刑罰:クヴンジ森林撤退支援 3 ②
『私のさっきの話の続きなんですけど。二人とも、これからどうします? 聖騎士団のみなさんを助けに行かないと……全滅したら大変じゃないですか?』
本当に、なぜここまで他人事みたいな言い方ができるのか。これにはドッタも
「何言ってんの。ぼくらはいますぐ逃げるよ。聖騎士団が勝手に戦うなんて知ったことじゃないよ」
『ですよねえ。でも、忘れてません? 聖騎士団の過半数が死んだら二人とも死んじゃいますよね。蘇生の後でまた
「うう」
と、ドッタは頭を抱えて俺を見た。
「どうしよう、ザイロ」
「何を情けない顔をしているのです! 悩むことがありますか?」
ドッタの言葉の断片で、話の流れを理解したらしい。テオリッタは非難するようにやつを睨んだ。その眼前に指をつきつける。
「逃げる必要はありません。すぐに次なる戦いへ赴くのです。そうでしょう、我が騎士?」
「言いたいことはわかったから、ちょっと二人とも黙っててくれ!」
この調子で二人に一方的に
「ベネティム、なんとか交渉できないのか。お前の唯一の存在価値だろ」
『わかりました。やってみましょう、少し時間をください』
「おいっ、いきなり噓ついてんじゃねえぞ。なんだその素直すぎる返事は!」
俺は即座にベネティムの噓を見抜いた。
呼吸をするように噓をつく男だ。俺にはベネティムの考えがわかっている。やつの置かれた状況もわかる。ベネティムの肩書は『指揮官』であり、森林の外から指揮をとっている。それも、王国刑務官の監視の下で。
つまりあの男は、臨機応変に戦況を判断し、極悪人だらけの懲罰勇者部隊を扱うことができる、唯一の存在である──と、王国刑務官たちに信じさせる必要があり、それに成功し続けている。
『どこか頼りなく、普段は役に立たないが、なぜか犯罪者どもから慕われている切れ者』。
さすが詐欺師だけあって、そういう印象を演出するのがうまい。かつて王族を騙し、王城をサーカス団に売却させかけて捕まっただけのことはある。
実際のベネティムはただ頼りないだけで、別に俺たちも慕ってはいない。普段でも非常時でも、口先以外のことで役には立たない。いま「わかりました、やってみましょう」というのも単なる演出以外の何物でもない。本当に適当なことを言っているだけだ。
『任せてくださいよ、ザイロくん。私はこれでもみなさんの指揮官ですから。たまにはいいところを見せないとね』
「こっちの声が刑務官にどうせ聞こえないと思って、適当なこと言ってるな!」
『それじゃ、すみませんがそういうことで』
「お前ふざけんなよ、後で覚えて──あ、いや待て」
そのとき、俺はベネティムがかろうじて役に立ちそうなことを思いついた。
「聖騎士団は? どこまで迎撃に出てる?」
『えーっと……』
やや長い沈黙があった。
おそらくいまさら調べているか、刑務官にでも確認しているのだろう。そのくらい把握してから連絡してこい、と言いたい。
『そこからもう少し北寄り、パーセル川沿い、の……ええと……第二渡河地点で陣を組んでる。みたいですねえ。ちょっと遠いですね』
「ぜんぜん遠くねえよ」
俺はまた呆れた。こいつは俺たちの現在地まで適当な把握の仕方しかしていない。だが、いま少しだけ役に立った。そう遠くないのも幸運だ。
このとき、俺には選択肢があっただろうか。
まともにやっても無理そうだから、聖騎士団を救うのは諦めてここは首でも
(──無理だな)
ただ、俺には悪い癖というか、どうにもできない部分がある。諦めのため息をついて、俺は背後に目をやった。疲れ果て、もはや
「お前ら、どうする?」
「……我々はキヴィア団長と、ともに戦って死ぬと決めた」
もっとも年少の兵士の一人が、よろめきながら立ち上がる。
「合流を、しなければ」
「やめとけ。もうただの足手まといだ。負傷したお前らを
俺はあえて強い言葉を使った。憎まれるのには慣れている。
「このまま南へ抜けろ」
別動隊を叩いた
「森の南端に辿り着けば、俺たちを監督する部隊がいる。そうしたらベネティムってやつを殴っておいてくれ。俺はこれからお前らの指揮官に文句を言いに行く」
「……信じられない」
文句を言いに行く、という言葉の意味を、この若い兵士はちゃんと理解したようだ。
「本当に、我々の撤退を支援するのか」
「《女神》と契約しちまったからな」
兵士たちはみんな、俺の言葉にどういう感想を抱けばいいのか、混乱していたようだった。
それはそうだ。自分たちは助けられたが、相手は懲罰勇者で、しかも《女神》と勝手に契約した。もうわけがわからないだろう。
(また、こんなことをやる羽目になるとは)
俺は大きく息を吸い、ドッタを振り返った。
「予定通り行くぞ。作戦続行だ」
「ザイロ……」
ドッタはすごく不安そうな顔をした。
「もう一回、一応聞いとくけど、本当に魔王を倒しに行くの? 正気?」
「正気だ。まずは聖騎士団と合流して、やつらの潰走を防ぐ。これしかねえよ、もう」
「まあ!」
真っ先に反応したのがテオリッタだった。彼女は手を叩いて喜んだ。
「さすが我が騎士! そうでなくては。──なんという幸運でしょう。あなたこそ、まさに私の信奉者にふさわしい」
「ぼくは反対」
ドッタはやる気がなさそうに手をあげた。
「いくら《女神》様の力があっても、魔王を倒すのは話が違うじゃん。ザイロ、きみこそ勝手に戦いはじめた聖騎士団なんかのために死ぬのは嫌だろ──ほら、だって、きみは──」
「だからだよ」
ドッタの言いたいこともわかる。
俺はかつて聖騎士団だった。そこから追放されて、こうなった。聖騎士団──というよりも、彼らの背後にいる貴族のアホどもが大嫌いだ。中には俺を
ただ、
「俺だってやつらは好きじゃねえよ。でもな、それを理由に見捨てたなんて陰口を叩かれるのは最高にムカつくんだ」
「自意識過剰だと思うよ、陰口なんて言わせとけばいいんだよ」
「俺は我慢できねえ」
俺よりチンケな連中に、そんな器の小さいやつだと思われるのは耐えられない。
結局のところ、この悪癖のせいだろう。自覚は少しある。要するに俺は、
「行くぞ」
俺はドッタを蹴りつけ、その場に突き立つ剣の一本を引き抜いた。
鋭利な刃。銀色に輝き、曇り一つない。さすが《女神》の召喚する剣だった。
「聖騎士団が壊滅したら俺たちもおしまいだ」



