刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 3 ①
魔王現象は、人間に影響を及ぼすこともある。
当然だ。植物でも動物でも、石や土でさえ、魔王現象からは逃れられない。人間でもそれは変わらない。例外は、聖印で守られたものだけだ。
だから俺たち前線兵士には、
人間が
あのときは俺の部隊にも吐くやつがいた。
──このとき俺たちが遭遇したのは、そういう意味で言えば、かなり人間の姿を保っていた。保ちすぎていた、といってもいいかもしれない。
その誰もがえらく長身だった。そういう風に変化したのだろう。皮膚がぎらぎらと輝く銀のような甲殻に覆われ、そのあちこちに、ぼろぼろになった服の切れ端がこびりついていた。
そういう集団だ。
この手の、鉱物に侵食されたような姿の人間型
その数、およそ百はいるのではないだろうか。
ノッカーは見た目と裏腹な俊敏な動きで攻勢を仕掛けている。守りに徹しているのは、当然、聖騎士団の連中だ。地面に盾や柵を備え、防衛戦を展開している。
「ザイロ! 《女神》テオリッタ!」
キヴィアが声をあげた。
やつは鋭く槍を突き出し、一人の──いや、一匹のノッカーを貫いていた。槍の穂先が、べぎん、と苛烈な音を響かせる。全身を覆う殻を砕いて、吹き飛ばした。そういう聖印が使われているのだろう。
「劣勢みたいだな」
俺は見ればわかることを言った。防戦している聖騎士たちはおよそ二十名というところか。
この手の
「我が騎士」
と、テオリッタはすでに俺の肘を摑んでいる。いまにも飛び出していきそうだ。
「《女神》として、救って差し上げなければ!」
「だな」
かくいう俺も、首筋の聖印がひりひりと痛みはじめている。監督責任者であるキヴィアの死は俺たち勇者の死でもある。だが、そのためには──
「手伝うなら命令してくれ、キヴィア聖騎士団長。規則だろ」
「わかっている。挟撃を頼む!」
俺の皮肉っぽい言い方に、キヴィアは少し不機嫌そうに眉をひそめた。
が、すぐにちゃんとした指示を出してくる。駆けつけた俺たちと騎士団とで、ノッカーどもを挟み打つ形ができる。
「よかろう。ゆけ!」
ノルガユは大声をはりあげた。
本人は一歩も動く気はなさそうだったが、見た目に威厳だけはある。
「我が王国の精鋭たちよ!
我が王国、というところに強烈な違和感はあったが、気にしても仕方がない。
俺とタツヤはほぼ同時に交戦を開始していた。俺はテオリッタを抱えて飛び跳ね、タツヤは獣のように前のめりになって地を駆けた。
「ぶうぁう!」
という妙な
「じぃぃ──るぁぁああ!」
やつらの皮膚は鉱物と化しており、なかなかに硬いはずだが、タツヤの腕力の前にはあまり意味がない。それに、あいつの振り回す戦斧にはノルガユの刻んだ聖印がある。
切断の聖印。
そいつが機能している限り、切れ味という点では、東方諸島産の鋭利な刃と変わらない。一匹、二匹と、枯れ木をへし折るように突撃していく。そして俺は──《女神》テオリッタを抱えている以上、もっと迅速な手段をとることができた。
軽い跳躍で、ノッカーどもの頭上を飛び越える。簡単なことだ。
「手加減するぞ。テオリッタ、一振りでいい」
「そうですか」
どこか不満そうではあったが、テオリッタはちゃんと従った。
「物足りませんね」
その手が空を撫でる──刃が生まれる。鋭利な鋼の剣だった。俺はそいつを摑んで、即座にノッカーどもへと投げ放った。
一見無造作に見えるかもしれないが、俺もちゃんと狙っている。こんな閉鎖空間では威力も絞らなければならない。俺ならそれができる。
密集し、タツヤに押し込まれるノッカーどもにとっては、逃れる場所もない。白い閃光とともに爆破が引き起こされる。それに巻き込まれたのが十以上。仕留められなかったやつもいるが、足や腕を吹き飛ばした。
あとは、キヴィアたちが押し返せばよかった。
「攻勢!」
降り立つ俺とすれ違うように、聖騎士たちの反撃が行われる。連携した聖騎士たちの突撃力は、言うまでもない。
彼らが身に着ける具足も、その一式が兵器の塊なのだ。あちこちに聖印が刻まれている。
複数の聖印から形成される兵装を、一般に「印群」と呼ぶ。そういう製品として定着した。攻撃のための聖印、防御のための聖印、軽快な機動戦闘のための聖印。そういうものがひと塊になって刻まれている。
特にキヴィアの具足と槍は、先陣を切った白兵戦闘に向けて仕上げられているようだった。ノッカーどもの叩きつけるような拳を
槍の穂先がぶつかる瞬間に激しい音をたてる。なんらかの衝撃力を発しているのだと思う。
たぶん、民間製品ではない。軍が開発しているものだろう。おそらくは防御を主体とした「
──よって、戦闘もほどなく完了する。
すべての片がつくと、キヴィアは
「……救援、感謝する。迅速だったな」
「まあな」
そう遠く離れていなかったことが幸いした。聖騎士たちに被害が出る前に助けられたようだ──にもかかわらず、キヴィア配下の兵士たちが俺たちに向ける視線はよそよそしい。というより、はっきりと嫌悪感を抱いているのがわかる。
そりゃそうだろう、と思う。俺は《女神》を殺すと言う意味不明な罪を犯した重罪人だし、ノルガユは王城テロ事件で有名だ。タツヤは──よくわからないだろうが、あんな獣みたいな戦いぶりをするやつは恐ろしいだろう。
それはキヴィアにしても、そう大差はないと思われた。露骨な嫌悪は、この前のときのように顔には出さない。ただ、俺たちを不審な連中だと思っていることは、目つきを見ればわかる。悪質な噂のある
腕は立つが、信用はできない。犯罪者集団。
(……だったら、俺たちはともかく)
不思議なのはテオリッタだ。
聖騎士たちの目は、テオリッタに対しても妙な暗さがあるように感じる。なぜだろう。いや、そもそもテオリッタにはよくわからないことがある。
なぜ、棺桶──というかあのデカい箱に入った状態で、覚醒させないまま運ばれていたのか? ということだ。俺は聖騎士たちの表情から、その手がかりを読み取ろうとした。
が、その前にキヴィアが口を開いてくる。
「ザイロ。すまないが、今後の作戦行動を検討したい」
「ずいぶん丁寧だな」
つい、皮肉のような返事になった。
「命令してくれりゃいいだろ」
「それが難しくなった。やつらは人型の
「ああ──」
俺も、ずっとそのことは引っかかっていた。
人型の
そして、この坑道が閉鎖されたのは、一か月ほど前だ。



