刑罰:クヴンジ森林撤退支援 2 ②
「あの、ごめん。ザイロに当てないようにするの、すごく気を使うし難しいんだけど……」
よくそんな文句が言えるものだ。当てられるものなら当ててみればいい、ドッタにそんなまっとうな腕前はない。
「いいから撃て。休むな。撃ち続けろ!」
という俺の指示はたぶん聞こえたはずだ。
さらに何度か稲妻が走り、俺も駆けながらナイフを放つ。そうして立て続けに粉砕してやると、片付くまではそう時間はかからなかった。焼け焦げた怪物どもの破片を蹴とばして、俺は生き残りの兵士たちに声をかける。
「おい! まだ生きてるな?」
かろうじて円陣を組み、応戦していた彼らの数はさらに減っていた。残り十人ほどか。
「あなたは」
そのうちの一人──まだ若い、いっそ少年のように見える兵士が俺を見た。いや、正確には俺の首筋にある聖印を見たのだろう。
「……懲罰勇者? なぜ、こんなところに……!」
助けられた
だが、取り合ってはいられない。俺はナイフの残弾を数える。第一波は止めたが、まだ次の一群がやってくるだろう。すべてを相手にするのは絶対に無理だ。この状況を打開するには、逃げの一手しかないのだが──
「……我々には、構うな」
少年のような兵士が忌々しげな顔で言った。彼は明らかに意識のない、負傷した戦友に肩を貸している。本人も疲労しており、
「懲罰勇者に助けられるなんて、名誉にかかわる……!」
「あれ? ええ?」
ドッタは困惑して俺を振り返った。
「いま、ぼくら、かなり感謝されてもいい流れじゃなかった? 違う?」
ドッタの言う通り──とまでは言わないが、納得がいかない、とは思った。
せっかく助けたのに『構うな』とまで言いやがる。なるほど、言う通りに構わず逃げるのは簡単なことだ。こいつらを
「──わかっていますよ、我が騎士」
いつの間にか、《女神》が俺の
少し呼吸は荒いが、ちゃんと俺たちから離れずついてきたらしい。その状態で、彼女は優雅に額にかかる一房の金髪を払った。
「彼らを見捨てて逃げるなどありえません。そうでしょう? ここは私にお任せなさい。あの程度の薄汚い
「いやいや、それは、その……」
俺は何か断る理由を探そうとした。《女神》の力を使うのは、すごくまずいことだ。いまならまだ間に合う。聖騎士団にこっそり返却することができる。力を使ってしまっては取り返しがつかない。
その場しのぎでもいいから、何か理由を見つけなければ。
「ま、待て!」
俺が必死で考えている間に、兵士の一人が
「どういうことだ? その金髪、その瞳、まさか」
バレたか。さすがに気づいたようだ。
「なぜお前たちが、その方を連れているんだ! 何をした?」
「や、やめてよ、いま仲間割れしてる場合じゃないって! それよりザイロ!」
大声をあげてドッタが遮ってくる。たぶん自分の窃盗を追及させないためだ。
「まだ次が来るよ。こっち、気づかれてるって。なんとかしなきゃ!」
「そうだな」
ドッタのいい加減な射撃だけでは
「《女神》様、とにかくここは大丈夫だ。俺らでどうにか──」
俺は《女神》を制止しながら、もう一本ナイフを引き抜こうとする。
そのとき、また別の問題がやってきた。
『──ザイロくん! ドッタ!』
耳元で悲鳴が聞こえた。
鼓膜が
どうせ無駄なことではあるが、そうせざるを得なかった。首筋に刻まれた勇者の聖印が、この声を届かせている──そういう力がある。遠距離での通話。俺たちは互いにこの忌々しい連帯から逃れられない。
『大変ですよ、聞いてください! 大変なことになりました。すごく大変です』
そう言ったのは、俺たちの名目上の『指揮官』。
政治犯にして詐欺師にして役立たずの根性なし、ベネティム・レオプール。たまに連絡をよこしたと思ったら、ドッタと同じくらい決まって『すごく大変なこと』を報告してくるのが常だ。それは主に上層部からのクソみたいな命令であったり、状況の悪化であったりする。
『これ、もう終わりかもしれないってくらい大変です。ザイロくん、いま余裕あります?』
「ねえよ!」
俺は吐き捨てながら、ナイフを握る。聖印の力が
「いまの聞こえたか? あ? これで余裕あると思うか?」
『ないような気がしました。でもこれ言わなかったら後でザイロくん怒りますよね』
「怒る。いま言っても怒るけど! なんだよ!」
『聖騎士団が動きました』
「そりゃ良かったな! さっさと撤退開始してくれたんだろ? そのくらいの報告なら──」
『いえ。魔王現象に向かって動いてます』
一瞬、自分の耳が信じられなかった。聞き返す。
「いま、なんつった?」
『そちらの森で態勢を立て直していた聖騎士団のみなさんは、魔王現象に対して戦列を組んでいます。なんでも、魔王現象の進軍をここで食い止めるとか』
「……なんで?」
『そんなの私にわかるわけないじゃないですか』
それからベネティムはだらしのないような笑い声をあげた。
『もうすぐ双方が激突しますよ。……どうしましょうね?』
知るか、と言いたかった。
聖騎士団に作戦は伝わっていないのか? 伝わっていたとしてもそれを無視したのか?
俺の知る聖騎士団は、腐っても軍事の専門家だ。こういうときは勇者部隊を捨て駒にして、さっさと離脱を始めるのが定石のはずだった。
「おい!」
俺はもはや立ち続ける力もないらしい、傍らの兵士たちに怒鳴った。
「お前らの指揮官、何を考えてるんだよ? もともとそういう計画だったのか?」
「……そうだ」
声を出すだけでも精一杯、というように、最も年少の兵士が答えた。
「我々は懲罰勇者による撤退支援など、信用していなかった。それに、キヴィア団長は……我々聖騎士団は、名誉を重んじる。一矢報いる、そのつもりで──」
「馬鹿じゃねえのか」
俺はそいつらを一人ずつ蹴り飛ばしてやりたい気分になった。が、そんな暇はない。いずれにせよ、いまこの瞬間、俺の考えていた計画は音を立てて崩壊した。
聖騎士団の撤退を支援するという命令が生きている限り、やつらに森の中に居座ってもらわれては困る。魔王現象の群れと正面からぶつかるなんてもってのほかだ。このままでは俺たちは無惨に死ぬし、聖騎士団だって全滅に近い被害を受けるだろう。
なぜなら、やつらが切り札とする想定だった《女神》がここにいるから。
(ふざけてるよな)
俺たちにできることは、こうなれば一つしかない。聖騎士団が撤退しないというのなら、切り抜ける方法は、もう──
「ザイロ」
ドッタは泣きそうな顔をしていた。
「どうしよ?」
俺は沈黙のまま、ドッタと、その背後にいる十人ほどの兵士たちを見た。彼らは傷つき、疲弊している。絶望的な表情で、しかしどこか何かに
気に入らない連中だ。いま会ったばかりの見ず知らずの連中でもある。
こんなところに来なきゃよかった、と俺は思った。
「……《女神》様」
「ええ、はい」
俺が視線を向けると、《女神》は満面の笑みで答えた。
「やはり私の力が必要でしょう、我が騎士? 反撃の時間ですね?」
「ああ。……そう……そうだ。そうだよ、反撃する」



