。貴方は強いだけじゃなくて勇気もある。急に立ち合いを申し込まれたのに、臆することなく剣を取ったのがその証拠よ」


 リシアはレンの強さに限らず、彼の人格も讃えた。


(あれって立ち合いの申し込みだったのか……)


 投げられた剣を取ることで受託したとなされるのだろう。


「私はあれが立ち合いって知らなかったんです。だから勇気があるかは関係ありませんよ」

「ふふっ、謙遜しないでいいわよ」

「いや、そういうのではなく……」

「わかってるわ。貴方は口だけが立派な貴族の男たちとは違うものね」


 勘違いで株が上がる中、もはや何を言っても無駄であるとレンは悟った。



「────だからこそ、是が非でもクラウゼルに来てほしい」



 実際、レンは謙虚に努力をつづけてきた。

 同年代より戦う力に富んでいる自覚があれば、勉学に関しても努力を怠らずに励んできた自信もある。

 だが、ひけらかすことは好まなかった。

 今回は誤解もあるが、リシアはそうしたレンの人となりを理解していたのだろう。


(このはすごい努力家なんだろうな)


 リシアはわざわざ時間をかけてこんな辺境まで足を運んだのだ。

 たとえその陰に強引さが見え隠れしようと、根源に向上心があるのは間違いなかった。


「それに私は負けず嫌いなの。貴方に負けっぱなしでは帰れないわ」

「あれ、負けは認めてないのでは?」

「言葉のあやよ」

「はぁ……いずれにせよ、私といつでも立ち合えるように町に来てくれということですね」

「よかった。私の考えを理解してくれたみたいね」

「ただ申し訳ないんですが、私はこの村を離れる気がありません」


 リシアは一瞬目を見開き驚くも、すぐにりんとした態度を取り戻す。

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