刑罰:クヴンジ森林撤退支援 5 ②
激しい騒音。無数の金属を力ずくで引き裂くような、そういう音が響き渡っていた。夜の闇の向こう。対岸からだ。
「遅かった」
俺は舌を打つ。無駄な問答に時間をかけすぎた。対岸にざわめく木々の奥から、それが姿を現していた。
まず突進してくるのは、大型の
象ほどもある四足歩行の
そして、その連中の背後には、家屋のように巨大なゴキブリめいた生き物がいた。
多数ある脚を不器用に動かして、ゆっくりと
報告に聞いている通りだった。あの馬鹿みたいにデカい虫こそが、この魔王現象の根源。一般に、これを魔王と呼ぶ。
四十七号、『オード・ゴギー』。
やつらは魔王現象の触媒となり、周囲を「汚染」しながら移動する。生態系が
この『オード・ゴギー』の場合は──
「射撃停止! 魔王を狙うな!」
キヴィアが旗を振らせたが、少し遅い。
すでに何発かの雷杖と砲が火を噴いていた。狙いはまずまず正確。それがよくなかった。『オード・ゴギー』はいくつもの脚を振り上げ、それらの射撃を迎え撃っていた。
放たれた稲妻と砲弾は『オード・ゴギー』の脚に
その返礼は、渡河する
『オード・ゴギー』には傷一つついていない。
原理は知らないが、やつは聖印による攻撃を弾く。少なくとも、聖騎士団が持ち込んだ飛び道具はまるで効果がなかったらしい。それも戦術的に撃ち返してくるから、まともな戦いにならない。
反射があまりにも攻撃的で正確なため、なんらかの力場のようなもので聖印が発生させる力を受け止めて反射しているのだ、という見解もある。
こうなると物理的に大きな質量をぶつけてみるしかないが、あの巨体に接近して、有効な攻撃ができる武器は少ない。それこそ本物の破城槌や、投石器のような兵器が必要だった。そういう古めかしい装備は、いままさに第一王都で準備中であると聞いている。
要するに、この魔王『オード・ゴギー』は、自らが堅固な要塞となって進軍してくる魔王だ。聖騎士団が大打撃を受け、ここまで撤退することになったのも当然といえる。
「無理か……!」
キヴィアは顔を歪めた。
「対岸にいる間に焦土印を試す! 工兵隊、準備を!」
「やめとけ。一か八かで使うものじゃない。通じなかったら全滅だ」
焦土印というのは、まさしく周囲一帯を何もかも吹き飛ばすための聖印だ。聖印の運び手となる数名と、その土地が犠牲になることを覚悟のうえで使う。せめて確実に通用する場面で使わなければ。あの聖印攻撃を弾く殻をどうにかしてからだ。
一応、キヴィアの意図はわかる。やつの戦略目標──川を挟んだこちら側の土地には、一歩たりとも踏み込ませない──せめて忠義立てするために、あらゆる手を使う。
そんな覚悟には付き合いきれない。俺は心底うんざりしている。この世には命を投げ出して何かしようとするやつが多すぎる。
「キヴィア、あんたの部隊で俺を援護しろ。雑魚を狙って魔王の気を散らせ。すぐにやれ」
「は、はあ?」
俺の発言に、キヴィアは怒りを通り越したらしい。彼女は裏返った声をあげ、目を丸くした。
「なぜ貴様が私に命令する? 懲罰勇者が、そんな──」
「生き延びるために決まってるだろ」
俺は断定的に言って、テオリッタの肩に触れた。
「俺は死ぬつもりがないし、お前らが死ぬのを見せられるなんて御免だ。命を使って何かしようなんて思うな」
これはキヴィアたちだけでなく、テオリッタにも言っている。
「魔王を暗殺してくる。うまくやって、生きて帰れたら──そうだな」
俺は約束することにする。
「どんな文句でも罰でも受けてやるし、いくらでも褒めてやる」
キヴィアはもはや殺意に近い目で俺を睨んだし、テオリッタは驚いたように──あるいは珍奇なものを見るように俺を見た。居たたまれない、と俺は思う。
なので、返答を聞く前にテオリッタを抱え上げ、跳躍した。かける言葉は一言。
「行くぞ」
対岸には闇が蠢いている。その只中へ突っ込むように、跳ねる。
我ながら、理屈に合わないことをしていると思う。
ただ、腹が立って仕方がない。たぶん俺の勝手な怒りだ。どいつもこいつも、名誉のためだとか、いい加減なことばかり言いやがって。
(アホじゃねえのか)
俺は心の中で毒づく。
それがどれだけ無意味なことか思い知らせてやろう。やつらを
(やってやる)
俺は川を飛び越える。
空は冷たい──風が強く感じる。眼下には
「捕まれ。落ちるなよ」
「心配は無用です。不遜ですよ。むしろ私は、あなたたち人間を心配する側です」
さすがに《女神》テオリッタは強気だ。俺の首にしがみついてくる。
「ではザイロ、私の役目を果たすときですね?」
「いや。まだだ」
俺は即答した。
テオリッタに頼りすぎてはいけない。《女神》の機能には限界がある。召喚できる対象の限度というものが存在する。それを超えると、糸が切れるように《女神》は機能不全に陥る。
最悪の場合は死んで、もう二度と戻らない。
「ザイロ、私を甘く見てはいけません。まだまだこの程度で──」
と、テオリッタは主張するが、信用できるものではない。
彼女たち《女神》は強がる癖がある。人に頼られないと死んでしまうとでもいうように、とにかく弱みを見せたがらない。
(やっぱり、気に入らねえな)
俺は《女神》の疲労を量る方法を知っていた。
瞳の輝き。髪の毛から散る火花。それが強くなるほど、無理をしている証拠だ。いま、彼女を抱えていても、髪の毛の火花が止まっていなかった。目覚めたばかりだからか。それともテオリッタの《女神》としての体力の限界がそのくらいなのか。判別はできない。
「戦術は騎士に任せるのが《女神》ってもんだろ」
俺は強い口調で言った。自然とそうなった。
「ここぞってときに取っておけ。雑魚は俺がやる」
俺はあえてたいしたことでもなさそうに言った。そうだ、こんなの楽勝だ。
眼下には
(機動戦闘の要点。一つ目、着地点を確保すること)
俺はベルトからナイフを引き抜き、着地点を見据える。
数匹の
(ちょうどいい相手だ)
ベルクー種雷撃印群の仮想敵の一つは、まさにあの手の地上の大型目標だ。
反撃も許さず、ああいうのを一方的に破壊する。この作業には威力と精度が求められる。よって俺はナイフを強く握りしめ、聖印を十分に浸透させると、投擲することでそれを解放した。
時間差の起爆。
もちろん俺がそのタイミングを間違えるはずがない。完璧。バーグェストの一匹に刃が突き刺さり、光と轟音が弾ける。肉片が飛び散り、その衝撃は周囲の



