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 その言葉の意味になど思いもよらずに、亨は腕時計に眼を向ける。


「──おっと。そろそろ時間だ。えーと、なんだな、あんたは俺を止める気なのか?」

「いいや。ぼくにはその理由も必要もないようだ。好きにしてくれ」


 両手を広げて告げられた。亨は苦笑した。

 サングラスを掛けて、きびすを返す。


「それじゃあな、誰だかわからない、誰かさん。しかし──なんだな」


 と立ち去りかけて、亨は振り向く。サングラスを下にずらして覗くように見ながら、


「あんたに好きにしろと言われると、ヘンな気持ちがするな。まるで百年来の仇敵かたきに、逆に励ましてもらったみたいな奇妙な感覚だ」


 と言った。この言葉に、黒帽子は答えずに片方の眉を上げてとぼけたように、


「ま、健闘を祈るよ」


 と言っただけだった。


「ありがとよ」


 亨もとぼけたように言うと、再び隻眼を隠しバッグを背負い直して、建物の中に入っていった。

 黒帽子はそれを見送っていたが、彼の姿が入り口の向こうに消えるとショッピングモールの高い天井を見上げる。

 丸い湾曲が入っているそれは、まるで卵の殻を中から見たようにも見える。


「……地獄の幕開けか。あと、しばらくすればも来るだろう」


 呟くと、黒帽子はそのベレー帽を頭から取って、スポルディングのバッグを持って立ち上がった。


 外では、あれほど強かった風が嘘のように静まってしまっていた。これもまたぎようこうであり、被害が拡大せずにすむような天の配慮かも知れなかったが、そのことを知る者はまだほとんどいなかった。


    *


 ──こうしてフォルテッシモとイナズマの、第二の戦いが始まる。