刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 1 ①
ゼワン=ガン坑道が開かれたのは、近年になってからのことだ。
魔王現象との戦いが本格化する中で鉱脈が見つかり、急速に採掘が進められた。
目的は、聖印の触媒に加工するための鉱石の採掘にある。一時は付近に町が作られ、製鉄所が稼働し、神殿の刻印工房まで建てられていた。良質な鉄に刻んだ聖印は、蓄光量が多く、高い効果が期待できるからだ。
聖印とは、神殿
物体に刻みつけられた聖印は、太陽の光を動力源に、人間の意志と生命力を火種にして起動する。その効果は様々だ。熱を発し、稲妻を放ち、大地を砕く。そうした数々の恩恵を求め、人類はこの聖印という技術を発達させてきた。特に軍事の面での進歩は
よって、聖印を刻みつけるための資材は常に需要がある。ゼワン=ガンもその一つだった。この坑道を拡張するため、ヴァークル開拓公社も多額の出資を行ったと聞いている。聖印を使った掘削装置が設置され、昼も夜もなく採掘が行われたという。
──その坑道が
土地が魔王現象に侵食される、という事態は、かなり初期から報告されていた。生き物と同じように、無機物も魔王現象に影響されることはある。通路は変化し、土塊はひとりでに動き出して、生息する生物は
当然、そこに踏み込む人間もただでは済まない。
ゼワン=ガン坑道の異変が報告されたのは、一か月ほど前だったか。坑道に入った人間が帰ってこない。それどころか
そのためすでに周辺の町は放棄され、いま、俺たちは掘削装置もなく素手で穴を掘る羽目になっている。スコップを振るい、土に突き刺す。俺たちはずっとそれを繰り返している。
(ヘタをすると、これは自分たちの墓穴かもしれない)
という冗談でもない軽口は、いまはやめておいた。組まされた相手がそういう話題に乗ってくるような種類の人間ではないからだ。
「急げ」
と、その相手は背後から声をかけてくる。やつは真面目だが、口数は多い。
「この調子では予定の時間までに終わらんぞ! もっと真剣に掘削せよ!」
これを怒鳴っている男の名は、ノルガユ・センリッジ。図体のでかい金の
通称は陛下。
なぜそんな名前で呼んでいるのか──というより呼ばざるをえないかといえば、やつは自分をこの連合王国の国王だと思い込んでいるからだ。
それも真剣に。
当然、そんなやつが社会との折り合いをつけられるはずがなく、王城を「
聖印を刻むという作業は、建築に
たった一本の柱のわずかな歪みが、建てようとする家全体の強度を大きく左右することにもなる。それと同じだ。聖印を形作るたった一本の曲線のズレが、全体の精度と出力を大きく変える。兵器に使うような聖印の調律は、普通ならば設計図を用意して数人がかりでやる職人芸なのだ。
ノルガユは、それをたった一人でこなしてしまう。はっきり言って常軌を逸している。結果としてノルガユのテロ行為は、軍隊と王城に多大な死傷者を発生させたという。それから王国裁判を経て、いまに至る。
つまり、懲罰勇者9004隊の一人だ。
ノルガユはいま、でかい木箱を玉座のようにして座り、手元で彫刻刀を動かしている。
細長い鉄の板に聖印を刻んでいるのだ。これから使う発破用の聖印。これはやつにしかできない仕事であり、こういう作業分担にするしかないのはたしかだが、なんだか腹が立つ。
「ザイロよ。聖騎士団の突入は明朝を予定している。終わらぬ場合は、夜を徹した作業を命ずることになる」
ノルガユは厳かに言った。
「励め。成果次第では、再びお前を聖騎士に任命することを考慮しよう」
やつの頭の中では、完全に自分が国王なのだ。どういう整理がついているか知らないが、最前線で指揮をとる、偉大な国王だと考えている。
魔王と戦う勇者を、自ら率いる王──そりゃたしかにすごい。伝説にある建国王みたいじゃないか。そしてノルガユ陛下が言うように、急がなければならないというのも、その通りではある。
第十三聖騎士団は、この坑道を制圧するつもりだ。
短期的な作戦が計画されている。俺たちは命を消費してでもそれを成功させなければならない。そこでいま、俺たちがやらされているのは、直通経路の掘削だ。
土地全体が
そのルート工作が、手始めに命じられた任務だった。
ただ、ノルガユ陛下の頭の中では少し違う。最前線で率先して勇者どもを指揮し、聖騎士団の突入を命じたという事実ができあがっているのだろう。
「もっと気合を入れろ! その程度の掘削では、我が聖印といえども破壊は難しいぞ。起動すれば生き埋めになりかねん」
と、ノルガユ陛下は俺がやる気になるようなことを言ってくれる。ちくしょう。
「それともお前は自ら犠牲になってでも道を開きたいのか? 急ぎ掘り進め!」
「俺たちはもう十分急いでるよ、陛下」
気づけば、俺は口答えしてしまっていた。
「昨日からほとんど休憩なしでやってるんだぜ。──なあ、タツヤ?」
土と石と砂利とをかき出し、俺は傍らの相棒に声をかけた。
もちろん答えは返ってこない。
「……ぐ」
という呻き声が漏れただけだ。
スコップを動かす手も止まらない。ただ機械的に土をかき出し続けている。極端な猫背──うつろな表情。頭には
こいつも勇者だ。
ちゃんとした名前は俺も知らないが、タツヤと呼ばれている。誰よりも長く勇者部隊に所属している、よくわからない男だ。罪状も不明。
見てわかる通り、自我や思考力といったものが存在しない。死にすぎたせい、というより生き返りすぎたせいだ。蘇生するたびに勇者は色々なものを失う。いまでは、タツヤは言葉を話すこともできない。ただ外界の刺激に反応して呻き声をあげるだけに見える。
これも刑罰の一環ということだ。
以上、今回の任務に従事する──というより、従事可能な勇者は三名。
ノルガユ陛下、タツヤ、俺。こいつは大変なメンバーだ。ドッタは俺が全身の骨を折って修理場送りにしておいたから、やつの悪癖だけは心配しなくていい。
そして、勇者以外ではもう一人。
「苦労しているようですね、ザイロ」
ノルガユの傍ら、所在なげに木箱に座っている少女。
こんな地下にあっても、金色の髪もまばゆい《女神》テオリッタ。彼女はスコップを片手に持ってはいるが、何の作業もしていない。
たぶん、そのことが苦痛なのだろう。さきほどからしきりに掘削を手伝おうとしてくる。
「私と交代してはいかがです? 元気が有り余っているのですが?」
「駄目だ」
俺はすぐ否定した。テオリッタの体力は、こんな作業に消費していいものではない。
手を借りるなら、戦闘のために使わなければ。ここはかなり浅い層とはいえ、坑道の一部だ。魔王現象に影響された
「そこで寝てろ。体力温存しててくれ」
「しかし、我が騎士。ずいぶんと消耗しているように見えます」
やはりテオリッタは反発した。
「ここは《女神》に頼るのも、
「何もしないで座っててくれれば褒めてやるよ」



