刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 3 ②

 行き当たる結論は一つしかない。


「この坑道のどこかに、まだ人間が残ってたのか?」

「やつらに襲撃を受けたとき、その可能性が高いと見ていた。そして、確証も得た」


 キヴィアは背後を示した。狭い通路の片隅だ。そこに、ぼろ布をまとった人影がある。異形フェアリーでも、聖騎士でもない──ひどくやつれた、一人の男。がちがちと震えているのがわかった。

 俺がそれに気づいたとき、キヴィアは重苦しくうなずいた。


「脱出に間に合わなかった民間人、この鉱山の労働者が数十名、残存していることが判明した」


 気が遠くなりそうだった。

 なんてことを。話の内容というよりも──その発言の間の悪さに。こんなところで、よりによって、あの男がいる場所で言うとは。


「──よかろう。ならば、救出作戦を発動する」


 ノルガユ陛下が重々しく宣言した。

 当然だ。その目は真剣で、何者も異論を許さないしゅんげんさすらあった。


「この鉱山の労働者ならば、我が王家のために尽くした忠臣である」


 あっにとられたキヴィアを前に、ノルガユ陛下は声を張り上げた。


「なんとしても彼らを救うべし!」


 そいつは無理だろう、と俺は思った。

 聖騎士団とガルトゥイル要塞、それから神殿のことはよく知っている。そんな作戦行動を許すような、いい加減な集団ではない。そのやり口も知っていた──たぶん、労働者どもをまとめて皆殺しにするつもりだろう。


「……待て。それは許可できない」


 と、やはりキヴィアは当然のことを言った。嫌になるほど真面目な顔だった。


「残存した人員の救出作戦は、ガルトゥイルからの許可が下りない」

「ガルトゥイルだと?」


 ノルガユ陛下は嘲笑あざわらった。


「くだらんな。この、余が命じているのだ」


 一人称が「余」である男を、俺はノルガユと本物の国王しか知らない。


「放っておけ。軍部は行政機関に従属するべきである。余の命令が優越する!」


 もちろん、そんなことを言っても放っておかれるのはノルガユ陛下の方だ。


「すでに、ガルトゥイルとは通信した」


 キヴィアは小さくため息をついた。


「……民間人の救出というのは、当初の目的と異なる。そのために聖騎士団に損害が出ては意味がない。魔王現象の撃破後に対処すべき問題、とのことだ」

「だろうな」


 俺はうなずいた。連中なら、当然そういうことを言う。そのこと自体は嫌いではなかった。俺は軍の、そういう明快さが好きだった。


「どう考える、ザイロ・フォルバーツ」

「俺が?」


 少し驚いた。キヴィアにそれを尋ねられるとは。


「貴様に聞いている。あくまでも参考までに尋ねたい。我々が救出作戦に踏み切った場合──」


 キヴィアは背後を気にした。ほかの聖騎士たちの視線が集まっている。

 それでわかった。彼女の表情は硬い。わずかな躊躇いもそこにあった。


「どの程度の損害が予想される?」


 己の考えに不安があるから、そういうことを聞くのだ。しかも自分の部隊の参謀やら副官ではなく、まったく外部の人間である俺のようなやつに聞くということは、よほどのことだった。

 つまるところ、この団長──キヴィアという人物は、部隊の中でも孤立しているのではないか。


(なるほど。微妙な立場だな)


 俺がいままで耳にしたことがない番号の部隊ということは、ごく最近に設立された部隊ということだ。だとすれば、キヴィアは新任だ。

 しかも、この若さから考えて、まともに戦闘を指揮した経験は少ないはずだ。部下たちからの信頼があついはずがない。ましてやこの前のクヴンジ森林での失態ともいうべき一件がある。部下ではなく外部に意見を求めたくなる気持ちもわかる。

 ──だが、そいつは完全に悪手だ。

 たったいま、俺に意見を求めているだけで、部下からの視線が刺々しくなるのがわかる。


(ここからわかることは)


 俺はとても憂鬱になった。


(キヴィアは可能な限り人員を救出したい。ただし、部下たちはそんな無茶に付き合いたくない。……部下の気持ちの方がわかるな)


 聖騎士団に所属するのは、貴族の出身か、あるいは市民から取り立てられた者たちだ。

 すでに持っているものを失いたくないし、軍部からの命令に逆らうような作戦で、せっかく摑んだ成り上がりの好機を奪われたくない。当たり前の話だ。


(キヴィアの方がどうかしているんだ)


 俺はそう結論づけた。


「ザイロ・フォルバーツ。意見を言え」


 キヴィアは命令口調で言った。そうであるからには、従わざるを得ない。


「もしも救出に向かうなら、めちゃくちゃな損害を覚悟する必要がある」


 俺は正直に告げる。そうするしかなかった。


異形フェアリーどもが殺到する中で、民間人を防衛しながら撤退しなきゃならない。しかもこの狭い地形から抜けるとなると──」


 少し考えただけでも、凄惨なことになるのはわかる。


「どれくらい被害が出るかわからねえな。相手の魔王現象にもよる」

「そうか」


 キヴィアは顔をしかめた。


「しかし──、聖騎士とは、国の民のために」

「……キヴィア団長。申し訳ありませんが、発言の許可を願います」


 背後から、咎めるような声が聞こえた。

 さっきから、明らかに不満そうな顔をしていた一人。兵士──ではない。白い貫頭衣に、首からぶら下げた鉄製の大聖印は、神殿に勤める者の証明だ。神殿から派遣された神官なのだろう。

 こういうやつは騎士団にとっての参謀であり、聖印の調律技師でもある。


「恐縮ですが、いま、この男の意見を確認する必要がありますか。予定通りの作戦を遂行するべきでしょう」


 当たり前のことを言わせないでくれ、と、その目が語っている。

 この神官はまだ若い──絶対に死にたくないだろう。しかも懲罰勇者などの意見を聞いて、馬鹿げた作戦に付き合うのは絶対に御免だというのも理解できる。


「焦土印の設置により坑道ごと封鎖する。それが、ガルトゥイルからの指示でしょう」

「ああ」


 キヴィアは小さくうなずく。


「そうだ」


 作戦はわかった。この手の異形フェアリー化構造体が相手の場合、よくあるやつだ。

 魔王の討伐という目的さえ果たせればいい。つまりしかるべき要所に焦土印を配置し、一斉起爆することで、構造体ごと破壊する。これはかなり確実な手段と言えた。魔王現象も、異形フェアリーも一掃できる。

 問題は──


「それでは、我が国の民を見捨てることになる!」


 ノルガユ陛下が怒鳴った。断固として譲らない気迫。うちの部隊にはよくあることだ。


「もう一度言う。作戦を変更せよ! これは王命である! 貴様ら、この余に対し──は、は、反逆するというのか!」

「……ああ、ひどいですね、これは」


 神官の男は、ノルガユを見て頭を抱えた。


「見るに堪えません。……ノルガユ・センリッジ……賢人ホルドーの最後の弟子、あの学士会に誉れ高き英才の末路がこれとは」


 なんとなく、知っていそうな口ぶりだった。

 そういえば、と、俺も思い出す。聖印の調律については、主に神殿の学士会にて研究されている。その技術を学ぶ場所も、軍か神殿に限られていた。ならばノルガユ陛下は、もともとは神殿の出身だったのか?

 何があってこうなったのか、少し気になった。少しだけだ。いまはやつを大人しくさせなければならない──いや、そんなことは無理だとわかっていた。ノルガユ陛下を口先で言いくるめることができるか? ベネティムにならば、あるいはそういうことができただろうか?

 その可能性を検討したとき、俺の結論は決まっていた。


「貴様ら!」


 と、ノルガユ陛下は真っ赤な顔で怒鳴り散らしていた。


「この……この、反逆者どもめ! 国家転覆を企てる悪党め! 王命によって一人残らず処断するっ、決して許さぬぞ!」

「落ち着け、陛下」

「黙れザイロ、貴様も裏切るつもりか! それならば余にも考えがあるぞ!」

「俺にもある。……キヴィア、聖騎士団に提案させてくれ」


 我ながら、馬鹿げたことを考えていると思う。

 それでもあえて言おうとするのはなぜか、俺は自分の中に理由を見つけられない。

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