4 ③
「俺もわかんなかった。だから訊いた。そしたら〝生きているのに負けたも勝ったもあるまい〟とよ。つまり──それが〝剣〟なんだな。武器の種類とか、得意の技とか、そんなんじゃねえんだよ。〝相手を
「……ホントかなあ?」
「例えば、最強の剣士として知られる
「……長い木の棒、でしょ。つまり……」
「〝刀〟にこだわっているようでは〝剣〟とは言えぬ……そういうことだろうよ。
「……なんかすごいね」
「すごすぎる。つまるところ剣には〝強さ弱さなど二の次〟〝斃すことがすべて〟というところがある。俺は……さすがにそこまで吹っ切れねーな。いわゆるスポーツとしての剣道とかフエンシングなら、まあわかるんだがな」
「うーん……」
「で、俺をこてんぱんにした〝そのひと〟だが、こんなことも言っていた。〝剣を知ることは相手の隙を見つけることと同じ〟だと。それを追いかけていくと、やがて〝隙が、相手の上に線が引かれているようにくっきりと見える〟〝あとはそれをなぞればよい〟だそうだ。それじゃ相手と勝負しているんじゃなくて、まるで自動的な機械みてえだ。俺はそういう境地を目指すには、少し相手とやり合うのを面白がりすぎるよ……剣は向いてねえんだ、結局」
「ふーん……」
……そのときは内心で、師匠の
だけど──だけど亨がそういう話を知っているとは思えない。
では亨に起こったこととは一体……?
眠っていた才能が目覚めたのだろうか? しかしそれは……師匠にあんなに憧れているのに、その方向性とはまったく異なる資質……そういうことになってしまう。
このことをどう伝えればよいのだろう?
「…………」
ぼくは言葉に詰まり、とりあえず運転に専念しているような振りをした。
「話はその辺にしとこう。そろそろ問題の場所に出る」
ぼくはあらためてバックミラーを見た。あの暴走警官は追ってきてはいない。どうやら大丈夫そうだ。
街自体は行き交う車もなく静かなものだ。この辺はビジネス街で、今日は土曜日で休みのところがほとんどだから無理もない。どことなくゴーストタウンのようですらある。
ぼくは信号を避けるためにさっきから細かい路地ばかりを通っていた。そしてその問題の場所へと通じる道路にやっと出てきた。
「──あれ?」
そこでぼくは、やっとなんだかおかしいことに気づいた。
道路の向こうには、ビル街の間にぽっかりと、がらーんとだだっ広い空き地がひろがっていたのだ。
都市のど真ん中に、なんでこんな空き地があるんだ? いやそれよりも、なんで警察はこんな所に来いと言ったのだ?
「────」
ぼくは目的の地点に着く前に急ブレーキを踏んだ。
「──わっ! どうした?」
亨が車の急制動によろけつつ訊いた。
「ここは──何だと思う?」
正樹が緊迫した声で訊いてきた。
「なんでこんな空き地があるのか、知っているか?」
「ああ、たしか二月頃に馬鹿でかいビルが一個、事故だか犯罪だか何かで潰れて、取り壊されたって場所じゃねーか? ……って、警察の言ったのはここなのか?」
「そうらしいな……どういうことだ? 警官なんてどこにも見えないぞ」
正樹は鋭い眼で前方を観察した。
そこは不思議な空間だった。
本来なら囲ってあるはずの柵もなく、剝き出しの地面が、アスファルトとコンクリートで固められた周囲からひたすらに浮き上がって、まるでそこだけが治りかけの
「どうしたんです?」
パールが穂波顕子の声で訊いた。警官隊があちこちに隠れていて、一斉に攻撃してくるはずの罠まであと少しだというのに、こいつらは何をしているのかと内心で焦りつつもそんな素振りは少しも見せない。
「なんかやばいんだ……亨と穂波さんはここで待っていてくれ」
正樹がシートベルトを外して、車から外に出た。
「お、おい!」
亨が続こうとしたが、正樹は手で制し、ひとり閑散とした道をゆっくりと進んでいく。両手を身体から離し気味で、武器は持っていないことを周囲に見せている。
「正樹……」
亨は、正樹を不安そうに、しかし同時に信頼も含んだ眼で見送る。まだ出会ってからほんの少しの時間しか経っていないのに、亨には年下の正樹が、誰よりも信頼できる兄のように思えてきていた。
そして一方、そのすぐ隣では、
(……ちっ)
パールはその正樹の後ろ姿を見ながら心の中で毒づく。
(こんな冷静で的確な行動のできる奴がいたのは本当に計算外だった……エンブリオに接触していないただの人間で〝突破〟もしていないのに。このままでは、何ということもなくこの場が収まってしまうじゃないか。せっかくこの高代亨の能力を測るために用意した舞台が台無しだ)
どうする……?
パールが、ここはもう罠などに頼らず自力で何とかするか、と考え始めたそのときであった。
彼女自身も予測のつかないことが、このとき同時に進行していたのだ。本木三平の〝カウントダウン〟に汚染されている警官が、彼らの乗っているパトカーのすぐ近くに待機していたのを──
*
「う、うう……!」
カウントは既に〝三十七〟まで来ている。号令待ちの待機状態のために、彼らは──その人数はどんどん汚染が広がっているため特定することもできない──自らの内部で膨れ上がる不安と緊張に、どう対処していいのかわからずがたがたと震えだしていた。それでも逃げ出さないのは警察官としての義務感と使命感のおかげであったが、この場合それはむしろマイナスに働いてしまっていた。
恐怖に駆られているのに、逃げられないときに人にできることは限られている……しかも彼らは武器を持ち、そのうえ狙いを定めている対象までも存在しているのだから。
──三十六、三十五、三十四、三十三……
「ううううう……!」
いったい誰が始めてしまったのかを問うことなど意味はないだろう。
しかしそれは起きてしまった。
ぱあん、という知らぬ者が聞いたらどこか抜けたクラッカーを鳴らすような音が辺りに響いた。
そして、前を歩いていた正樹の身体が、ぐらっ、と揺れた。
銃声と、かすかな光と、衝撃──そして撃たれた者から飛び散る、赤い血の色。一瞬で連続して起こったのはそれだった。
「──ど、どこの誰だ撃ったのは?!」
始まってしまったら、もはやカウントが二十を切っている人々にそれをやめることなどできなかった。
一斉に皆が乗り出して、停車していた車めがけて一斉に射撃を開始した。
たちまち車はガソリンタンクを打ち抜かれて爆発炎上した。