1 ⑥

 薄紫の男はここでにやり、と笑った。


「そう、俺には興味がある……あれだけの戦士が最期に、命懸けで守った物を託す気になる者とは果たしてどんな奴なのか。そしてそいつは、この俺にとって戦い甲斐のある相手なのかどうか? ……とな」

「うう……お、おまえは、も、もしかして……」


 囚人は、震える声で言った。


「パールから聞いたことがある……そ、その戦闘に対する飽くなき執念……おまえはもしかして、あの〝最強〟と言われている……!」


 そして囚人はとうとう絶叫した。恐怖に悲鳴を上げた。いや──上げようとした。

 だが、どういうわけか。その〝声〟は男の喉から出た瞬間にき消えてしまって、それ以上広がらない。

 空気の振動で広がっていくはずのそれが、途中で真空でも生じているかのように、それ以上外にれない。すぐそこに──数メートル先にいるはずの看守のところにすら届かない。


「……!」

「さて……おまえには二つの選択がある」


 薄紫の男が静かに訊いてきた。


「取引だ。おまえは統和機構のことを知りたいはずだ。俺の知っている限りのことを教えてやるから、代わりにおまえの知っていることを話せ。これがひとつめの選択」


 囚人はがたがた震えている。そこに男は穏やかな声を被せていく。


「そしてもうひとつは、喋らないおまえを俺が拷問するという選択だ。だがこれは俺の趣味ではない。弱い奴をいたぶるのは好きじゃないんでな。だからできるなら避けたいところだ」


 ふう、と男はため息をひとつついた。


「さあ……どうする?」


 言われたとたんに、囚人はいきなり自分が知っていることを男にべらべら喋っていた。

 サイドワインダーと最後に接触したらしい少年、そしてその姉と大男のことを。

 だが実際に自分を気絶させた女、霧間凪のことは話すことはできなかった。不意をつかれたため、自分でもやられたことがわかっていなかったからだ。


「……なるほどな」


 男はうなずいた。


「子供と、その姉に、恋人らしき男か」


 そして囚人の方に向き直る。


「いや助かった。では約束通り、俺の方も知っていることをおまえに教えてやろう」

「い、いやそんなものはいい!」


 囚人は激しく首を横に振った。


「まあ、そう言うなよ……俺の知っている限り、統和機構というのは」


 そこで男は、ぴっ、と二本の指先を軽く立てた。

 その指の間に、ごく小さなくだのような物がいつのまにか挟まっていた。


「──敵対者に対して、一片の慈悲も見せない」


 そして、男はその管をぽい、と捨てた。だがそれを見ることができた者はもう、そこにはいなかった。


 ……数分後、看守が静かすぎる囚人の様子を見に来たとき、同じように寝たままだったのでそのまま引き返した。だが既にそのとき囚人は死んでおり、後の診断では頭蓋骨の内部で脳の血管に欠損があり、そこが破れたのが死因と判断されたが、その血管の欠損部が、実は牢の床の上に転がっていたなどということは誰の判断も超えたことだった。