3 ⑥
(ま、負けだ……パールがいくら統和機構の奴らと同等の力を持っていても、これではどうしようもない……我々の負けだ……)
そこまで考えた男は、ばっと身をひるがえして、目の前の出口ではなく警察署の中へ逃げていく。
すかさず拳銃を蹴り上げ、フォルテッシモは拳銃を逃げる男の背中にぴたり、と向ける。
だが……
にいっ、
……と口の端を吊り上げるだけで、引き金は引かない。ただ、その姿が廊下の角の向こう側に消えるのを見守るだけだ。
「これで……組織は去る。おまえは孤立したぞ、パールよ」
そして自分もきびすを返して警察署の外に出る。
「うう……なにやってんだよあいつは」
穂波弘は、警察署の前に停まっている車の中でじりじりとしていた。
あの弘を助けてくれたリィ舞阪という男は弘の姉、顕子が行方不明と聞くや、
「では警察に行くか」
と彼を連れ出したのだ。弘は、いま目の前でリィが人を殺したのを見たばかりだったのでびっくりした。しかしリィは平然と言う。
「いや、あれは人じゃないんだ。ロボットの一種だよ。その証拠に、ほら首を切られたのに血が出ないだろう? それに続けて見てみろ」
そしてリィが指さすと、その死体……だかなんだかはさらさらと砂のようになって崩れていってしまった。リィが窓を開けると、その粉末は風に乗って外に飛んでいってしまう。
「…………」
弘はもちろん、得体の知れぬロボットなんてそんなものすごいもののことなど聞いたこともなかったが、目の前にあるのだから信用しないわけにはいかない。それに……警察に行こうと自分から言い出しているのだ。少なくともギャングとか何とか結社の
しかし警察署の前まで来ると、なんだかパトカーがひっきりなしに出ていたりして騒がしい。殺気立っていた。それを見るとリィは弘を置いて一人で警察の中に入っていってしまったのだ。
「いったいいつまでかかるんだよ……?」
実際に待っていた時間は十分に満たなかっただろう。だが弘にはそれが何時間にも感じられたので、リィが戻ってきたときには思わず「あっ!」と嬉しげな声を上げてしまった。
「ど、どうだった?!」
訊くと、リィは首を振り、
「大変なことになっている。お姉さんと、その高代亨という人は警官や大勢の人を殺したということで今警察に追われている」
とひそひそ声で言った。弘は仰天した。
「な、なんだってぇ?!」
「まあ落ち着け。本当にやったのかどうかというと、俺はあやしいと思っている。お姉さんたちは
「わ、罠に……?」
「しかしこれで警察の協力は期待できなくなってしまった。ここからは俺たちだけでどうにかしなくてはならないが……ついてくるか?」
「あ、ああ!」
弘は何度も何度もうなずいた。
「よし。それじゃ急ごう。大体の場所はいま警察で仕入れてきた情報から推測できる」
リィは車を発進させた。
「ううう……!」
弘は目をカッ、と開いて右手親指を歯でがりがりと
そこにリィが声をかける。
「ところで……本当にお姉さんが家から持ち出したのは、そのゲームの携帯端末なんだな?」
「そ、そうだけど……でもアレがそんなものだなんて。そんなすげえ秘密だかなんだかがあるものだなんて……俺が持ってきた、あれが……」
「気にするな。君のせいではない」
そうとも──それはサイドワインダーの手柄だ、と弘に聞こえない声でリィは小さく呟いた。
車は、問題の場所へと道を順調に走っていく。
*
……結局パトカーに乗って逃げているぼくらが警察と連絡が取れたのはほんの少しの時間だけだった。すぐにまた通じなくなってしまったのだ。
しかし、その間に警察から「ここに向かってくれればすぐに保護できる」という場所を言ってもらえた後だったので、とりあえずの目安はついた。
「やれやれ、一安心だな」
亨がほっとした声で言った。
「まあね。余裕はできてきた。これで姉さんに連絡が取れればいいんだが……」
事態はやはり異常であることは明らかだ。危険を覚悟でパトカーをいったん停めて公衆電話で連絡を取ろうとしたのだが、なんということかそのどれもが故障していたのだ。外見は異常ないのにうんともすんとも言わず、ぼくは一緒に出た穂波さんと顔を見合わせるだけだった。それでそっちの方はあきらめて警察の指示にとにかく従うことにしたのである。
「……しかし、弘のことは気になるよな」
亨が穂波さんの方を見つめて、ぼそりと言った。
「ええ」
穂波さんはうなずいた。
(……確かに気になる)
穂波顕子の姿を借りているパールは内心でもうなずいていた。
あのガキは既に仲間が押さえているはずだが、しかしそっちからこちらへのアプローチがない。こいつらを孤立させるために、彼女が携帯電話に偽装させて持っている
(統和機構もそろそろ勘づいていてもおかしくない……注意するに越したことはないな)
現在はうまく行っている……警察の利用もこちらの思い通りだ。だが……何かが引っかかる気がした。
(やはりこいつ……高代亨の能力がいまひとつ見えないのが不安要素か)
それを見切るのが先決だ、と彼女は心の中で一人うなずく。
谷口正樹の運転するパトカーはエンジン音を響かせ、街の中心部に向かって走っていく。