七章 大国の派閥争いと、巻き込まれたレン ③
「レン殿は本当に理知的ですね。ご当主様も同じ予想をなさっておいででした。もしかすると、ギヴェン子爵はその頃からこの辺りを狙っていたのかもしれない、と」
「ということは、今回のシーフウルフェンも関係があるとお考えなのでしょうか?」
こう考えるのは簡単だった。
ロイも言ったように、シーフウルフェンは普通じゃない事態だったから。
「そのように伺っております。どうやら────」
「今回の件は、クラウゼル男爵家が帝都近郊に領地をいただいたことへの焦り、って感じですかね」
「ッ────!?」
騎士が驚き、そしてロイやミレイユもまた驚く横で、レンは一人冷静だった。
(ヴァイス様の話によれば、クラウゼル家が新しい領地を手にしたのは去年だ)
それにより、英雄派がクラウゼル家を警戒した。
聖女リシアがいるクラウゼル家が皇帝に領地を授かったことで、そのクラウゼル家が中立派から皇族派に
(もう一度整理しよう。一度目の騒動が起きたときは────)
七大英爵家に生まれた嫡子の影響で英雄派が活気立ち、派閥争いに火がついた時期と重なっている。それはレンが生まれる前のことでもある。
(そして、今回の二度目は────)
クラウゼル家が帝都近郊に領地を得た時期と重なっている。
更に言えば、聖女リシアの影響力が関係するのは必定だ。ただでさえクラウゼル男爵も有能な貴族だというから、クラウゼル家ごと派閥に引き入れることができたら最良だろう。
そしてギヴェン子爵のことも、やはり無視できない。
彼が何かした、という証拠はいまのところ一つもないが、シーフウルフェンから間もなく、あんな強烈な振る舞いをしてきたことを鑑みれば、無関係とも思えなかった。
(かと言って、俺たちの村を標的にしてどうするんだって話だけど……あ、ヴァイス様が言ってたな。領内を守るのは領主の務めなのか)
領内で魔物の被害が生じた際、派遣する戦力は領主のさじ加減となる。
が、その判断を何度も誤ったりすれば、罰せられることもあると聞いたことがある。
この話を前提にすれば、レンの村や近隣の村々が大きな被害に遭ったことで、クラウゼル家が罰せられる可能性はゼロじゃない。
(で、ギヴェン子爵がクラウゼル男爵にその罰を
たとえば、ギヴェン子爵が弾劾されそうになったクラウゼル男爵を庇い、恩を売ることで英雄派に引き入れる、とか。それはきっと、半ば脅迫まがいのやりとりの下でだろうが。
(あくまでもギヴェン子爵が二つの騒動と関係ある、って前提だけど)
証拠がないからあくまでも予想でしかない。
いずれにせよ、強く警戒して
「我々も、すぐにご当主様に連絡を取ろうと思います」
この場に同席していた騎士が口を開いた。
「ギヴェン子爵が何かをした証拠はなくとも、警戒するに越したことはございませんので」
「かもな。ってことは、他の村も含めて騎士の駐留期間の延長か」
「はい。そのように進言するつもりでございます」
レンは騎士とロイの話を聞きながら、何やら面倒なことになりそうだとため息を漏らした。
◇ ◇ ◇ ◇
剣吞な話の後、レンは自室に帰ってから服を着替えた。
その際、小鳥が咥えていた例の手紙を取り出して、これをどうしたものかと思いながら机に置いた。
「またあの子が来ることがあったら、そのときに返す……のもどうなんだ」
それはこの手紙を読んだと言ったも同然だ。手紙への返事を求められるに違いない。
村を離れるつもりがなく、リシアとの縁を望まないレンにとって、それは正直なところ避けたいイベントだ。
「けど捨てる……ってのは気が引けるし……」
リシアが本気で書いたであろう手紙を捨てる気にはなれない。
それをするのはあまりにも冷たく、リシアが
何がどうなってこの手紙が落ちていたのか疑問は残るが、こういった手紙を勝手に捨ててしまうことには忌避感がある。
だから彼は、自室の机に置いていた箱────木彫りが施された小物入れを開けて、その中にリシアの手紙を入れて蓋を閉じた。
小物入れはその後で、机の片隅に置く。
捨てることはもちろん、燃やすことも心が痛むことから、ひとまず箱の中で保存することにした。
「────よし」
すると彼の視線は、机の上に置いていたセラキアの蒼珠に向いた。
「見た目は綺麗なんだけどなー……」
あくまでも、見た目だけは。ただ、厄介すぎる性質のため扱いに困っているのが現状だ。
ふぅ……ため息を吐いたレンが何の気なしに手を伸ばし、セラキアの蒼珠に触れてみた。
「ん?」
最初は人差し指で、つづけて手のひらを押し付けていたら、不思議とセラキアの蒼珠が震えた気がした。
レンは首をひねりながら手のひらを放し、もう一度触れるがその反応はない。
「……気のせいか」
そう口にしたレンは欠伸を漏らし、汗を流すために浴室へ向かった。



