刑罰:クヴンジ森林撤退支援 4 ①

 俺たちが辿り着いたとき、すでに戦端は開かれていた。

 夜の冷たい風にのって、たくさんの人間の怒号と、ときこえ、それに稲妻のとどろくような音が聞こえてくる。


「ああ……やってる。もう手遅れじゃないの?」


 ドッタが憂鬱そうに言った。

 聖騎士団の救出にあたり、こいつはまったく気が進まないようだ。パーセル川に沿った陣地では火がかれ、煙が夜空に舞い上がっている。

 火に照らされているのは、懐かしい白のかっちゅうだった。聖騎士たちだ。川を渡ってくる異形フェアリーたちを雷杖で射抜き、あるいは槍で迎え撃っている。射撃の号令で雷杖が閃光を放ち、異形フェアリーたちの体を吹き飛ばす。

 ときおりごうおんを響かせているのは、歩兵用の雷杖よりもさらに威力の高い、設営型の大型杖だろう。たぶん、ヴァークル社開発の迫撃印群。

 あれはもはや杖というより、じょうついに似ている。組み上げて使う代物で、『砲』と呼ばれていた。聖印を刻んだ実体弾を投げる種類の兵器だ。連射ができず、聖印それ自体の蓄光量の限界から弾数も限られているが、異形フェアリーどもをまとめて吹き飛ばす威力はある。俺の聖印、デカい飴玉こと『ザッテ・フィンデ』よりも出力も射程も上だ。

 要するに、おおむね彼らはよく持ちこたえているといえた。

 防衛線は異形フェアリーどもを寄せ付けていない。なかなかに士気は高く、指揮官らしき人影の号令のもと、一斉に稲妻が放たれるのが見えた。破られかけた箇所の手当ても的確だ。


(知ってる顔は、当然いないか)


 それに、翻っている青い旗にも知らない紋章が縫い付けられていた。

 傾きのないおおてんびんの家紋。聖騎士団は、後援者である貴族の威光を示すために、隊によって掲げる紋が異なる。かつて第十二隊まで存在した聖騎士団が、それぞれどんな紋章を掲げているかくらいは俺も知っている。

 そのどれにも当てはまらないということは、やはりこの部隊は新しい。俺の知らない貴族の支援を受けている。《女神》、テオリッタは十三番目の新しい《女神》なのだ。

 いよいよまずいことをしてしまった、という気がする。が、それもすべてドッタが悪いということは言うまでもない。


「ザイロ、もういいんじゃない?」


 と、やつはのんに言った。


「ぼくら抜きでも、聖騎士団は持ちこたえるかも。かなり頑張ってる」

「何を言っているのです。あなたにはきょうというものがないのですか!」


 テオリッタはドッタに対して厳しく叱責する。


「窮地に陥った人々を助けるのは最大の名誉です。我々の従者なのですから、喜び勇んでついてきなさい! そして勝利の栄光を分かち合うがいいでしょう!」

「勝利の栄光より、美味おいしい食べ物とかを分かち合いたいな……お金とか……」

「なんという……、呆れました! 我が騎士、この従者にちゃんと教育しているのですか?」


 ここまでの行軍で、ドッタの息はあがっていたが、《女神》テオリッタは涼しい顔だ。このくらいの運動量で音をあげるなどありえない、とばかりに優雅な振る舞いをしている。

 単なる強がりだ。きゃしゃな少女のような見た目から想像できないくらいには頑健だが、《女神》もしっかり疲労する。しかし、俺はそれを指摘するほどアホでもない。


「私、従者は厳選するべきだと思います。彼にはやる気も根性も足りません」


 どうやらテオリッタはドッタを「従者」だと認識しているらしい。《女神》にはよくある。俺にはどういう回答もできない。

 ただ、渡河地点の攻防に意識を集中させるだけだ。

 ドッタの言う通り、聖騎士団は想像以上に善戦してはいる。が、いつまでも持つものではない。たったいまも、突出してきた異形フェアリーによって何人かの兵士が食いつかれ、悲鳴をあげていた。お互いの攻防はれつであり、流れる血のせいで渡河地点の水面が赤黒い。


「さっさと行くぞ。攻防が始まって、そこそこ時間がってる」


 俺はすでに足音を殺し、歩き出している。


異形フェアリーどもは別方面からもかいしてくるはずだ」


 これは当然の戦い方だ。異形フェアリーどもは基本的にアホで、動物的な行動しかとれないが、やつらを支配する魔王は違う。たしかな知性があるし、戦術的に動く。


(もし、俺が魔王側だったら──)


 渡河地点を抑えられて、正面突破では損害が大きすぎる。そういう場合、上流か下流の渡河地点へ迂回を考えるべきだ。別動隊を組織してそっち側に送る。普通はそういうことをする。

 そして、聖騎士団にそれを抑える別動隊の戦力はすでにない。

 さっき俺たちが遭遇し、壊滅していた部隊がそれだっただろう。あっちの迂回は俺たちが介入したことで失敗したが、兵力で圧倒している以上、別の渡河地点にも送り込んでいるはずだ。

 結論として、急いで合流し、決定的な打開策をとる必要がある。


「それじゃ、ドッタ──」


 名前を呼んだとき、気づいた。

 まさか、と思う。この流れで、そういうことをするか? 正気か?


「テオリッタ。あいつは?」

「え? あら……?」


 テオリッタも驚いたように周囲を見回す。

 姿がない。とんでもないやつだ。このタイミングで逃げるとは──いや、いつものことだ。それにしてもすさまじい逃げ足の速さ。感心するしかない。

 それに何より、地面には布切れが一枚落ちている。

 墨で文字が書いてある──『別動隊として、聖騎士団から金目のものを盗んでおきます』。呆れるという気分を通り越している。後で見つけたら殺そう。俺たち懲罰勇者が一切信用できないクズだという説を、真っ先に証明しやがった。


「あの従者の方、どちらへ?」

「……急用を思い出したんだろ。どうせたいして役には立たねえから、いいんだけど……それより、テオリッタ。これからあんたの力がいる」

「ええ」


 彼女は目を炎の色に輝かせた。嬉しそうに。


「やはり最も頼れるのは、この私ですね。奇跡の力が必要なのでしょう? 感謝しなさい」

「……感謝してもいいが、やれるか?」


 と、あえて俺が尋ねたのには理由がある。

《女神》も疲れるということだ。運動すれば限界が来るし、召喚の奇跡を使っても体力を消耗する。無限に呼べるわけではない。先ほどはあれだけの剣を召喚したのだ──相応に疲弊しているはずだった。


「無礼ですよ、我が騎士ザイロ」


 彼女は事実、不機嫌そうに口をとがらせた。そういう表情は完全に子供だ。


「私は剣の《女神》、テオリッタ。人に奇跡をもたらす守護者です。求めるならば与えましょう。それこそが私の意味のすべてです」


(ふざけんなよ)


 と、言いたい。俺は《女神》の、こういうところが嫌いだ。

 本気で俺たち人間のために命を消費しつくすつもりでいる。そうやって命をかけるのは、ただ人間に褒めてもらうためだ。俺はそんなやつを見ていたくない。


「ですから、我が騎士。いくらでも私を頼りなさい」


 テオリッタは誇らしげに言った。その態度を賞賛されたがっているのもわかった。お断りだ、と俺は思う。そうはいくか。


「《女神》にも限界があるのは知ってる」


 俺は吐き捨てるように言った。


「死ぬまで戦うなんてことはするな。そんなことで俺は褒めない」

「なんですって?」


 テオリッタが驚いたように言ったところで、そのときが来た。

 強引な渡河攻撃。川沿いの聖騎士団の防衛力を、ついに異形フェアリーどもの物量が一時的に上回った。雷杖の射撃に怯まず突っ切ってきた異形フェアリーによって、防御柵が破壊される。どういう手を打つにしても、まずはあれを止めなければ。


「テオリッタ、剣を頼む。後ろから追ってこい」

「──ええ。我が騎士。いまの話、あなたには言いたいことがありますが」


 俺が走り出すと、テオリッタは優雅に髪をかきあげた。


「勝利してからといたしましょう」


 火花が散る。虚空がゆがみ、剣が呼び出される。無数の剣がどこか彼方から現れる。

刊行シリーズ

勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIの書影
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