刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 2 ①
飛び出していったタツヤが、ごつい
尋常な速度ではない。よくもまああんな巨大な
「ぐぐ」
と、タツヤの喉の奥から唸り声が漏れた。
斧が瞬く間に旋回し、暗闇の奥で肉と骨を粉砕する音が響く。
「ぐぁ」
獣のようにタツヤが跳ねる。
やつは両手で扱うようなデカい戦斧を、包丁のように軽々と振るう。どこか陰惨な残光とともに、刃が
俺はといえば、後ろからナイフを一本投げただけだ。それで十分だった。死角からタツヤを狙っていた
その暗がりに潜んでいた
巨大なムカデ型の
タツヤはそいつらをまとめて、有無を言わさず叩き潰す。そうして動くものがいなくなると、ぴたりと動きを止める。
「俺が援護する必要ねえな、こいつは」
俺は停止したタツヤの背中を見ながら、そういう感想を述べた。
「見たか、陛下? ボガートの殻を肘で叩き割りやがった」
いつものことだが、タツヤの白兵戦闘能力は人間離れしている。聖印を使えば俺も負けないと思うが、このくらい低い天井の閉鎖空間だと、ちょっと工夫が必要かもしれない。
「よかろう。さすがは我が精鋭」
ノルガユ陛下は満足げにうなずいた。
片手に提げたカンテラに触れ、そこに刻まれた聖印をなぞる──すると光が強くなり、周囲を照らした。
聖印式のカンテラだが、ノルガユによって調律されたものは、なかなか機能が多彩だ。通信機や調理器具としても使えるという。こういう代物も、普通は数人がかりで設計と彫刻を分担して作る。ノルガユはそれを一人で仕上げるのだから普通ではない。
「見事な戦いぶりよ。何か褒美をとらせねばならんな」
「しかし、働きづめだぜ。そろそろ休ませた方がいいんじゃねえのか」
タツヤについて、わかっていることが一つある。疲労を知らないかのような運動力を発揮するが、それはやつに自我とか思考力が存在しないためだ。働かせすぎると限界が来て急激に倒れる。
「うむ。頃合いだな。場所も良い」
ノルガユ陛下は頭上を見上げた。
ここまで進行してきた坑道の中でも、かなり開けた空間だった。おおよそ三十人くらいは休めそうな大広間に見える。
何に使われていた場所なのだろう。掘削用の設備は残っているが、ほとんど原形もわからないほど歪んでねじれてしまっている。あるいは、この空間自体も
「ここを前線基地とするぞ! ザイロ、設営を開始せよ!」
「……了解」
俺はうなずき、引きずっていた
軍用の橇で、なかなかの重さがある。ノルガユによって聖印を刻まれた、さまざまな機材を運んでいたものだ。
前線基地の設営。そいつが俺たち懲罰勇者隊に任された、第二の仕事だった。
迷宮と化した坑道を、第十三聖騎士団は
そしてタツヤはこのような作業にはまったく向いておらず、ノルガユには肉体労働をするつもりがない。こんな「工兵」を俺は見たことがないが、まあやむを得ない。ノルガユは脅迫には屈しないし、殺しても働かない。
仕方がないので、俺はまず支柱となる
「ザイロ!」
弾むような声で、残る仲間の一人──テオリッタが支柱を摑んでいる。
「私の出番ですよね? ね? 任せてください! この棒はどこに立てればいいのですか? いくらでも立てますよ!」
「落ち着け」
俺はまた一本、支柱を地面に突き刺し、テオリッタを制止した。本来なら、彼女には手伝わせるべきではないのだろう。こんなことに《女神》の体力を費やすのは馬鹿げている。
ただ、もう限界だった。テオリッタは無断で働きはじめかねない。
「このくらいの距離で頼む」
俺は大股に三歩くらいの距離を歩いて、そこにも支柱を突き立てる。
「できるか?」
「ふんっ。この《女神》テオリッタに、不遜な問いかけですね!」
彼女は嬉しそうに鼻を鳴らした。そうして俺の立てた支柱から、跳ねるように三歩を数えた。勢いよく支柱を突き刺す。
「……このように! 任せておくがいいでしょう。我が騎士、あなたは休んでいなさい。私がすべて支柱を立てます。終わったら、たっぷりと
「そうだな」
さらに一本、俺は支柱を設置しながらうなずく。このくらいは軽い運動の
「頼んだ、《女神》様」
「はい!」
とてつもなく朗らかで明るい返事が聞こえた。まるで子供だ──しばしば子供は「手伝い」と名の付くものを、なんでもやりたがるものだ。
だから、見ていると
(……本当は)
俺は苛立つ気持ちを抑えつけ、考える。
(テオリッタには、本人が満足いくまで手伝ってもらうべきなんだろうな。それが《女神》の運用としては正しい)
そもそも、女神とはそういう風に生み出された存在だ。『人間から褒められるためにいる』と、少なくとも彼女たちは考えている。そうである以上は、その気持ちを尊重するべきではないだろうか──などと言うやつもいるし、別に否定したいわけじゃない。
俺はただ《女神》のそういう態度を見ていると、イラついて仕方がないだけだ。
たぶん、テオリッタにはその気分が伝わっているのだろう。それでもテオリッタはやめようとしない。そうしなければ存在する意味がないとでもいうように働く。
(勝手にしろ)
割り切るしかないとわかっている。ただ腹が立つからという理由が通る場所でも、状況でもない。ただ手と足を動かせばいい。そのうち何かが終わるだろう──間違いなく。
やるべきことは、それこそいくらでもあった。
前線基地はその日のうちに二か所は設置する必要があったし、それに加えて補給物資の用意もしなければならない。武器や防具は戦闘によって摩耗し、食料と医療品も消耗する。それらを攻略部隊に補給するため、俺たちのような先行部隊が保護容器を作り、ルートに配備することになる。
保護容器に求められるのは、頑丈すぎず、防衛機構が面倒すぎないこと。それに尽きる。
よって、俺はノルガユを監督する必要があった。たとえば一つ目の物資の配置。
「うむ」
と、やつは自作した保護容器を坑道の行き止まりに設置し、満足そうにうなずいた。
「我ながら見事な出来よ。ここまで辿り着いた勇士に対し、抜群の報酬を確約できるだろう」
「わ」
テオリッタはその保護容器の方に大いに興味を示した。
表面を鉄で補強した箱で、白色の光反射塗料が塗られていて暗闇の中でもよく目立つ。蓄光ガラスを使った装飾も派手だ。果たしてそこまでする必要があるかというぐらいだった。
「すごいですね! ノルガユ、近くで見てもいいですか?」



