刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 2 ②

「お待ちを、《女神》。備えのない接近は危険であるゆえ。……このように」


 ノルガユは保護容器の近くに石を転がす──その瞬間に鋭い槍が何本も地面から突き出して、おまけに容器本体の鍵穴は激しい炎を噴出させた。青白くえた色の炎だった。


「はぇっ? いまのは?」


 テオリッタは頓狂な声をあげてのけぞったし、俺も嫌な予感がした。


「おう。いま、なにかすごいのが出た気がするんだが」

「いかにも、余の自信作である。不用意な接近者は串刺しとなり、石をも溶かす炎で焼かれることになろう。さつりく処刑装置、名付けて『ゾリンヴルコーフ』。愚者の審判という意味だ」

「……で、その罠、解除するには?」

「よくぞ尋ねた! これは難解だぞ。慎重に石を転がしてたしかめれば、攻撃を誘発する地面とそうでない地面があるのがわかるだろう。だがそれこそが囮で、容器本体に触れた瞬間、その愚か者は裁きの炎に焼かれるのだ! これを回避するには、別の場所に隠されたこの鍵を使って──」

「わかった、いますぐ撤去しよう。タツヤはノルガユを押さえろ。その鍵を取り上げる」

「なっ、なんだと? なぜだ! 無礼だぞ!」

「攻略部隊を全滅させたいのか、お前は」


 ノルガユは信じられない腕前の聖印調律技師だが、こういうときはそれが悪い方向に働く。結果的に用意した罠は八割方使い物にならず、最低限のものだけ残すことにした。

 ──このようにしてあちこちに物資を配備して回ると、あっという間に一日が終わる。最低限の目標である二つ目の前線基地を設営した時点で、俺たちは食事をとることにした。

 炊事用の設備は、ノルガユが地面に聖印を刻んで即席にこしらえた。


「いかがですか、我が騎士」


 と、テオリッタは鍋を片手に胸を張った。


「私も料理を習得しました。感謝して食べなさい」


 料理とはいっても、ものすごく簡単なものだ。

 ここは戦場だし、俺たちはその中でも最底辺に位置する懲罰勇者でもある。与えられる食糧なんて高が知れている。特にドッタがいないとき、ベネティムが前線に出てきていないときは、粗末な食事を覚悟しなければならない。やつらは軍のものを盗んだり、横領したりするのが得意だ。

 この日は、野菜と肉の切れ端だった。それらをいためて塩を振り、携行している調味液を垂らして、もちごめで包む。後はチーズをひと欠片かけら添える。俺が教えた通りにテオリッタは炊事を完遂していた。


「これでは腹が膨れんな。前線の兵士をおろそかにするとは」


 そういう適当な料理を食べながら、ノルガユ陛下が立腹しているようだった。


「改善せねばならんな。兵糧の問題は深刻だ。財政大臣はどこにいる?」

「そりゃまあ王宮だろうな」

「追及せねばならん! 予算は正しく分配されているのか? 最前線の兵糧がこれでは、士気を保つことができんぞ」

「賛成だ。この作戦が終わったらな」


 ノルガユの妄言を真に受けていたらキリがない。ヘタをするとこっちも陛下の妄想に取り込まれかねないので、ほどほどにしておくのがコツだ。

 タツヤはその点が完璧で、一切反応することなく糯米をしゃくしている。


「作戦の進行状況はどうなのですか、ザイロ? なかなか順調ではありませんか?」


 テオリッタも自作の「料理」を口にしながら、嬉しそうに言った。

 こんな地の底で、こんな粗末なものを食べながら、なぜ彼女はこんなに嬉しそうなのか。まるで遠足にでも来ているようだ。


「魔王現象の主は、もうかなり近いのでは?」

「まあ……たぶんな」


 俺はここまでの地図を頭に思い描く。あのキヴィアの前衛芸術のような図面ではなく、ちゃんとした地図を。


「この調子なら、明日にでも最深部に到達するんじゃないか」

「簡単ですね」


 ふん、と、《女神》テオリッタは鼻を鳴らした。


「この私の恩寵あればこそ、といっていいでしょう。……そうですよね? 聖騎士団の者たちもきっと私たちに感謝しますよね?」

「うまくいけば、少しは感謝されるかもな。魔王を倒すのはあいつらだけど」

「その点についてですが、我が騎士」


 テオリッタは声を低めた。その瞳が燃えている。


「私たちで魔王を倒してしまうというのはいかがでしょう? 私の加護と、我が騎士と仲間たちの力があれば、不可能ではないのでは!」

「やりたくないし、そもそも命令違反だな」

「しかしですね。……やはり《女神》として実績と威光を発揮しておかなければ、と……」

「駄目だ」


 これ以上の命令違反で、ひどい目に遭いたくない。


「魔王を倒したかったら、あいつ──キヴィアの方についておけばよかったんだよ」

「え」

「あっちが本隊だからな」


 テオリッタも俺から離れては《女神》本来の能力を発揮できないとはいえ、そういう選択肢もありえた。

 ただ、彼女を戦力として遊ばせておく余裕はないという状況でもある。両方の可能性を天秤にかけ、そして──第十三聖騎士団の軍事責任者であるキヴィアは、《女神》の意思を尊重する判断をした。神殿からの出向神官もいた手前、妥当な判断ではある。


「なんでこっちについてきたんだ?」

「……どういう意味ですか」


 テオリッタは不機嫌そうな顔をした。瞳の炎が強くなった。


「あなたたちには、私が不要ですか?」

「そういうことは言ってない」


 そのとき、気づいた。テオリッタのその表情は、不機嫌ではなく不安を意味している。声が少し震えたことでわかった。


「そりゃ同行してくれたのはありがたいが」

「でしょう! そうでしょう!」


 俺の説明を最後まで聞かずに、テオリッタは立ち上がった。


「我が騎士ザイロ、あなたは私に対してところどころ不遜な態度が見て取れます」

「そうか?」

「そうです。もっと私を必要とし、感謝の言葉をささげなさい。そして褒めなさい」


 彼女はまくしたてながら、俺を指差した。


「あなたに私こそ──このテオリッタこそ至高の《女神》だと言わせなくては気が済みません!」


 ひどく糾弾されているような気分になってくる。テオリッタは自分の正しさを確信するようにうなずいた。


「そのために同行することにして差し上げたのです!」

「いや、待てよ……」


 俺は何か答えを返そうとした。

 説明が難しい。だけでなく、すごく憂鬱だ。なんて言えばいいのだろう? 言葉を探して数秒迷った──ノルガユが声を発したのは、そのときだった。


「ザイロ!」


 鋭く叱責するような声。テオリッタの扱いに関して怒られたのかと思った。

 が、違う。ノルガユの手がカンテラを掲げている。刻まれた聖印が、赤い光を放っていた。


「通信だ。本隊からだぞ、これは……良くないな」

「救難信号?」


 ノルガユの調律したカンテラの聖印には、複数の機能がある。その一つが本隊との通信。

 赤い光は、何か緊急の事態が発生したことを意味する。


『──急ぎ、救援を──』


 かすれた音声が、カンテラの聖印から聞こえた。

 しかし雑音が多い。金属のぶつかる音。稲妻のような苛烈な音。戦っている?


『魔王現象──』


 俺もノルガユもテオリッタも、ほとんどくっつけるようにしてカンテラに耳を寄せた。


『襲撃されている。相手は』


 騒音の合間に聞こえるキヴィアの声は、それでも俺たちをうんざりさせるには十分だった。


『──異形フェアリー化した、人間。これは──要救助者の可能性──』


 俺とノルガユは顔を見合わせ、ほとんど同時に舌打ちをした。


「今日はもう、だいぶ疲れてるんだけどな」

「ゔぅぐ。ぐる」


 タツヤが同意するように、低い呻き声を漏らした。

 道理で仕事が順調だと思ったんだ。こういうときは決まって、ろくなことにならない。

刊行シリーズ

勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録Vの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録IVの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録IIIの書影
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