刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 1 ②
「それはぜんぜん褒められるべきことではないと思います。何か役に立たなければ」
「いいから」
俺は声が
「そこで大人しくしてろ、頼むから」
「……我が騎士がそう言うのなら」
「ノルガユ陛下、《女神》様がこっちを手伝わないように見ててくれ」
「無論だ」
ノルガユは厳かにうなずいた。
「《女神》こそは民を守る護国の要。このような作業で御手を煩わすわけにはいかぬ。……ご容赦を賜りたい」
誰に対してもクソ偉そうなノルガユだが、テオリッタに対しては姿勢が低い。
これも改めて発見した事実だ。今後、テオリッタにはノルガユの制御を期待できるとの見解を、ベネティムのやつも示した。
「むう」
と、テオリッタは唇を嚙んだ。不満の意思表示だ。
「承りました。あなたの言う通り、いまは人の営みを見守るとしましょう」
「そうしてくれ」
俺は全身に蓄積した疲労感に耐えかねて、せめて腰を伸ばそうとした。荒い息をついて振り返る。
そのとき、予想外の顔が見えた。
「──ザイロ・フォルバーツ」
キヴィアだった。
第十三聖騎士団の長。《女神》テオリッタの本来の契約者。
前に見たときとは違う、歩兵用の具足で身を固めている。そして、この世の何と戦っているのかわからないが、相変わらず鋭い目つき。その背後には、ぞろぞろと手下の兵士どもを連れていた。
「どうやら、作業は真面目に遂行しているようだな」
「そりゃそうだろ」
俺は反射的に答えた。
「真面目にやらなきゃ死ぬからな」
「……そうか」
意図の読めない顔で、キヴィアは視線を動かした。《女神》テオリッタに移す。
「《女神》様。このようなところにいるより、我らの陣営で休息なさってはいかがですか?」
「何度もしつこいですよ、キヴィア」
テオリッタは尊大に手を振った。
「私が
「ですが──」
「パトーシェ・キヴィア。《女神》を案ずるお前の忠心、大儀である!」
いきなり、ノルガユが声を張り上げた。
その声だけはいつも大物っぽく聞こえる。というより、キヴィアはそういう名前だったのか──ノルガユも記憶していたとは恐れ入る。
「しかし! 《女神》は我らとの最前線にて、戦いの観覧をご所望だ。必ずや加護があるであろう」
キヴィアが啞然としているうちに、ノルガユは言葉を続けていた。とんでもない野郎だ。
「よって、王としてお前の訴えは退ける。戻るがよい。そして己の役目を果たせ」
「……おい。ザイロ・フォルバーツ。この男はいったい……」
「適当にうなずいてくれ。異議を挟んでもろくなことにならないから」
「勇者刑の蘇生による影響なのか? 記憶か認識に混濁が──」
「もともとだ」
「そうか……」
キヴィアはもっと驚いたような顔をしたが、あまり気にしないことにしたようだ。咳払いをして、俺を睨むように見る。
「ともあれ、予定通りに作業は進行しているな。……少し意外だ。監督していなければ、何をするかわからない部隊という話を聞いているが」
「まあな。何をするかわかんねえのは、この前のドッタだ。ふざけてるよな」
「……その
言いかけて、キヴィアは言葉を切った。なんだか言いにくそうだった。
「なんだよ、どうした? この前の件の文句ならいくら言ってくれてもいいが、俺にはどうしようもないぜ」
「いや。そうではなく」
キヴィアは視線をさまよわせ、そしてまた俺を睨む。
「悪かった」
「あ? 何が?」
「……以前、貴様を糾弾したのは誤りだったと判明した。ドッタ・ルズラスが窃盗のうえ、我々の聖騎士団の別動隊を救うため、やむを得ない状況でテオリッタ様との契約を結んだと聞いた」
「まあ、そうだけど」
悪かった、と言われるのは何か変だろうと思った。
別にこの女は悪いことはしていない。戦術的にも戦略的にも間違っていたのは確実だが、それが悪事かというと、そういうわけでもない。物事の
──その点、俺やドッタは極悪といっていいだろう。
「その点は明確にして、謝罪しておくべきだと思った。お前は力を尽くし、魔王を倒した。最小限の被害で。あのとき私はその点を理解していなかった」
「そりゃまあめちゃくちゃ怒ってたからな。気持ちはよくわかる」
「あれはドッタ・ルズラスへの怒りだったということにしてくれ。というより、なぜあのとき貴様はそういう説明をしなかったのだ」
「言ったら信じてたか? そんな暇もなかったし、これから戦うってときは怒ってるくらいがちょうどいい、そう思うだろ」
これに対して、キヴィアは不服そうに口を引き結んだ。
「……共に戦う仲間となる以上、次からはしっかり明確に説明しろ」
「懲罰勇者に、仲間とはな。もしかして度を超えたお
「調子に乗るな」
「食事の配給に酒も追加してくれ」
「その物言い。貴様というやつは──、もういい。とにかく任務だ。くだらん雑談をする暇はない。貴様らにここから先の作業工程も伝えに来た。いいか、ここからまっすぐ掘り進んだあとは、この地図の通り」
キヴィアは俺の眼前で、大きな紙を広げてみせた。
それを見て、俺は思わず何度か瞬きをした。酔っぱらったヘビが踊っているような線と、高度に抽象的な図形があちこちに散乱している。そういう図だった。これを地図だと言ったのか?
「北へと道を
「待て、おい。この……、これは部屋? とするとこれが扉か、もしかして」
「そうだが」
キヴィアは眉をひそめた。
「何か疑問があるのか?」
彼女の背後で、部下の兵士たちが首を振ったり肩をすくめたりしているのが見えた。俺にも言いたいことが伝わってくる。つまりこの女は、自分の地図の壊滅的な欠陥に気づいていないのだ。
「この隅っこに描いてある犬みたいなのはなんだ」
「犬ではなくトロッコだ。見ればわかるだろう」
「……そうか」
俺はノルガユを振り返った。自分の感覚がおかしいのかという疑念が湧いたためだ──が、この男も俺と似たような顔をしていた。
「陛下、この地図どう思う?」
「ふむ。中期古典の美相主義ヴェンクマイヤー派の抽象画かと思ったが、違うようだな」
「これはたぶん人間だよな? 壁に埋まって苦しんでる人間」
「余には蛇に食われている馬に見える。それが複数描かれているのが謎だが」
「……それは設営予定の前線基地だ! これはテントでこれは設置型のランタン、鍋、物資保管庫、鍵付きの扉、それにおまけのネズミだ! 何を言っている馬鹿め。ふざけている場合か?」
俺たちの真面目な意見に、理不尽にもキヴィアは
「テオリッタ様ならば、わかっていただけるでしょう。人の描いた地図で遊んでいるこの二人を厳しく叱責していただきたい」
「え……」
テオリッタは口ごもった。
「あの、壁画の模写……ではなく、地図なのですよね? 難解すぎませんか?」
「ほら。普通わかんねえってさ」
「待て、その前に『おまけのネズミ』とはどういう意味だ? 余はそこが気になる」
「……ふ、ふふ」
俺たちの発言を受けて、キヴィアは顔を引きつらせた。笑ったようにも見えた。なんてしぶとい精神力を持った女だ。
「テオリッタ様にはおわかりにならないかもしれませんが、これは芸術作品ではありませんから。そう。軍事的な資料なので、最低限伝わればいいのです」
「はあ。そうなのですか」
「違う。その最低限が伝わってねえんだよ──おい。後ろの手下ども、団長だからってあんまり甘やかすなよ。指揮官がこれだと、いずれ深刻な問題が起きるぞ」
「なんだと貴様」
不穏な目つきをしたキヴィアに、素早くお供の兵士たちが反応した。
「お、落ち着いてください、キヴィア団長。あれは懲罰勇者どもの
「そうです、目的は果たしました! 戻りましょう!」



