刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 3 ①

 魔王現象は、人間に影響を及ぼすこともある。

 当然だ。植物でも動物でも、石や土でさえ、魔王現象からは逃れられない。人間でもそれは変わらない。例外は、聖印で守られたものだけだ。

 だから俺たち前線兵士には、異形フェアリー化を避ける聖印が支給されるし、町や村も聖印による防壁がある。遠出をする旅人ならば守りの護符を持っているだろう。

 人間が異形フェアリー化した場合は、ほかの生き物以上に大きな変化を遂げる。時間が経つごとに人らしい姿を失っていく。俺が遭遇した一番ひどい例でいえば、全身にたくさんの「顔」と「内臓」を生やしたナメクジみたいになっていたのを見たことがある。

 あのときは俺の部隊にも吐くやつがいた。

 ──このとき俺たちが遭遇したのは、そういう意味で言えば、かなり人間の姿を保っていた。保ちすぎていた、といってもいいかもしれない。

 その誰もがえらく長身だった。そういう風に変化したのだろう。皮膚がぎらぎらと輝く銀のような甲殻に覆われ、そのあちこちに、ぼろぼろになった服の切れ端がこびりついていた。

 そういう集団だ。

 この手の、鉱物に侵食されたような姿の人間型異形フェアリーを、便宜的に呼び分ける名前が存在する。神殿の学士会が定めた呼び名は『ノッカー』だ。あえて人間と区別する必要があった。少なくとも、前線で戦う俺たちにとっては。

 その数、およそ百はいるのではないだろうか。

 ノッカーは見た目と裏腹な俊敏な動きで攻勢を仕掛けている。守りに徹しているのは、当然、聖騎士団の連中だ。地面に盾や柵を備え、防衛戦を展開している。


「ザイロ! 《女神》テオリッタ!」


 キヴィアが声をあげた。

 やつは鋭く槍を突き出し、一人の──いや、一匹のノッカーを貫いていた。槍の穂先が、べぎん、と苛烈な音を響かせる。全身を覆う殻を砕いて、吹き飛ばした。そういう聖印が使われているのだろう。


「劣勢みたいだな」


 俺は見ればわかることを言った。防戦している聖騎士たちはおよそ二十名というところか。

 この手の異形フェアリー化構造体を制圧するとき、戦術としては部隊を小集団に分割し、通信による連携をとりながら交戦する。一気に百人、千人と投入しても、このような閉鎖空間では利点とならないからだ。むしろ落盤やら何やらで、一網打尽にされる危険ばかりが高まる。


「我が騎士」


 と、テオリッタはすでに俺の肘を摑んでいる。いまにも飛び出していきそうだ。


「《女神》として、救って差し上げなければ!」

「だな」


 かくいう俺も、首筋の聖印がひりひりと痛みはじめている。監督責任者であるキヴィアの死は俺たち勇者の死でもある。だが、そのためには──


「手伝うなら命令してくれ、キヴィア聖騎士団長。規則だろ」

「わかっている。挟撃を頼む!」


 俺の皮肉っぽい言い方に、キヴィアは少し不機嫌そうに眉をひそめた。

 が、すぐにちゃんとした指示を出してくる。駆けつけた俺たちと騎士団とで、ノッカーどもを挟み打つ形ができる。


「よかろう。ゆけ!」


 ノルガユは大声をはりあげた。

 本人は一歩も動く気はなさそうだったが、見た目に威厳だけはある。


「我が王国の精鋭たちよ! 異形フェアリーと化した国民に安らかな眠りをもたらすのだ!」


 我が王国、というところに強烈な違和感はあったが、気にしても仕方がない。

 俺とタツヤはほぼ同時に交戦を開始していた。俺はテオリッタを抱えて飛び跳ね、タツヤは獣のように前のめりになって地を駆けた。


「ぶうぁう!」


 という妙なたけびとともに、タツヤの斧がノッカーどもを背後から襲う。


「じぃぃ──るぁぁああ!」


 やつらの皮膚は鉱物と化しており、なかなかに硬いはずだが、タツヤの腕力の前にはあまり意味がない。それに、あいつの振り回す戦斧にはノルガユの刻んだ聖印がある。

 切断の聖印。

 そいつが機能している限り、切れ味という点では、東方諸島産の鋭利な刃と変わらない。一匹、二匹と、枯れ木をへし折るように突撃していく。そして俺は──《女神》テオリッタを抱えている以上、もっと迅速な手段をとることができた。

 軽い跳躍で、ノッカーどもの頭上を飛び越える。簡単なことだ。


「手加減するぞ。テオリッタ、一振りでいい」

「そうですか」


 どこか不満そうではあったが、テオリッタはちゃんと従った。


「物足りませんね」


 その手が空を撫でる──刃が生まれる。鋭利な鋼の剣だった。俺はそいつを摑んで、即座にノッカーどもへと投げ放った。

 一見無造作に見えるかもしれないが、俺もちゃんと狙っている。こんな閉鎖空間では威力も絞らなければならない。俺ならそれができる。

 密集し、タツヤに押し込まれるノッカーどもにとっては、逃れる場所もない。白い閃光とともに爆破が引き起こされる。それに巻き込まれたのが十以上。仕留められなかったやつもいるが、足や腕を吹き飛ばした。

 あとは、キヴィアたちが押し返せばよかった。


「攻勢!」


 降り立つ俺とすれ違うように、聖騎士たちの反撃が行われる。連携した聖騎士たちの突撃力は、言うまでもない。

 彼らが身に着ける具足も、その一式が兵器の塊なのだ。あちこちに聖印が刻まれている。

 複数の聖印から形成される兵装を、一般に「印群」と呼ぶ。そういう製品として定着した。攻撃のための聖印、防御のための聖印、軽快な機動戦闘のための聖印。そういうものがひと塊になって刻まれている。

 特にキヴィアの具足と槍は、先陣を切った白兵戦闘に向けて仕上げられているようだった。ノッカーどもの叩きつけるような拳をで弾き、まるで問題にしていない。槍は小枝のように振り回され、異形フェアリー化した表皮を容易く砕く。

 槍の穂先がぶつかる瞬間に激しい音をたてる。なんらかの衝撃力を発しているのだと思う。

 たぶん、民間製品ではない。軍が開発しているものだろう。おそらくは防御を主体とした「えんげき印群」と呼ばれる類の印群。あれこそまさしく、《女神》を守って突撃する聖騎士のための兵装だ。

 ──よって、戦闘もほどなく完了する。

 すべての片がつくと、キヴィアはいかめしい顔をして俺たちに近づいてきた。


「……救援、感謝する。迅速だったな」

「まあな」


 そう遠く離れていなかったことが幸いした。聖騎士たちに被害が出る前に助けられたようだ──にもかかわらず、キヴィア配下の兵士たちが俺たちに向ける視線はよそよそしい。というより、はっきりと嫌悪感を抱いているのがわかる。

 そりゃそうだろう、と思う。俺は《女神》を殺すと言う意味不明な罪を犯した重罪人だし、ノルガユは王城テロ事件で有名だ。タツヤは──よくわからないだろうが、あんな獣みたいな戦いぶりをするやつは恐ろしいだろう。

 それはキヴィアにしても、そう大差はないと思われた。露骨な嫌悪は、この前のときのように顔には出さない。ただ、俺たちを不審な連中だと思っていることは、目つきを見ればわかる。悪質な噂のあるようへいと同じだろう。

 腕は立つが、信用はできない。犯罪者集団。


(……だったら、俺たちはともかく)


 不思議なのはテオリッタだ。

 聖騎士たちの目は、テオリッタに対しても妙な暗さがあるように感じる。なぜだろう。いや、そもそもテオリッタにはよくわからないことがある。

 なぜ、棺桶──というかあのデカい箱に入った状態で、覚醒させないまま運ばれていたのか? ということだ。俺は聖騎士たちの表情から、その手がかりを読み取ろうとした。

 が、その前にキヴィアが口を開いてくる。


「ザイロ。すまないが、今後の作戦行動を検討したい」

「ずいぶん丁寧だな」


 つい、皮肉のような返事になった。


「命令してくれりゃいいだろ」

「それが難しくなった。やつらは人型の異形フェアリーだ」

「ああ──」


 俺も、ずっとそのことは引っかかっていた。

 人型の異形フェアリーは、時が経つにつれてその異形フェアリー化の度合いを深める。やつらはまだ十分に人間の形を留めていた。かなり最近、異形フェアリーになったということだ。日が浅い。長く見積もっても五日ほどしか経過していないだろう。

 そして、この坑道が閉鎖されたのは、一か月ほど前だ。

刊行シリーズ

勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIの書影
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