2 ⑤

 弘は目を、倒れ込んでいく男の身体に向ける。その首の切り口は、まるで粘土を糸で切ったかのようになめらかだ。

 そのまま、と崩れ落ちて、無論、ぴくりとも動かない。向こうの方で、ごとっ、と音がしたのは飛んでいった首が床に落ちた音だろう。


「…………」


 なんなんだよ、こりゃあ……?

 現実感が、全然いてこなかった。其の者打ち首獄門に処す、という科白せりふが脈略なく頭に浮かんできた。


「やあ」


 薄紫の男が、弘に向かってにこやかに笑いかけてきた。


「ひどい目にあったな。えーと、君は確か、穂波弘君、だったな」

「…………」

「おっと、人の名前を確かめる前にこっちが名乗るのが礼儀か。俺の名はリィまいさか。リィと呼んでくれ。なんだったらあだの〝フォルテッシモ〟という呼び方でもいいが。こちらの方は君にはかえって呼びにくいだろう?」


 その、十代半ばという外見にまったく似合わない大人びたものの言い方だった。


「リィ……?」

「君に危険が迫っていることを知らせに来たんだが……一足遅かったようで、申し訳なく思ってるよ」


 リィ舞阪と名乗ったそいつは胸に手を当てて、かるく頭を下げた。顔つきは東洋系だが、一般的な日本人には見られない仕草と物腰だった。


「危険……」


 と言いかけて、弘はと我に返る。


「そ、そうだ! 俺が襲われたってことは、姉ちゃんの方も──」

「ほう? お姉さんの方は、外に?」


 とリィが静かに訊いた。その一見すると穏やかな眼の奥の方で、なにか暗いものが一瞬、ぞわっ、とうごめいた。