刑罰:クヴンジ森林撤退支援 2 ③

 彼女には、俺とベネティムの会話は聞こえていない。まだ彼女は誤解している。俺たちが、俺が、何者かを知らない。つまり俺は彼女を騙すことになる。それでもだ。


「《女神》様のお力を貸してもらいたい」


 俺ははっきりと言った。


「作戦を切り替えるぞ、ドッタ。これから俺たちは魔王を倒す」

「ええ? ちょっと、本気で言ってる? 敵が五千くらいいるんだよね、勝てるつもり?」

「無礼な方ですね。当然でしょう。この私が力を貸すのですから」


《女神》は優雅に一礼した。


「それでは我が騎士、契約の代償を差し出しなさい」

「……わかってる」


 俺はナイフを引き抜き、自らの右腕に刃で傷をつける。鋭い痛みとともに血があふす。

 つまり、これが《女神》と契約する方法だ。使い手である騎士は、自らの体の一部を差し出す。契約のあかしだ。それから誓いの言葉を交わす。一対一の契約──どちらかが死ぬまで続くもの。

 これで初めて、女神は人のために力を発揮することができる。


「頼む。俺たちを助けてくれ」

「では、あなたは我が騎士らしく、己が偉大なる存在であることを証明すると誓えますか?」

「誓う」


 俺は迷いなく言った。

 いや、噓だ。少しは迷ったが、それは言葉を発した後のことだ。言ってしまったと思った。


「いいでしょう」


 それでも《女神》は嬉しそうに俺の腕の傷口に唇を近づけた。


「承りました、喜んで」


 彼女の人形のように整った容貌から、その唇も硬いガラスのような感触かもしれない、と予想した。が、そんなはずはない。柔らかく、滑らかな唇が傷口に触れる。

 頭の奥で炎がともるのを感じた。長らく使っていなかった──あるいは忘れていた、自分の一部を取り戻す感覚。《女神》がほほむのがわかった。その全身がいっそうまばゆく輝いている。


(やっちまったな)


 つか、目を閉じると、まぶたの裏の暗闇に火花が散った。心の奥で何かの扉が開かれたような感触。それは『接続』が完了した証だった。こうなってしまえば、もはや後戻りはできない。俺はよく知っている。

 このときのこれが、まさに取り返しのつかない第一歩だったといえる。

 こうして、俺はまた人生を台無しにした。

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