刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 2 ①

 飛び出していったタツヤが、ごついせんを猛然と振り回した。

 尋常な速度ではない。よくもまああんな巨大なおのやら荷物やらを抱えながら、この瞬発力が出せるものだ。


「ぐぐ」


 と、タツヤの喉の奥から唸り声が漏れた。

 斧が瞬く間に旋回し、暗闇の奥で肉と骨を粉砕する音が響く。異形フェアリーが暴れる。


「ぐぁ」


 獣のようにタツヤが跳ねる。

 やつは両手で扱うようなデカい戦斧を、包丁のように軽々と振るう。どこか陰惨な残光とともに、刃が異形フェアリーどもを破壊していく。

 俺はといえば、後ろからナイフを一本投げただけだ。それで十分だった。死角からタツヤを狙っていた異形フェアリーを小さな爆破で仕留める。このような閉鎖空間では、『ザッテ・フィンデ』の聖印による爆破も慎重にやらなければならない。加減を間違うと大変な目に遭う。



 その暗がりに潜んでいた異形フェアリーは、全部で六匹──いや、俺が仕留めたやつを合わせて七匹か。

 巨大なムカデ型の異形フェアリーで、よく見るやつだ。こういう多脚で地中に潜む種類の異形フェアリーは、まとめて『ボガート』と呼んでいる。や昆虫型もみんなひとくくりだ。

 タツヤはそいつらをまとめて、有無を言わさず叩き潰す。そうして動くものがいなくなると、ぴたりと動きを止める。はたにはぼうぜんと立ち尽くしているようにも見える。


「俺が援護する必要ねえな、こいつは」


 俺は停止したタツヤの背中を見ながら、そういう感想を述べた。


「見たか、陛下? ボガートの殻を肘で叩き割りやがった」


 いつものことだが、タツヤの白兵戦闘能力は人間離れしている。聖印を使えば俺も負けないと思うが、このくらい低い天井の閉鎖空間だと、ちょっと工夫が必要かもしれない。


「よかろう。さすがは我が精鋭」


 ノルガユ陛下は満足げにうなずいた。

 片手に提げたカンテラに触れ、そこに刻まれた聖印をなぞる──すると光が強くなり、周囲を照らした。

 聖印式のカンテラだが、ノルガユによって調律されたものは、なかなか機能が多彩だ。通信機や調理器具としても使えるという。こういう代物も、普通は数人がかりで設計と彫刻を分担して作る。ノルガユはそれを一人で仕上げるのだから普通ではない。


「見事な戦いぶりよ。何か褒美をとらせねばならんな」

「しかし、働きづめだぜ。そろそろ休ませた方がいいんじゃねえのか」


 タツヤについて、わかっていることが一つある。疲労を知らないかのような運動力を発揮するが、それはやつに自我とか思考力が存在しないためだ。働かせすぎると限界が来て急激に倒れる。


「うむ。頃合いだな。場所も良い」


 ノルガユ陛下は頭上を見上げた。

 ここまで進行してきた坑道の中でも、かなり開けた空間だった。おおよそ三十人くらいは休めそうな大広間に見える。

 何に使われていた場所なのだろう。掘削用の設備は残っているが、ほとんど原形もわからないほど歪んでねじれてしまっている。あるいは、この空間自体も異形フェアリー化のせいで意味不明な拡張を遂げたのだろうか。


「ここを前線基地とするぞ! ザイロ、設営を開始せよ!」

「……了解」


 俺はうなずき、引きずっていたそりから物資を下ろしていく。

 軍用の橇で、なかなかの重さがある。ノルガユによって聖印を刻まれた、さまざまな機材を運んでいたものだ。

 前線基地の設営。そいつが俺たち懲罰勇者隊に任された、第二の仕事だった。

 迷宮と化した坑道を、第十三聖騎士団は異形フェアリーどもを狩りながら深く潜ることになっている。安全な休息をとるために、前線基地は必要だった。

 そしてタツヤはこのような作業にはまったく向いておらず、ノルガユには肉体労働をするつもりがない。こんな「工兵」を俺は見たことがないが、まあやむを得ない。ノルガユは脅迫には屈しないし、殺しても働かない。

 仕方がないので、俺はまず支柱となるくいを引っ張り出し、できるだけ等間隔に配置しはじめる。これも聖印が刻まれており、縄を使って張り巡らせれば、近づく異形フェアリーに対する防壁となってくれる。


「ザイロ!」


 弾むような声で、残る仲間の一人──テオリッタが支柱を摑んでいる。


「私の出番ですよね? ね? 任せてください! この棒はどこに立てればいいのですか? いくらでも立てますよ!」

「落ち着け」


 俺はまた一本、支柱を地面に突き刺し、テオリッタを制止した。本来なら、彼女には手伝わせるべきではないのだろう。こんなことに《女神》の体力を費やすのは馬鹿げている。

 ただ、もう限界だった。テオリッタは無断で働きはじめかねない。


「このくらいの距離で頼む」


 俺は大股に三歩くらいの距離を歩いて、そこにも支柱を突き立てる。


「できるか?」

「ふんっ。この《女神》テオリッタに、不遜な問いかけですね!」


 彼女は嬉しそうに鼻を鳴らした。そうして俺の立てた支柱から、跳ねるように三歩を数えた。勢いよく支柱を突き刺す。


「……このように! 任せておくがいいでしょう。我が騎士、あなたは休んでいなさい。私がすべて支柱を立てます。終わったら、たっぷりとねぎらうのですよ」

「そうだな」


 さらに一本、俺は支柱を設置しながらうなずく。このくらいは軽い運動のはんちゅうだ。柱はテオリッタに任せて、こっちも雑用を終わらせておこう。太陽の光をため込んだ蓄光槽を地面に下ろす。


「頼んだ、《女神》様」

「はい!」


 とてつもなく朗らかで明るい返事が聞こえた。まるで子供だ──しばしば子供は「手伝い」と名の付くものを、なんでもやりたがるものだ。

 だから、見ているといらつ。テオリッタに対してではない。彼女を作った誰かに対してだ。


(……本当は)


 俺は苛立つ気持ちを抑えつけ、考える。


(テオリッタには、本人が満足いくまで手伝ってもらうべきなんだろうな。それが《女神》の運用としては正しい)


 そもそも、女神とはそういう風に生み出された存在だ。『人間から褒められるためにいる』と、少なくとも彼女たちは考えている。そうである以上は、その気持ちを尊重するべきではないだろうか──などと言うやつもいるし、別に否定したいわけじゃない。

 俺はただ《女神》のそういう態度を見ていると、イラついて仕方がないだけだ。

 たぶん、テオリッタにはその気分が伝わっているのだろう。それでもテオリッタはやめようとしない。そうしなければ存在する意味がないとでもいうように働く。


(勝手にしろ)


 割り切るしかないとわかっている。ただ腹が立つからという理由が通る場所でも、状況でもない。ただ手と足を動かせばいい。そのうち何かが終わるだろう──間違いなく。

 やるべきことは、それこそいくらでもあった。

 前線基地はその日のうちに二か所は設置する必要があったし、それに加えて補給物資の用意もしなければならない。武器や防具は戦闘によって摩耗し、食料と医療品も消耗する。それらを攻略部隊に補給するため、俺たちのような先行部隊が保護容器を作り、ルートに配備することになる。

 保護容器に求められるのは、頑丈すぎず、防衛機構が面倒すぎないこと。それに尽きる。

 異形フェアリーに簡単に見つかって破壊されるようでは意味がないため、近づいたり触れたりすれば作動するわなはちゃんと仕掛けておく必要がある。しかしその罠が過剰であれば、今度は人間の攻略部隊が苦労するし、それで被害が出ては本末転倒だ。

 よって、俺はノルガユを監督する必要があった。たとえば一つ目の物資の配置。


「うむ」


 と、やつは自作した保護容器を坑道の行き止まりに設置し、満足そうにうなずいた。


「我ながら見事な出来よ。ここまで辿り着いた勇士に対し、抜群の報酬を確約できるだろう」

「わ」


 テオリッタはその保護容器の方に大いに興味を示した。

 表面を鉄で補強した箱で、白色の光反射塗料が塗られていて暗闇の中でもよく目立つ。蓄光ガラスを使った装飾も派手だ。果たしてそこまでする必要があるかというぐらいだった。


「すごいですね! ノルガユ、近くで見てもいいですか?」

刊行シリーズ

勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIの書影
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