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なんとも形容のしようのない、戦闘によるノイズが辺りに響いている。それは下手をすれば吞気な音ともいえ、無関係な者が離れたところから見ているだけでは遊んでいるようにすら思えただろう。
しかし本人たちはそんな気持ちなど
亨は、倒しても倒しても警官がやってくるのにもがいていたし、警官たちも元はと言えば自分たちの不用意な発砲がもたらしてしまったこの状況をなんとかしなくてはと必死だった。
足をもつれさせ、よろけながらも彼らは争い続ける。しかしそれもそろそろ終わりに近づいてはいた。前に一斉射撃などしてしまっている警官たちの銃弾はそもそも数がないのだ。彼らはやむなく警棒で挑むよりなく、そしてそれでは勝負は見えているのだ。
亨は、何が自信があると言って体力、そしてスタミナには絶対的なまでのものを持っていた。一流のサッカー選手のように、もともと多い上にそこかしこで一瞬の休みを取るタイミングを計るのがうまいのである。色々なきついバイトをやっているうちに身につけた手抜きのテクニックであった。
というわけで警官たちはふらふらになっていくが、亨はさほどでもなく警官たちは走らされ、誘導され、孤立させられたところで叩きのめされるのだった。
そして亨の中では疑念が今や確信に変わっていた。
(この警官たちは本物だ──とにかく、無闇に俺を殺そうという攻撃はしてこない。つーことは……どうする?)
あんまりやりすぎて、逃げ出しても事態を悪化させるだけだ。取り残したままになっている正樹や穂波顕子(と彼は思っているが実はパール)たちのことも気になるし、投降すべきかも知れない……と言っても、かかってこられるとつい反撃してしまうのはどうしようもない。
「……ええい、どーすりゃいいんだ?!」
また廃材の物陰に隠れたところで、亨はぼやいた。
ここで思い切って、わざと飛び出して捕まるか? したたかに殴られるだろうなあ、痛そうだなあ……と奥歯を
亨は覚悟を決めた。
「──よし!」
なんだか向こうが静かになったときを見計らって、彼は飛び出した。
そして立ちすくむ。
そこに立っているのは……警官ではなかった。警官たちはみな、そいつの足元でぶっ倒されている。全員が、どこかぽかん、とした抜けた表情のまま固まっている。
生きているのか死んでいるのかすらわからない。
その真ん中で立っているそいつは、そんなことなどどうでもよいという調子で、雨に濡れながらにやにやと笑っている。
背の低い男だ。薄紫の服を着て、そのなめらかな布地が雨に打たれてきらきらと輝いて見える。
「……?!」
亨は、そいつが警官たちを倒したのだということはわかったが……どうやって、とか、なんのために、ということがまるで推測できない。
「よお〝イナズマ〟」
そいつ──フォルテッシモはいきなり妙なことを言った。
「え?」
「おまえの名前だよ──〝ドール〟って言うんだろう? そいつは
くすくす笑いながら、おかしそうに言う。
亨はとまどったが、しかしこのフォルテッシモと名乗った男を前にして一つだけ、それだけは歴然とはっきりしていることがあった。
それはこいつからどうしようもなく、隠しようもなくあからさまに一つの気配だけが吹きつけられるように押し寄せてくるからだ。
殺気。
こいつには、それ以外の気配というものが皆無なのだった。やる気だ。こいつが何者であれ、まぎれもなく〝敵〟であることだけは間違いない……!
だが、それでも亨はとまどいを隠せない。
彼の能力──今、フォルテッシモに〝イナズマ〟と名付けられたばかりのそれで見ると、こいつは──
(なんなんだ、こいつは……? まるで──まるで隙だらけじゃないか!)
〝線〟が出るかどうかの問題以前だった。どこに打ち込めるかも何も、どこにでも打ち込めるのだ。
それなのに、なんなのだこの異常なまでの不敵さは……?
亨は本能的に、一歩下がって間合いを広げた。
するとフォルテッシモはその間合いをまるで注意も払わずにただ詰めてくる。
亨は、その瞬間身体をびくっ、とひきつらせた。
彼には〝わかった〟のだ。
(こいつは……知っている!)
自分が隙だらけなのを、亨がそう見ていることを充分承知している……!
だからせせら笑っているのだ。ではその〝隙〟というのは、それはつまり……
(罠? ……いや違う! そんな次元ではない)
これはそう……警戒している野生動物に向かって〝ほら怖くないよ〟とわざと嚙みつかせるあれと同じだ。立っている土俵が違うので、向こうから歩み寄ってきているのだ……無論、寄ってくるのは高い位置にいる方に決まっている。
だが、その上位性は何に由来するというのか。見たところ武器もない。体格もいいとは言いがたく力があるようには思えない。では技か?
(だがそれにしたって構えというものがあるはずだ。いったい……?)
谷口正樹ならば、榊原弦からさまざまなことを教わった彼ならばわかっただろう。これが、亨がかつて助けてもらったことから憧れている優しく強い〝サムライ〟を飛び越してしまって、ただひたすら〝敵を斃すこと〟のみに突出してしまった〝剣の極み〟と同じもの──究極的には構えも技もなく、ただ相手次第──それだということが。
しかし不気味なのはわかる。
得体が知れない。下手にかかっていくとやばい。それはわかっている。
わかっているが……
「ううう……」
しかしじっとしていることもできない……!
この圧迫感、緊張感──それ自体が既に相手の攻撃となってこっちをぎりぎりと締めつけてくる。動かなくては……!
「なあ〝イナズマ〟よ」
フォルテッシモはそんな亨の様子などどうでもいいと言わんばかりの吞気な口調で話しかけてきた。
「強いということは、実は何にもすることがないということだ──とは思わないか? 対等の相手がおらず、周りは弱い奴らばかり、勝って当たり前などと言う状況がいつまでもいつまでも続く──これをつまらない、退屈だと言わずして何を言う、とか、な──」
くすくす笑っている。
「しかもその相手の弱さというのがまったくお話にならないんだよな、これが。自分が何と遭遇しているのかすらわからねーバカばっかりでよ、イナズマ、おまえにも心当たりはあるだろう? 身の程知らずにもおまえの身体が大きくて
……あった。そういうことは何度もある。だがそれが何だというのだ? こいつは何を言おうとしているのだ?
「つまり、だ……〝相手の強さや底を見極めようという努力をしないヤツは馬鹿だ〟ということだ。その意味でイナズマよ──おまえはとりあえず、無闇にかかってこないことで第一段階のハードルは越えたということだ。だからおまえとは……ちゃんとした勝負をしてやろう」
フォルテッシモは肩をすくめた。
そして動いた。
右手が恐るべき速さで伸びて亨の懐に飛び込んでくる。
亨はとっさに手にしていた鉄棒をフォルテッシモの迫ってくる軌道めがけて振りおろしていた。
そして──次の瞬間吹っ飛んでいた。
「────?!」
亨は後ろに積まれていた資材に激突し、その山をがらがらがっしゃんと崩した。
手にしていた鉄棒は──手元から折れている。すっぱりと、まるで鏡のような