七章 大国の派閥争いと、巻き込まれたレン ②

 まだ歩けないロイに代わって、ミレイユがその手紙をレンに手渡した。

 レンは開封済みの封筒を開き、中に収められていた羊皮紙を取り出して広げた。


(……へぇ)


 羊皮紙にはギヴェン子爵は此度の騒動に加え、日ごろからこの村が貧しい状況に心を痛めていると書いてあった。

 しかしギヴェン子爵も多くの領民を抱えているため、援助の手を伸ばせなかった。

 このことを謝罪すると同時に、二つのことを提案したいそうだ。


 一 レンが住む村をギヴェン子爵領に編入させ、戦力不足を補うために騎士を常に数名配置する。

 二 レン・アシュトンをギヴェン子爵家の従僕として取り立て、十分な報酬を約束する。


 クラウゼル家の騎士が言うには、この国では辺境の村が別の貴族の領地に編入することはたまにあるそうだ。そのため、関与する者たちが皆同意すれば問題にはならないのだとか。


「ったく……シーフウルフェンの件は異変と言ってもいい。その異変を抜かすと、この村はアシュトン家で戦力が足りなかったという記録はないけどな」

「つまり、男爵様の采配が過ちではなかったということですよね」

「そういうことだ。ついでに言うと、レンが生まれる前にDランクの魔物が一度だけ現れたことはあるが……」


 その言葉を聞き、騎士が思い出したように言う。


「我らも存じ上げております。その際はロイ殿が討伐なさったとか」

「おう。言ってしまうと、あの時はシーフウルフェンに比べて楽だったぞ。いくらランクが高かろうと、シーフウルフェンのように特殊な魔物じゃなかったしな」


 ロイはクラウゼル男爵に間違いはなかったと重ねて添えた。


「ってわけだから、本題を聞きたい」


 彼は騎士に対し刃のように鋭い目線を向ける。

 声により一層強みが混じり、迫力があった。


「遂にこの辺りにまで、、ってとこか?」

「……仰る通りです」

「やっぱりな。道理であの子爵が手を伸ばしてきたわけだ」

「兼ねてよりクラウゼル家を抱き込みたいと言う者たちは多くおりました。ですがご当主様はいずれかの派閥に属さず、皇族も、そしても尊重して参りました。そのため、我らとしても現状は遺憾です」


 傍で聞くレンは一人頷く。騎士の言葉に思うところがあったのだ。


(レオメル帝国の派閥争いは確か……)


 派閥は三つ。すべての貴族がいずれかに属する。


 まず、一つ目の派閥は皇族派だ。

 彼らは皇族、ひいては興国の祖たる獅子王に強い畏敬の念を抱いている。これからのレオメルを導くのは、変わらず皇族であると考える一派である。


 そして、もう一つは英雄派だ。

 英雄派の貴族たちは、七英雄を輩出した七大英爵家を筆頭とした一派となる。

 この一派こそ、七英雄の伝説における主人公側の勢力だ。彼らは皇位のさんだつを考えているわけではなく、あくまでも、レオメル帝国をもっと自由に、民主的にするべきだと主張している。

 レオメル帝国ではレンの村のように貧しい村が増える一方で、たった一人でその貧しい村々を何十も救える富豪も存在する。

 英雄派はそれらの格差も解消すべく、皇族の強権を抑えるべきと主張する者も少なくない。


 そして、最後の一つが中立派だ。

 二大派閥のいずれにも属さない中立派の多くは、皇族と七大英爵家の考えをいずれも尊重する者たちで構成される。

 ……あるいは、革新的な変化を望まぬ者たち。

 ……あるいは、貴族が派閥に分かれることを望まぬ平和主義者たち。

 思想の違いで争わず団結すべき。それこそ魔王が現れたときのように。

 彼ら中立派は、皆がそうした考えを共有している。


(で、クラウゼル男爵は中立派だ)


 ギヴェン子爵家は英雄派なため、派閥争いの話が関係してくる。


「言いづらいのも仕方ない。こうした話はあまり公にするもんじゃないからな。それが辺境の小さな村の騎士が相手ときちゃなおさらだ」

「あなた。言い方」

「ッ────っとと、すまない。当てつけのように言いたかったわけじゃないんだ! あくまでも常識的なあれとして……っ!」


 ばつの悪そうな顔をしたロイを叱責したミレイユは騎士に「ごめんなさいね」と言い、夫の頰を軽くつねった。


「で、どうしてこんな村にまで派閥争いの波が押し寄せたんだ? ここ、辺境の中の辺境だぞ?」

「……ロイ殿もご存じかと思いますが、レン殿がお生まれになられた年とその前後で、偶然にも七大英爵家が同じく嫡子を儲けられたのです。────それも、すべての家系で」

「…………」

「父さん? なんで黙ってるんですか?」

「そりゃ、聞いたことないからだ。こんな辺境の村にそんな情報が届くわけないだろ? こちとらパーティの誘いも来ない木っ端騎士で、村を出たことだって、先代の男爵様にご挨拶に行った一度しかないんだぞ」


(なんて説得力に富んだ言葉なんだ)


「ま、さすがに、派閥争いがあることくらいは知ってたけどな」


 情報の数と鮮度は人の出入りに比例する。

 この村ではそれが極端に低いこともあって、都市部や町に比べて情報が遅れていた。

 騎士はロイの言葉に苦笑するも、若干申し訳なさそうにつづきを語る。


「七大英爵家がほぼ同時に嫡子を得たことで、英雄派がこれまで以上に団結しました。彼らは嫡子の方々を七英雄の生まれ変わりだ、とうたっているのです」

「はっ! 馬鹿げた話をするじゃないか!」


 一蹴したロイと違い、レンは天井を見上げて目を伏せた。

 いまのは決して馬鹿げた話ではない。七英雄の伝説における主人公たちはまさに、魔王を倒した英雄たちの再来と謳われることになるからだ。


「だいたい、今はもう六大だ。勇者ルインの血を引く家系がついえてから、既に百年以上経ってるんだぞ? それなのに再臨だなんて、勇者に失礼だと思わないのかよ」


 ロイの口から出た勇者ルインという存在は、魔王に留めの一撃を与えた男である。

 だが、その血を引く者は潰えたと言われている。

 何故かと言うと、彼の血を引く者たちは子宝に恵まれなかったから。それは代を経るごとに顕著になり、とうとう、一人も嫡子を儲けられぬまま滅びたのだ。

 これは現代において、魔王の呪いだったのだと語られている。


「でも父さん、勇者の血が密かに受け継がれていた、ってことかもしれませんよ」

「……レン?」

「────ほぼ同時に生まれた六人の嫡子。その方々を七英雄の生まれ変わりとするのなら、勇者ルインの血を引く者も現れるはずだ! これは偶然ではない! すべては主神エルフェンのおぼしだ! なんて考えて動く英雄派の貴族が居ても、不思議じゃないって話です」


 実際に今頃、七英雄の伝説の主人公こと勇者ルインの末裔が、この村から遠く離れた場所で暮らしているはずなのだ。


「驚きました。ロイ殿、此度の英雄派の活発な動きはレン殿の予想通りです。彼らの中には、レン殿の言葉通りのことを考える者が少なからず存在するのです」


 話を聞くレンは密かに眉をひそめた。


(うーん……立場が変わると、こうも面倒だとは)


 七英雄の伝説にて、主人公たちはレオメル帝国内で多くの困難に立ち向かう。

 その際は皇族派や中立派との小競り合いもあった。

 正直、その二勢力の貴族には腹に据えかねる発言をされたことや、目に余る振る舞いをされたこともあったが、今度は逆に、英雄派の貴族へ嫌な気持ちを覚えるとは思わなかった。


「────それにしても」


 ふと、レンが呟いた。


「お? どうしたんだ、レン」

「いえ……ちょっと気になって……。さっきの話はあくまでも、英爵家に嫡子ができた時期の話ですし、いまになって騒ぎになるのが不思議で……」


 レンが考えはじめた姿を見て、騎士たちは今一度黙りこくった。


 そして、数分後。


「父さん」


 ロイは自分に目を向けたレンの力強い双眸に、若干された。


「前にDランクの魔物を討伐したのって、何年くらい前のことか覚えてます?」

「お、おう! 確かレンが生まれる一年くらい前だったぞ!」

「……ってことは、派閥争いの影響はその頃からあったのかもしれませんね」


 騎士は一瞬驚き、すぐにレンを讃えるような表情を浮かべて言う。

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