六章 聖女襲来 ⑤

「……ふぅん。やっぱり私のことがイヤなんだ?」


 関係を持ちたくないのは事実だ。

 けど、レンにはゲームのストーリー以外にも気懸かりなことがある。


「そうではないのです。私がこの村を離れると、戦える人が父さんだけになってしまいます。そこでまたシーフウルフェンみたいな魔物が現れたら、今度こそ村が崩壊しかねません」

「事情はわかったわ。でも貴方個人の考えはどうなの?」

「それは、村の事情を抜かしたらということですか?」

「ええ」

「だとしても村を離れる気はありません。俺はこの村での生活を気に入ってますし、わざわざ都会で暮らしたいと思ったこともないのです」


 この返事を聞いたリシアは黙りこくった。

 すると、腕を組んで指先を口元に押し当てて考え込む。


「────絶対に諦めないんだから」

「あの、いま何か────」

「気にしないで。独り言だから」

「絶対に諦めないとかどうとか……」

「いいえ、気のせいよ」


 レンの指摘が正しいことは明らかなのに、リシアは絶対に語ろうとしなかった。

 かたくなに否定した彼女は不意に立ち上がると、


「ごめんなさい。さっきの立ち合いで汗をかいてしまったから、お風呂を借りたいの。まきだいはちゃんと払うわ」


 何事もなかったかのように話題を変えた。


「薪はお気になさらず。湯はもう沸かしてあるので」

「あら、普段から沸かしてあるの? もしかして魔道具でもあるのかしら」


(魔道具……そっか。この世界にはそんなものもあったんだっけ)


 魔道具というのは魔力を使って動く便利なアイテムだ。

 その形態は持ち運びできる小さなものから、巨大な設置型にいたるまで様々である。

 基本的には魔石を燃料に加工するか、使用者の魔力を用いて動作する。七英雄の伝説時代に魔石が換金アイテムの側面があったのも、これが理由だ。

 だが、魔道具は基本的に高価だ。作れる職人が限られているのである。


「魔道具は高くてうちじゃ買えませんよ。お湯を沸かしてあるのは、私が狩りに出るから、汗とか魔物の血を流すために早めに沸かしてるんです」


 レンは会話をしつつ案内した。

 この屋敷にある古びた手洗い場や浴室は、ミレイユが毎日丁寧に掃除をしているから古臭くとも清潔だ。

 案内を終えたレンはリシアが不満そうにしなかったことにあんし、彼女に背を向ける。


「今度、私の屋敷からちょうどいい魔道具を持ってくるわね」

「それはありがた────んんッ!? 今度!?」

「…………あの、ね? 案内してもらってこんなことを言うのははばかられるのだけど、その、ずっとそこに居られると服を脱げないわ」


 至極まっとうなことを言う前に言葉の意味を教えてほしかったものだが、妙な勘違いをされてはまずいと思い、レンは仕方なくその場を後にした。


◇ ◇ ◇ ◇


 この日の夕食はリシアの提案で、彼女とアシュトン家の三人と歓談を交えながらの席となった。

 しかしレンは、食事を終えてから逃げるようにその席を立った。

 失礼かと思ったが、リシアたちが乗ってきた馬の世話をするために、とそれらしい言い訳を口にして。

 しかしリシアは、そのレンを追って屋敷の外に足を運んだ。


「しょ……食後の運動ってやつでしょうか?」

「さすが。わかってるなら話が早いわ」


 わかって当然だ。

 リシアがドレス姿でなく、軍服を想起させる白い服に身を包んでいたからである。


「こ、こんな時間に汗をかいたら大変だと思いますが……!」

「気にしないで。私、寝る前にもお風呂に入らないと安眠できないの」


 屈託のない笑みを浮かべたリシアは月明かりに照らされ幻想的だった。

 しかし、昼間のように剣を投げてよこされると、その可憐な笑みから視線をらしたくなる。


「ッ────そうだ! お嬢様がヴァイス様に怒られるからやらない方がいいのでは!?」

「残念ね。ヴァイスには許可を取ってるから問題ないわ。それに貴方のご両親にもね」

「そ、そんな────ッ!?」


 あの騎士団長、言いくるめられたのか!

 ただ、レンの両親に至ってはどうしようもあるまい。寄親の令嬢に頼まれては、断る選択肢はないに等しいだろう。

 しかしレンは冴えていた。


(あれ、俺が剣を取らなきゃいいだけじゃん)


 そうすれば戦いは成立しない。

 ほっと安堵したところで、


「剣を取らなかったら、予定より長く滞在するからね」

「……実はちょうど運動したい気分だったんですよね」


 冴えていると思った考えが一蹴され、レンは微妙な笑みを浮かべて言った。


「不思議、ちょっとイラッとしちゃった。……なんでそんなに私を拒絶するのよ、もう」


(絶対に言うもんか)


 乾いた笑みで答えたレンを見たリシアは眉根を揺らした。

 だが、剣を手に取ったレンを見て若干りゅういんを下げたように見える。


「いい? 私が勝ったら理由を教えなさい。それと、クラウゼルにも来てもらうから覚悟して」

「ちなみに、俺が勝ったらどうなるのですか?」


 尋ね返されたリシアは目を細めて言う。


「そのときは────またこの村に来てあげるっ!」


 どっちに転んでも敗北だと悟ったレンの目から光が消える。

 呆然として、片手に握った剣に込められた握力は貧弱なそれだった。

 それでも対するリシアは奮起して迫る。

 完全な隙を突いたと感じた彼女だったが、振り下ろした剣はレンに難なく防がれた。


「な────なんで防げるのよっ!? あんなに力が抜けてたのにっ!」

「いえ、そう言われても」


 元の実力差に加え、レンはリシアの立ち回りに慣れを覚えていた。

 それがたとえ一度だけのせめいだったとしても、二度目のいまは一度目に比べて更に効率的な動きで防げている。


(別に、俺に勝てなくてもいいじゃんか!)


 彼女がな向上心の持ち主であることは重々承知している。

 レンにとって障害となるのは、彼女が生粋の負けず嫌いであることだろう。

 だが、彼女の実力から鑑みるに、わざと負けると確実にバレる。そして怒らせてしまうことは必定だ。

 そうなれば、怒ってクラウゼルに拉致られそうなものである。


「そうまでして、なんで私に勝ちたいのですかッ!」

「言ったでしょ! 私は負けず嫌いなのっ! それに『白の聖女』としても、同い年の男の子に負けたくないっ!」


 二人は何度も剣を交わし、その最中に会話をつづけた。


「『白の聖女』が関係する意味がわかりませんッ!」

「私が持つ『白の聖女』は剣の適性と身体能力に恵まれたスキルなのっ! それと神聖魔法も使えるのに負けるなんて、すっごく、すーっごく悔しいじゃないっ!」


 要は剣術、身体能力UP、神聖魔法の三つが一つになったスキルと言ってもいい。

 特に神聖魔法は強力だ。それは傷を治す力を持つ白魔法に加え、対アンデッドや解呪、解毒などの力がある聖魔法の強みを併せ持つ。他にも神聖魔法独自の能力や、自分やパーティメンバーに対するバフも使えるため、リシアが参加するイベント戦は難易度が格段に下がる傾向にあった。


「ここからは本気っ! 絶対に貴方を倒してみせるんだからっ!」


 リシアの動きが変わった。

 彼女が一瞬だけ眩い光に包み込まれたと思うと、更に速度を増した。交わされた剣からはまるで別人な膂力を感じる。


(神聖魔法か……ッ!)


 それは主神エルフェンの加護であり、身体能力UPと別物だから効果は重なる。


(こうなってくるとさすがに強いな)


 レンの顔色が変わった。


「それ、さっきも使えばよかったじゃないですかッ!」

「わかってるわよっ! でも、ヴァイスの許可なく使ったら怒られちゃうのっ!」


 それはつまり、今回は許可を得たということだ。


(お嬢様に甘すぎるだろッ!)


 眉をひそめたレンは「それなら」と言い、剣を握る手に力を込めた。双眸にも力強さが宿り、僅かに優勢になりつつあったリシアを驚かせる。


 そして────


「……噓」


 最後の鬩ぎ合いは刹那に終わる。

 リシアは気が付くと、目の前にレンを迎えていた。彼女の剣が防御の姿勢を取るより早く、レンの剣が首筋に押し付けられていたのだ。


「私の勝ちです」

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物語の黒幕に転生して7 ~進化する魔剣とゲーム知識ですべてをねじ伏せる~の書影
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