刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 4 ②
これは神殿と軍部のせめぎあいの末に決定されたものだろう。曲がりなりにも弱者の救済を教義に掲げる神殿と、実利を最優先とする軍部が互いの優先順位を掛け合った結果として、こういうことになった。
神殿と軍部の対立は、連合王国成立の当初から大きな問題だった。どちらが良い、というわけではない。お互いに担当している領域が違いすぎるというだけだ。
ただしそこに出資元の貴族たちが絡んでくると、もはや手に負えない。改革を唱え、断行しようとしていた宰相も、五年前に急死してまた混乱が始まっている。
「最初は……五十人はいました」
頼りない足取りで走る、というよりよろめきながら、鉱夫たちの長は言った。
その五十人が、だんだんおかしくなっていったそうだ。
「……夜になると、『声が聞こえる』って言いはじめたやつがいたんです。寝てる間に、そいつが……どこかに消えて……そして戻ってきたときには、化け物になってました」
(声か)
俺はその点に注意を向けた。この鉱山の核となっている魔王現象の、一つの手がかりになりえたかもしれない。人間の精神に異常な影響を与える魔王現象というのも存在する。
この場合は──
「ザイロ! 来るぞ!」
ノルガユ陛下が怒鳴った。鉱夫たちの悲鳴がそれに重なる。
長い列を成して逃走する彼らの、真横の土壁がごぼごぼと異様な音を響かせていた。ムカデ型のボガートが地中を移動している音だ。
こうなると俺が対処するしかない。タツヤは先頭を切って、行く手を阻むボガートどもを叩き潰しているし、ノルガユ陛下には戦闘能力も軍事的な指揮力もない。
「スコップ、構えろ」
俺は鉱夫たちに命令した。できるだけ落ち着いて、平然と、かつ偉そうに。
隊列の中段の五人程度には、かなりまともなスコップを持たせてある。ツルハシよりも軽く、先端に鉄を使っているので威力も出せる。
「頭を出したら殴れ。来るぞ。あと半歩下がれ──もう少し。よし、いまだ──行け!」
最後の『行け!』だけ吠えるように言った。
それで弾みがつく。突き出たボガートの鼻先に、鉱夫たちのスコップが叩き込まれる。聖印はたしかに機能した。打撃音。硬い顎に亀裂が入る。
こうなると、悲鳴をあげるのはボガートの方だ。頭を引っ込めようとする、それを逃がさない。俺はすぐさまナイフの投擲に入っていた。浸透させる聖印の力は最小限でいい。頭部に突き刺さって光が弾け、体液が飛び散る。
この一撃で、状況に片が付いた。
「よし。小休止だ!
俺は怒鳴りながら、砕けたボガートの頭部からナイフを拾い上げてみる。
鉄の刀身が焼けたようになっていて、指先で弾くと簡単に折れてしまう。これが『ザッテ・フィンデ』を用いた雷撃の難点だ。砲弾として媒介する物体が、簡単に使用不能になる。俺が聖騎士をやっていた頃は、専用の工房で鍛えられたナイフが支給されていたものだ。
いまは何もかも、有り合わせでどうにかしなければ。
「これで道は正しいのか、ザイロ」
ノルガユ陛下は不満そうに、小声で尋ねてくる。
「我々の来た道とは違うぞ」
「これでも最短距離で移動してる。タツヤは道を間違えない」
すでに向かう先は決まっている。タツヤにはそれを教えてあった。
目指しているのは、あえて聖騎士団の撤退経路とは違う方向だ。
俺たちが作った前線基地と、それを繫ぐショートカット通路とは別の道。最深部まで焦土印を設置するという任務を聖騎士団が果たすのなら、やつらの移動と工作が魔王現象に見つからないはずがない。
俺たちより優先的な攻撃対象になるだろう。やつらに主力を引き付けてもらう。この考えは大いに成功していた。敵は殺到してくるが、多すぎるというほどではない。
先を急がなければならないのだが──このあたりで強行軍は限界だ。鉱夫たちの疲労もある。ボガートどもも、そろそろ俺たちが目障りになってきたはずだ。遭遇率が増えつつある。大きな攻勢がどこかで来るとは思っていた。
それを突破できれば、望みはある。
「休みながら聞いてくれ」
俺は荒い息をつく鉱夫たちに告げる。
「ここで戦線を組む。追撃を一時的でいいから止める。それから、わりと元気なやつは挙手してくれ。三人、タツヤについていけ。そっちは別動隊だ──タツヤ、打ち合わせ通りに動けよ」
がくん、とタツヤがうなずいたのを確認してから、全員を見回す。
「悪いがみんな、もうひと働きしてもらわなきゃならない。やれるか?」
生き延びたい気持ちは全員同じはずだ。鉱夫たちは顔を見合わせ、なんらかの希望に縋ろうとしているのがわかった──いや待て。希望?
「あんたたちが言うなら、やれます」
鉱夫たちの長がうなずいた。
「あんたたち、……聖騎士の人じゃないんでしょう? 聞いたことがあります。その……首にある、聖印……」
「なんだ、こいつを知ってるのか」
こうなれば、噓をついても仕方がない。
「俺たちは有名人みたいだな。そりゃそうか。世界一の極悪人集団って聞いてるか?」
「極悪人でも、あんたたちは助けに来てくれましたよ」
鉱夫たちの長は、俺の冗談に少しだけ笑った。余裕がでてきて何よりだ。
「だから、おれらがどうなるにしても、少しは……マシな死に方ができると思ってますんで」
「嫌なこと言うなよ。死なれてたまるか」
「うむ。生きて我が国家の役に立て」
俺は片手を振ったし、ノルガユは重々しくうなずいた。意見が一致したのは気持ちが悪いが、仕方がない。文句を言おうにも、次の客がやってきている。
正面だけでなく、頭上や足元からも土を削り砕く音が聞こえていた。
「タツヤ、三人つれていけ! 右手通路からだ!」
言ってから、俺は地面を足でやや強く蹴る。
(たぶん、さっきより数が多いな)
反響の度合いでそれがわかる。音響により索敵をする能力なら、かつての俺にはもっとちゃんとした精度の高いものがあった。探査印『ローアッド』。その聖印はすでに封印されてしまったが、だいたいの勘だけは残された。
命がかかった状況で経験した手応えというものは、意外に身につくものであるようだ。いまでも多少の予測をつけることができる。
「来たぞ」
土が砕ける。天井、壁、床、四方八方あちこちの土を食い破り、新手が姿を現す。通路の前後を塞がれ、包囲の形ができあがるが、これは想定していたことだ。
(やってやろうじゃねえか)
出現したボガートどもの多くは、俺の方に殺到してくる。本格的な攻勢だ。やつらも俺たちの中で誰が脅威かということをわかってきたらしい。
少しは賢い。だが、それ以上ではない。
「後退、十五歩だ! 焦るな、後ろは俺が止めてやる」
ここが重要なところだ。
包囲されたまま戦うことは避けねばならない。後方を突破して態勢を整える必要があるが、秩序を保った後退はゲロが出るほど難しい。俺はよく思い知っている。少し混乱すればたちまち潰走に至るだろう。それを防ぐには、ちゃんとした殿軍を用意してやることだ。
この場合、それができるのは俺しかいない。
「行け!」
と、俺はナイフを後方へ投げた。
十分に聖印を浸透させたものだ。これで後退の道を開く。強烈な爆破が一瞬だけ闇を眩しく照らせば、鉱夫たちはツルハシやらスコップやらを振り回して、死に物狂いで駆け抜ける。
そうしておいてただ一人、後退する集団の最後尾で武器を構える。これもノルガユが簡易的な聖印を施したもので、木の棒の先にナイフを固定した、即席の槍だ。
「調子に乗るなよ」
ボガートの突進を受けて、一歩引く。動きは見えている。槍を突き込む。頭部の隙間を貫き、次を凌ぐためにまた一歩。二歩。牙の先が俺の
呼吸がきつい。それでもあと一撃か二撃目で限界がくる、というところまで粘る。
そこまでやるからうまくいく。
「いいぞ──やれ! 押し返せ!」
「うむっ。ゆけ! 我らが精鋭たちよ!」
「おおうっ」



