刑罰:クヴンジ森林撤退支援 5 ③

「なかなか見事です。ではザイロ、次は私が──」

「まだだ」


(機動戦闘、要点二つ目……)


 身に染みついた戦い方を思い出す。


(動きを止めない。相手の死角へ回る)


 着地と同時、俺は前へ跳んだ。今度は低く。つま先で土を削りそうになるくらいの低高度。その分だけ距離も長くなる。

 それに地を這うように跳べば、トロールやバーグェストの足元をすり抜けることができる。すれ違いざまにナイフを打ち込む。やつらがその図体で首を巡らせるより、爆破の方が速い。

 肉が爆ぜる。


「ザイロ。次こそは、私の役目では?」

「まだだ」


 俺はまた高く跳ぶ。ナイフを投擲──群がってきた小型の異形フェアリーどもを吹き飛ばし、樹木を蹴って、また頭上を越える。


(まだ。動きを止めるな……止まったら囲まれるぞ。気合を入れろ)


 爆破。閃光、跳躍。

 たちまち魔王との距離が詰まってくる。砕けた土と泥、異形フェアリーたちの死骸で塗装された経路ができる。魔王現象『オード・ゴギー』は、間近で見るとますます巨大だ。何か得体の知れない力が、その非常識な巨体を維持している。

 やつは馬鹿みたいにデカい複眼で俺をた。


「これが、魔王」


 テオリッタの緊張が伝わってくる。その体がこわばるのがわかった。

 そして、テオリッタは俺がそれに気づいたことに気づいた。


「恐怖しているわけではありませんよ!」


 テオリッタは怒ったように早口で言った。


「魔王を討つことこそ、《女神》の本懐。高揚しているだけです。なので、いまこそ私の役目を──」

「まだだ。もう少し」

「まだですか? 先ほどから何度も待たせすぎではありませんか?」

「もう少しだって。俺を信じろ」


 接近者に気づいた『オード・ゴギー』は、無数にあると思える脚の何本かを伸ばしてくる。そいつでハエみたいな俺を叩き落とそうとする。

 絶対にそうやってくると思った。こっちはすでに回避動作に入っている。


(一度だけなら、たぶん……うまくやれる)


 を蹴って、跳躍。

 鎌みたいな前脚の一撃をかわす。『オード・ゴギー』の頭上を飛び越えながら、残り少なくなったナイフを投擲する。

 狙ったのは、脚の付け根──殻の継ぎ目だった。空中機動からの精密な投擲戦技。針の穴を通すような曲芸じみた芸当だが、これができるから俺は聖騎士団長をやっていた。


「どうだ」


 と、思わず叫んだ。

 俺の放ったナイフの刃は、正確に『オード・ゴギー』の甲殻の隙間へ突き刺さった。

 閃光と爆音。果たして、成果はあった。聖印による爆破は殻の継ぎ目に対し、決定的な損害を与えていた。腕は振り回した勢いで千切れ跳び、体液が飛ぶ。

 一瞬遅れて、鉄を引き裂くような『オード・ゴギー』の悲鳴が響き渡った。


「一本千切れただけで大げさだな」


 これで証明できた。こいつが硬いのは殻だけだ。隙間を狙えば破壊は可能──ただし、この証明の代償はタダでは済まない。


『オード・ゴギー』の悲鳴に応じて、異形フェアリーどもが動いた。

 明白に俺を捕らえようとする動きだ。着地点で捕まえようとする。フーアどもがカエルの四肢を使って飛び跳ねる。これは面倒だ──ナイフの数にも限りがあるし、『オード・ゴギー』も次は警戒するだろう。二度目はそう簡単に通じない。

 普通なら、ここで引くべきところだ。

 ただ、普通にやっていたら勝てないのはわかっているし、こっちには《女神》がいる。普通じゃない手を使うべきだ。


「ザイロ、囲まれます。私の出番はまだですか? そろそろいいのではないですか?」

「ああ──」


 俺は着地しながら、捕まえようとしてきたフーアの一匹にナイフを打ち込んだ。刃が肉に沈み込んで、相手を破裂させる。


「ここだ、テオリッタ」


 俺は再び樹に飛びつき、魔王を指差す。それと、明白な敵意をもってこちらに殺到してくる異形フェアリーどもを。


「魔王までの道を開けてくれ。盛大に頼む」

「……ええ!」


 ふん、と鼻を鳴らし、テオリッタの瞳が燃えた。


かつもくして御覧なさい!」


 虚空から、大量の剣が生じた。

 今度は一振りが大きい。儀式でしか使わないような、非実用的ともいえる大剣だった。バーグェストでもトロールでも、関係なく刺し殺すことができるような肉厚の刀身。銀色に輝く刃は流星雨のように降り注ぐ。異形フェアリーどもを串刺しにして、魔王までの道を作り出す。


「あと一度」


 俺は即座に跳躍する。テオリッタを強く抱え、イメージを伝える。


「……特別な剣を頼む。できるんだろう?」

「不遜ですね」


 テオリッタは全身から火花を散らしていた──抱えている俺が、痛みを感じるほどだ。


「私は《女神》ですよ、我が騎士。ただけいけんに祈りなさい」


 魔王との距離があっという間に詰まる。

 やつは多数の脚を素早く動かした。その複眼が、今度は明確に俺を狙っていた。いくつもの脚が振り回されて、空中でこちらを捕らえようとする。


(これも、やっぱり一度だけなら)


 一度目に、ナイフでの仕掛けを見せた。何が脅威なのかやつにはわかっている。攻撃力はあるが、致命的なものには程遠く、これで阻止できるとも思うはずだ。

 事実、俺だけならそうだった。


「どうぞ」


 と、テオリッタが言った瞬間、また虚空に剣が生まれるのを見た。

 いままでよりもずっと長い剣──それはまるで「槍」のようだった。もはや剣とは呼べないかもしれない。俺はそいつを摑み、肩がはずれるほどの衝撃を感じながら、聖印を浸透させた。

 そして、蹴飛ばす。

 全力で蹴った。

 飛翔印サカラによってばくだいな運動の力が与えられ、巨大な剣が飛ぶ。攻城用の弩にも匹敵するような、質量と速度の一撃だった。


(王都では、破城槌や投石器が準備されている)


 そういう原始的な兵器が『オード・ゴギー』に通用することを、軍部は摑んでいるに違いない。ガルトゥイル要塞のやつらは政治ゲームで遊ぶ悪癖があるが、決して無能ではない。特に自分たちの命がかかっている場合には。

 だとすれば、この攻撃は効くはずだ。効かなきゃ打つ手がない。

 結果はすぐにわかった。

 俺が蹴り込んだ槍のような剣は、『オード・ゴギー』の脚を何本か吹き飛ばした。刃が食い込み、へし折って切断する。そのまま切っ先は『オード・ゴギー』の胴体に突き刺さる。破壊的な力。殻が砕けるのがわかった。

 それと同時に、閃光が走る。

 空気がこわれるような轟音がそれに続く。魔王の体内から、『ザッテ・フィンデ』が起動していた。貫いた殻を内側から吹き飛ばし、肉が爆ぜて、どろりと粘つく体液が飛び散る。

 俺は自分の──自分とテオリッタが引き起こした破壊の成果を見た。


(上出来だ)


 と思えた。『オード・ゴギー』の胴体には、ごっそりとえぐられたような傷痕が生じていた。そこから体液が溢れ続けている。


「よし、テオリッタ。これで──」


 と、俺は言いかけた。

 その瞬間だった。

 ごしゃっ、と、湿った音が聞こえた。


『オード・ゴギー』の方から。破壊された胴体が蠢いていた。そこから何かが生えてくる。とんでもない速度で伸びてきた──新たな腕? あるいはクラゲみたいな触手か? 二本か三本。

 どっちでもいい。このとき脳裏に浮かんだことは一つだけだ。


「そりゃ反則だろ」


 ほとんど発作的にやってしまったことがある。テオリッタを抱えて、『オード・ゴギー』に背を向けた。どう考えても馬鹿げていた。

 テオリッタにやるなって言ったことを俺がやっている。命を捨てるようなをした。

 あとはまあ──衝撃。

 たぶん簡単に吹っ飛ばされたんだろう。視界が瞬き、束の間だけ暗転して、何かにぶつかったことを知る。幸いにもデカい樹だった。トロールやバーグェストじゃない。

 ただ、これは無理かもな、と感じた。

 いまので魔王を仕留められなかったのだ。同じ手は通じないだろうし、やつはどくどくと体液を流しながらも、徐々にその傷口を塞ごうとしている。


「ザイロ!」


 テオリッタが叫んだ。

 それにしても痛い。夜空が見えた。

刊行シリーズ

勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIの書影
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