刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 4 ①

 鉱山作業員たちの隠れ家は、もう限界ぎりぎりの状態だったといえる。

 奥まった坑道の突き当たり、道に敷かれた軌道路の先。

 そこにちょっとした小屋のような──あるいは粗末なとりでのようなものが築かれていた。

 防壁代わりになっているのは、掘削用の機材。それに人員運搬用の大型トロッコだ。もともと小屋くらいの大きさのある代物だが、それを並べて壁にしている。

 ただし、その壁もぼろぼろになっていて、大型の異形フェアリーが襲来した際にはもたないだろうことは明白だった。魔王現象から身を守るための聖印も、かすかな光しか放っていない。蓄えた光が切れかけているのだ。燃料である太陽光のないところでは、どんな聖印でも消耗が速い。

 そんな状況だったから、まさに彼らは襲撃を受けていた。

 俺とノルガユ、タツヤはどうにかその場面に滑り込むことができた。

 かなり肥大化したムカデ型のボガートたちが暴れていて、いまにも防壁を破壊しそうだった。その牙が、錆びたトロッコの壁に穴を開けていた。誰かの悲鳴も聞こえた。


「行け!」


 と、陛下は素早く指示をお出しあそばされた。


「進軍せよ! 余の民を救え!」


 めちゃくちゃな指示ではあるが、言っていること自体は正しい。仕方がないので、俺とタツヤは直ちに陛下のご命令に従った。

 決着は瞬く間についた。


「ぶぅぁっ」


 と、タツヤが飛び込んでボガートの頭を叩き割り、タツヤが戦斧を振り回してボガートの胴体を真っ二つにし、タツヤが跳躍してボガートの顎を粉砕した。

 静かになるまで十数秒。

 これだけ言うとタツヤだけ働いたように見えるが、まあ、実際その通りだ。ただし俺は俺にしかできない仕事をしていた。

 鉱山の作業員たちを保護したうえで、あのいかにも異形フェアリー化を発症しているような男たちが実は敵ではないこと──つまり俺たちが助けに来た味方であることを説明しなければならなかった。

 残った作業員は、あわせて二十四人。かなり疲弊している。幸いにも動けないほど弱っている者はいない。そういうやつは、もうとっくに死んだか、処分されたのか。いまそれを問うのはやめておこうと思った。


「……助けが来るなんて、思わなかった」


 おそらく現場の長のような立場とおぼしき、年かさの男が言った。まだ夢を──悪夢を見ているかのような表情だった。


「聖騎士団の人なのか?」

「まあな。聖騎士団の命令だ」


 俺は本当のことを言わなかった。俺たちが懲罰勇者だと知ったら、彼らは再び絶望するだろう。


「まずは、全員が武装しろ」


 俺はやるべきことを頭の中で整理した。

 ここを脱出するには、この非戦闘員たちに身を守る手段を与えねばならない。単なる足手まとい複数人では、守り切ることは絶対に不可能だ。

 俺はその場にある資源に注目した。スコップを持っている男もいるし、ツルハシや棒切れもある。それで十分だ。あるいは石ころでもよかった。それらはすべて、ちゃんと身を守る武器に変えられる。その手段がある。


「そこにいるノルガユ陛下は、聖印調律の専門家だ。あんたらを武装させることができる。みんな例外なく武器を持ってもらう」

「……ノルガユ……陛下?」

「そう呼ばれてる」


 作業員たちは困惑の表情を浮かべたが、放っておくしかない。いまはとにかく時間がない。


「安心せよ、者ども! 我が忠臣たちよ!」


 と、呼びかけたノルガユ陛下の声には、たしかにどこか指導者らしい響きがあった──ような気もしないでもない。


「ここを脱出し、必ずや諸君の働きに報いよう。武装せよ! ここにいる、我が直属の精鋭たちに続け!」


 堂々たる演説じゃないか。俺は意味がないと知りながら、というより意味がないからこそ、タツヤの肩を叩いた。やつはうつろな顔で俺を見た。刺激に反応しただけだ。

 タツヤに何があったのか、俺は詳しいことを知らない。ただ、《女神》に呼び出された異世界の人間だったとは聞いている。

 噂では、《女神》の不興を買ったとか。異世界において、最も殺しの腕に長けた人間だったとか。特に女を専門に暴行して殺すのが趣味の男で、それがために召喚され、またそれがために身を滅ぼして勇者になったとか。そういう噂はある。

 本当でもなんでも、どっちでもよかった。

 いまのタツヤに自我や思考力などない。ただの勇者だ。どんな過酷な状況でも、絶望することだけはない男。その機能がない。ノルガユや俺と同じく、戦うしかない。


「タツヤ、先行せよ。道を切り開け」


 ツルハシの一本に、簡易的な聖印を刻みながら陛下が言う。

 簡単な守りの聖印。あとはささやかな破砕の聖印。岩くらいなら、一度か二度は軽く破壊できる力をもたらすものだ。ノルガユの手にかかれば、それはもっと長持ちするし、威力もあがる。

 それも異形フェアリーの物量にかかれば、気休めのようなものではある。


「互いに互いの背を守れ! 余は、一人として脱落者を出すつもりはないぞ! それからザイロ、お前は──」

「わかってる」


 俺は残りのナイフの数を数えて、うなずいた。この状況なら、俺が最後尾につくべきだ。専門用語でいえば、これを殿しんがりという。この役目はタツヤには向いていないし、ノルガユに任せるわけにもいかない。

 俺はノルガユの戦闘能力を把握している。図体はかなりのものだが、それだけだ。


「後ろから続く。脱落したいやつは、早めに言ってくれ」


 俺は作業員のみんなを見回し、あえて軽い口調で言う。


「最悪のことになる前に、始末はつけてやる」


 作業員たちはいっそう悲愴な顔をした。


「ザイロ。お前の能力は信用している」


 ノルガユ陛下は、棒切れにまで聖印を刻みながら言う。


「無事に生還したら、お前には軍の総帥の座を与えよう。至高の名誉に浴すがよい」

「ありがたき幸せ」


 俺はそう答えるしかなかった。要するに、この戦いに栄光や名誉などない。

 うまくいっても、二十四人の疲れ果てた男たちが生き残るという結果だけ。うまくいかない可能性の方がずっと大きい。魔王を倒すこともない。それは俺たちの役目じゃない。聖騎士団が坑道ごと粉砕するだろう。

 ただ、地獄のような面倒臭さと、うまくいかなかったときの苦痛というリスクだけがある。


(懲罰らしくなってきたぞ)


 自嘲しながら、俺はナイフを一本だけ引き抜く。ノルガユの聖印調律の作業はまだまだ途中だったが、完遂までを見守る暇はなさそうだ。


「陛下、もう移動した方がいい」


 俺は振動に気づいていた。

 何かが近づいてくる。何かとは、この場合は異形フェアリーでしかありえない。それを証明するように、後方の土壁が砕けた。見るからに凶悪な、ムカデ型のボガートの顎が覗く。誰かが悲鳴をあげて尻餅をついた。


「すぐに立て!」


 俺は端的に告げて、ナイフを投擲する。さっそく一つ、武器を手放すことになった。『ザッテ・フィンデ』の聖印がボガートの頭部を吹き飛ばす。


「次に転んだやつは、容赦なく置いていくからな」


 俺の宣言は、狭い坑道にこだまを生んだ。


「自分の身は自分で守れ。ノルガユ陛下はそうおっしゃってる」


 不安をごまかすためだろうか。鉱夫たちが雄叫びをあげた。その響きは先を走り出すタツヤの唸り声に混じり、地獄のような絶叫と化した。

 四方八方から、ボガートどもが近づいてくる気配がある。ここは腕の見せ所だ。余裕で切り抜けて、後で誰彼構わず自慢してやる。

 俺はノルガユ陛下の顔を見た。


「初めに死ぬのはお前だ、ザイロ」


 と、陛下はありがたいお言葉をかけてくれた。


「次に余が。三番目にタツヤが死ね。忠義を尽くした民の命に比べれば、実に無意味だ!」


 たいした王様だ。

 話は通じないが、嫌いなやつではない。



 なぜ鉱夫たちがここに取り残されたかといえば、理由は一つ。

 連絡が遅れすぎたからだ。連合王国行政室が指示した住民の脱出には、優先順位があった。

 まずは子供、病人、女、老人。それから聖印調律の技術者、機材を保有する商人たち、軍人──と続き、労働者は最も後回しになった。

刊行シリーズ

勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録VIの書影
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勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録IVの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録IIIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録IIの書影
勇者刑に処す 懲罰勇者9004隊刑務記録の書影