刑罰:クヴンジ森林撤退支援 4 ②

 今度は空から降るだけではなく、地面からも生えた。その一本の剣の柄につま先をかけ、ちょっとした踏み台の代わりにして、俺は勢いよく飛んだ。

 空を飛ぶような、高い跳躍。

 身の丈の三倍以上は、余裕をもって跳ぶことができる。これが俺に使用を許可された、もう一つの聖印だった。

 こっちの製品名は『サカラ』という。しょういんサカラ。古い王国の言葉で、トンボの一種を意味しているそうだ。機能は基本的な身体能力の強化──を、跳躍力に絞って効果を上げている。物理法則の影響を緩和して、ごく短時間ではあるが、飛行に近い跳躍を可能とする。

 空中戦。

 これが、俺に搭載されたベルクー種雷撃印群の主な設計思想だ。上空からの火力投射。飛行する種類の異形フェアリーへの対処。そして、魔王現象そのもの、本体への機動攻撃。

 難点は、この手の変則的な白兵戦には相応の訓練が必要になること。空中機動を行いながら、高速に、かつ的確な攻撃を実施できなければならない。俺はその専門家だった。たぶん、連合王国でほんの数人の専門家。

 だからできる。空を飛びながら、テオリッタの呼び出した剣を摑む。振り下ろす動きで、今度は『ザッテ・フィンデ』──爆破の聖印を浸透させ、投げる。

 狙いは川岸、浅瀬にうごめくフーアども。俺が外すわけもない。

 爆破は群れの中心で起きる。フーアどもの肉がぜ、熱と光がひらめく。かわが砕けて水しぶきをあげた。異形フェアリーの群れがたちまち混乱するのがわかる。俺はその只中に着地して、また別の剣を摑み、振るう。

 俺が剣を使う場合、目的は斬撃ではない。『ザッテ・フィンデ』の聖印による爆撃を使う。


(数が多いな。まずは減らす)


 けに一閃。刃の触れた部分が爆ぜ飛び、千切れる。

 空から降ってくる無数の剣も、やつらを生かしてはおかない。真正面から向かってこようとしたフーアは串刺しになって、地面に縫い留められた。とっに回避を試みたやつは、味方とぶつかって体勢を崩す。あるいは転倒する。

 俺は水を跳ね上げてそこに突っ込む。剣を叩きつけ、吹き飛ばす。


「テオリッタ!」


 俺は次の剣を要求した。異形フェアリーどもの反撃がくる。ただの突進だ──後方のテオリッタを狙おうとする動き。呼び出される剣を空中で手に取る。即座に投げて、爆破。悲鳴、水蒸気。


(次だ)


 体を旋回させながら、次の敵を。次の獲物を捕捉し、跳躍し、斬り進む。俺の動きに従って、水しぶきと血と肉片が混ざり合う。


(次)


 重要なのは、動きを止めないこと。それがコツだ。


「──どうした、おい!」


 俺はフーアどもに向けて怒鳴った。それだけの余裕ができたということだ。呼吸を一つ。


「これで終わりなら楽勝だな!」


 背中を見せた一匹を斬り飛ばしたとき、気づけば周囲に敵はいない。退いていた。

 これで聖騎士団の防衛線を食い破りかけていた、異形フェアリーの群れは完全に止まった。だいぶ派手な乱入になったと思う。その頃には、聖騎士団の連中も俺に気づいている。

 俺と、《女神》テオリッタに。

 当然、やつらもめちゃくちゃに困惑していた。俺なんて水と血と肉片で、全身がどろどろのずぶれだ。


(こういうとき、声をかけておくべきなのは──)


 俺は聖騎士団の中に、ひときわ白く磨かれたよろいをまとう者を見た。賢そうな馬に乗り、旗手を従えた人物。たぶん、こいつが指揮官だ。


「──誰だ?」


 指揮官らしき者は、とてつもない警戒心のにじむ声をあげた。

 どうやら女だ。かぶとの面頰を跳ね上げると、はっきりわかった。黒髪と鋭い目つき。一昔前ならともかく、女の軍人というのは珍しくない。聖印によって身体能力を補えるからだ。

 こと軍事的な領域に限り、聖印の発展により男女の差異は減少しつつある。


「何者だ! 所属と名を名乗れ!」


 と、指揮官の女は繰り返した。

 睨む相手を貫くような目だ。その鋭い目がさまよい、俺の背後に控えるテオリッタに止まって、よりいっそう混乱の度合いを深めた。


「そ、……そちらにおわすのは、我らが《女神》ではないか! なぜ目覚めている!」


 そう叫びたくなる気持ちはわかる。俺が向こうの立場なら、もうわけがわからない。ただ、そんなことを説明している場合ではないし、説明したところで状況が変わるわけでもない。

 いまはみんなの命がかかっている。


「気にするな」


 俺は一言で切り捨て、また別の剣を地面から引き抜いた。


「わけのわからん状況だと思うが、それはぜんぶドッタのせいだ。歴史に名を刻むレベルのコソ泥だぜ、あいつは」

「待て。いや、待て。本当に。なんだ? ドッタ? い、意味がわからんぞ」


 指揮官の女は俺の発言を止めようとする。


「説明しろ! お前は何者で、何がどうなっている。なぜ《女神》が──」

「いまはたぶん、説明してる場合じゃない」


 俺は川岸の向こうを、剣の先で示す。

 いっそう黒々とした夜の闇が、そこにわだかまっている気がする。


「魔王が近づいてきてる」

「それはわかっている! だが──」

「俺は勇者で、これから魔王を殺す」


 この発言に、指揮官の女は沈黙した。本格的に状況の混乱が許容量を超えたのかもしれない。


「そういう仕事だ。いまから始める。死にたくなければ手を貸せ」


 ──世の中には言い方というものがある。らしい。最近、俺も勉強しはじめたところだが、さっぱり上達しない。

 これのせいで、俺はいつも貧乏くじを引いている気がする。

刊行シリーズ

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